超短編小説「猫角家の人々」その30
シャブを使用すると、早い段階で酷い虫歯になる。奥歯は勿論やられるが、前歯もボロボロになる。覚醒剤の使用者は、前歯を見ればわかる。なぜ、虫歯が進行するのか?
シャブをやると、体の清潔度など気にならなくなる。風呂に入らない。髪を洗わない。歯を磨かない。ぼさぼさの髪。洗った形跡のない浅黒い顔。開いた瞳孔。ぼろぼろの前歯。「真っ黒」の現状、そのままだ。不潔が原因で虫歯になるのか?それだけではない。
シャブをやると、口中の唾液の分泌が減少する。PHも酸性に振れる。結果、虫歯が進行しやすい口内環境が生まれる。そういうメカニズムらしい。よって、シャブ中は、こぞって歯医者通いをする。場合によっては、前歯をインプラントに差し替える。カネが掛かる。金持ちのシャブ公なら、たいした負担とは思わないだろうが、普通のシャブ公には無理な負担だ。そこで、犯罪行為に走って、歯医者代を捻出しようとする。それ以前に歯医者代どころか、シャブ代も稼がなくてはならない。
シャブ組織からは、裏社会への勧誘がなされる。美味しい話をいろいろと聞かされる。シャブ組織の後ろ盾は、とてつもない権力を持った国際的組織だという。絶対に発覚することの無い世界最強の組織だという。「1%オリガーキ」とかいう聞きなれない組織名が耳に入ってくる。この世界最強組織が、裏社会組織のメンバーの庇護にまわってくれるという。1%オリガーキの日本支部は、警察や裁判所にもネットワークを巡らせている。阿邊神像という超大物政治家が、日本支部の長だという。メンバーのシャブ中をシャブ中摘発から守ってくれるという。警察内部の協力者が、捕まってもお目こぼしをしてくれる。捕まらないように逃がしてくれるというのだ。
中年の失業者、憲道にとって、こんな好都合な話はない。心置きなくシャブを堪能できる。今更、シャブを断つことなど不可能だ。止めようと思っても、足が勝手にシャブのある所に向かって歩いていく。
酒の席でひどく酔っぱらって、くだを巻いて顰蹙を買ったことは何度もあるが、実は、そのうちの何度かは、酒とシャブの相乗効果で高揚していたのだ。そういうときは、いつになく酷く口汚く周囲を罵る傾向が強かった。シャブと酒とでは、酩酊の結果が違うのである。
夜12時過ぎまで泥酔して、飲み仲間と別れる。タクシーで新宿歌舞伎町に向かい、売人からシャブを手に入れる。トイレの個室で待ち切れずに、袖をまくる間もなく、シャブの注射器を腕に突きさす。陶酔の時間を楽しむ。そして、やりすぎて、階段から転げ落ちる。
憲道にシャブを教えたのは、同居する女だった。女は自然食サークルでシャブに嵌った。自然食の励行による一日一食主義で急激に痩せた….ことにした。確かに、シャブを打てば食欲はなくなるから、一日一食で十分になる。女は見る見るうちに、腹の皮が余って、波状に垂れ下がるほど、急激に痩せていった。詳しくは後述することになろう。
憲道は、裏社会組織に参加する。いくつか、裏稼業を命じられる。自動車保険のレンタカー詐欺など、かわいい部類の不正だ。ジャーナリストKにたいする妨害工作に加担すると、様々な成功報酬が用意されている。まずは、この辺りの「軽作業」に動員される。組織への服従度が進むと、「肉親を殺して億を稼ぐ」プロジェクトの張本人、主役としての活躍を期待される。年老いた父親に億単位の保険金を掛けて、ぶっ殺すというのだ。裏社会は、老親が会社社長であるところに目をつけたのだ。経営者保険をたっぷり掛けても疑われないからだ。(続く)
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