伝聞証拠は反対尋問の試練を経ていない

名探偵破滅派『遊女の如き怨むもの』応募作品

乙野二郎

エセー

2,505文字

名探偵破滅派『遊女の如き怨むもの』の推理です。当然ネタバレを含みますのでご注意ください。

前書きを読むと、本作はミステリとホラーの融合のようである。どこまでロジカルに考えてよいのかよく分からなくなるので食い合わせはよくない。愚痴を言っていても仕方ないので、なるべく手堅く検討してみよう。

ここで気になるのは第1部が日記にすぎないという点だ。どんな怪奇現象でも書こうと思えば書けてしまう。

発見の経緯も妙だ。「別人」になるからという理由で日記を置いていくだろうか。持って行くなり、それが嫌なら焼き捨てるなどすればいい。仮に置いていったといしてもすぐにおばやんが見つけて処分してしまうのではないだろうか。約5年後に帳簿類の間に残っていたというのはどうも不自然である。

第1部の描写はあまり信用せずに進めてみよう。第2部も第3部も優子や荘介の語りにすぎないのでこれらも怪しいのだが、ここらへんまで疑いだすとミステリにならないので、基本的に信用することにする。

それをふまえて客観的な視線の時系列でまとめて直してみる。

 

・昭和11年(1936) 第1部(身投げ事件時) 通小町:死亡 月影:身投げ未遂 桜子:身投げ未遂 →桜子嫁入り
・昭和12年 日中戦争始まる
・昭和16年 第2部 優子に代替わり 桜子の日記発見 登和楼内で出産 里子に出される? 登和:死亡 離雲:死亡 染子:身投げ未遂 幽女事件:楼内に誰かいるのを優子が感じる
・昭和19年末? 戦況悪化 周作出征 見世をやめる(証文破棄)→染子里に帰った?
・昭和20年? 楼が空襲に遭う 小屋が焼け、死体が発見される
・昭和21年 赤線できる 仙郷楼の経営やめる →カフェ梅園楼に
・昭和27年 第3部 荘介の取材・連載開始 大吉:死亡 花子(仮称):身投げ未遂 荘介:死亡

 

ここで前書きを読み直してみると、ミステリ的な解決はわりと簡単につくようだが、それでは割り切れない部分が残るということらしい。

客観的に一番大きな事実としては、身元不明の死体が発見されたことだろう。それに幽女の死体などと作中では噂されているが、絵的に微妙すぎる。幽霊じみた怪異が焼け焦げた死体になってしまってはシュールとしかいいようがない。作劇的にも誤魔化しきれていないここが一番の急所であり謎を解く支点になると思われる。

焼け焦げて判別がつかない状態とはいえ、あまり古すぎる死体、つまり白骨化やミイラ化しているようなものだと判るだろうから、比較的新しい死体である。

かつて登和が出産した子とも考えたが、時系列でみるとせいぜい4歳にしかなっていないはずである。それなら当然幼児の死体と判るだろうから違う。月影が堕胎ではなく実は出産していたとしても、その子も9歳程度なのでやはり違う。

となると、怪しいのは里に帰ったとされる染子である。見世をやめて楼が空襲にあったのが「すぐ」だったというから、見世をたたんだときのどさくさの際に殺され、楼内に死体があったと考えてもおかしくはない。被害者は二代目「緋桜」の染子だろう。

で、犯人は初代「緋桜」こと桜子である。

嫁入りして出て行ったが、結局花魁としての生活に戻りたい、「緋桜」として返り咲きたいと思うようになる。そうして古巣を探ったところ、二代目「緋桜」がいるわ、特別室を登和が使っているわで、おかしくなったのだろう。

一連の事件は特別室で起きており、特別室に特別な力があるようだが、逆に考えると特別室に強い執着がある者の犯行といえるのではないか。

特別室を日記では怖がっているが、元々は花魁としてステータスとなるものである。通小町が死んで、楼のトップを奪取した桜子にとって思い入れのある場所なのである。そう、通小町を殺したのは桜子なのである。あるいはこればかりは本当に自殺だったのかしれないが、その後、月影や自身の身投げを未遂を偽装し、よからぬ噂を立てて一種の聖域としたのは桜子である。

このように特別室に執着がある桜子は第2部で密かに楼に戻るようになった。遊郭への出入りは厳しいようだが、戦時中でこのころには男手がかなり減っている。第1部で脱走計画を検討した桜子からすればだいぶ楽だっただろう。また「取締」に就任していた周作の協力もあったと思われる。桜子に似た染子と関係を持っていた彼の本命は実は桜子の方であり、彼女からの要請に応じてしまったのだ。こうして体制を整えた桜子は偽りの「日記」をいずれ発見されるように隠す。そして、登和殺害、これに気がつきかけた離雲をも殺す。二代目である染子もいったんは未遂で終わるが、後に殺す。桜子が密かに戻ってきたおりの様子に優子は気がついたが、桜子のことは顔も忘れてきたと本人も述べており、ちらっとみた背格好程度では彼女だと気がつけない。また、「消えた」ときも浮牡丹らに嘘を吐かれてごまかされてしまう。

一連の犯行には、周作に加えて浮牡丹、紅千鳥、月影、雪江あたりも協力していた。このメンツの中で紅千鳥は意外なようだが、仲が悪い描写は日記が主である。実はそう悪くない関係を保っていた。

その後、ついに桜子は三代目「緋桜」として復帰することになる。三代目の「花子」は「28歳」であり、歳もだいたい合う(三代目がカフェーに来た年がはっきりしないが、桜子は昭和24~27年で28~31歳くらい)。戸籍も用意しているが、戦後のどさくさで別人の戸籍を入手したというミステリ定番ムーブだろう。また、桜子は紅千鳥たち旧金瓶梅楼からのメンバーを密かに呼び寄せる。旧知の彼女らがなにも言わないのが良い偽装となった。昔の客が本人じゃないかと噂するくらいならごまかせるし(初代の花魁として活動期間は7か月しかない)、良い宣伝となってよいくらいだろう。

ここで、唯一イレギュラーが発生したのは大吉がらみだろう。そこで紅千鳥の協力の下で問題となった彼を殺害した。これが第三部の事件の始まりとなり、続いて自身でまた身投げ未遂を起こして偽装をする。最後はちょうど良い具合に特別室に興味を持った荘介を殺し、三連続身投げ事件となるように帳尻を合わせたのである。

協力者がやたら多すぎてミステリとしては不条理すぎるということになろうが、遊郭の場に潜む魔に皆が飲まれていたホラーな展開ということになるのだろう。

2023年3月10日公開

© 2023 乙野二郎

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