必エラスティクス

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エセー

1,484文字

名付けるという行為がいかに恐ろしいことか、私は何度も何度も確認した。

それでも彼は名前をつけると言って譲らないので、聞くだけ聞いて損は無い、と翌日の早朝出勤に合わせた就寝時間を10分だけ遅らせることにした。たかが10分の就寝時間で恩着せがましい、と思うのも当然で、私の性癖の一つには、”時は金なり”という引用句を絶対的に信じすぎる、というものがあって、要するに、私が往来でやおら他人を「この糞馬鹿野郎!」と怒鳴りつける(怒鳴りつけられた方はそんな仕打ちの理由が分からずワッと泣きはじめてしまう)ような時は、それはお金についてのトラブルなどよりも、時間についてのトラブルに端を発することが多かった。そうして頻繁に腕時計を確認する様子が、ツバメがヒナの世話をする様子にそっくりだったので、みんなは私のことを”スワロウ”と呼んでいたが、あるとき同級生のバレンタインデーにかこつけた告白に立ち会う、というような場面で、やはり秒針の音を聞きすぎて、それからもう20年も経った。

今では仕事も家庭もあり、2児の親でもある私だが、相変わらず鼓膜は秒針の音を求めて、もし1時間も聞けないようなことがあればジクジクと疼き出す。それでもやっぱり日がな秒針を聞いている訳にはいかないので、日に2回くらいはジクジクとする鼓膜だ。仕事に家庭に秒針。特に最高なのは、おやすみ前の、真っ暗な部屋、歯ブラシ粉のニオイの息、凝った肩のジンワリと血行良好な寝転がりの時、シク、シク、シク、と恥ずかしげな秒針の音で、時計の傾きと針の重さ、モーターの回転等による音の違い、それと毎分鳴る長針のポン!という音が合図になって、秒針の音はその年その月その日その時のその秒、というような座標の上に置かれるので、もはやシクシクシクという音は無機質なランダムの(無数に存在する、替えの効く、どうでも良い)音では無くて、その時のその秒、の一回性を持ち始めるものだから、儚く素敵で、当然数えるべきなのだ。「今のは2054年9月10日午前1時35分38秒の音、今のは2054年9月10日午前1時35分39秒の音、今のは2054年9月10日午前1時35分40秒の音…」と毎秒毎秒このような文言を頭の中でなぞるのは馬鹿げているけれど、“これはそういう(年月日時秒の具体的な数字を与えられた)音だ”と処理だけはして、秒針を聞く。

不思議なのは、この区切りが秒針まで、ということで、そのコンマから下に数えるべき概念は何も存在しない。この数えで、数えきれない部分が気持ち悪いのだ。それで持続と言う言葉の意味も分かるし、言ってしまえば、スクリーンに照らされて明るく素早い、あの映画も、いわばこういうことだから、そういう時は、気持ち悪い、などとは思わず「考える時間が出来た」とでもとらえて、ポジティブに割り切りセックスだ。

名付け、の問題は、要するにこういったことで、その犬に名前を付けても、明日になったら犬は別の犬かもしれないのだから、今日のところはとりあえず、それで良いのではないか、でも今後、あまりに名前と見た目が乖離するようなことがあれば、あだ名を付けるみたいに正当な手続きで、やっぱり別の名前にしてあげようよ、と言ってあげた。それで結局、犬の方は名前に強迫観念を抱いてしまって、名前通りの色・形でやり通したから、別の名前をつけたらどんな風な犬だったのだろう、と興味は湧くものの、私はあの犬が特に大好きだったので、別のバリエーションを考えるようなことは後ろめたくて、そういう自分の正義感めいたものに嫌気が差すのだった。

2014年9月10日公開

© 2014 写真

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