その計算はおかしい

名探偵破滅派『楽園とは探偵の不在なり』応募作品

乙野二郎

エセー

2,016文字

名探偵破滅派の課題図書『楽園とは探偵の不在なり』の推理です。

まず、「天使」による「殺人」の監視がどうなっているか明らかにする必要があるだろう。
作中で明らかになっているものとしては、
・実行犯のみ
・知らずに毒の入ったものを与えた場合でも殺したと認定される
といったものである。

 

では、どうやって「殺人」があったと判定するかである。
気になるのは、医療行為の場合には特別な天使が監視に来ている点だ。
医療行為という複雑なものであっても殺意をもって行えば、殺意の有無という明確な基準があるわけであるが、こうして監視者がいるということは天使は人間の内心の意図まで感知できないとみるべきである。
となるとか、殺したかどうかはもっぱら外形的な判断のみによっているのだろう。

これらを前提に検討していく。

 

次に、作中の中盤で5人までなら殺せるという言動がある。これは1人までなら地獄行きにならないので、10人のうち5人が他の5人を殺すことができるという論法だ。しかし、これは被害者サイドと加害者サイドがきれいにわかれていることが前提であり、加害者が次の被害者となればもっと殺人数をふやすことが可能となる。最後の1人になるまで可能なのである。

 

以下、各殺人事件を検討する。

①常木 誰でも殺害可能だったとされている。ICレコーダーに録音された政崎と報島との会話からすると、『同盟』から抜けようとする常木をかれらが殺したことになっている。実行犯が誰かは明言されていないが、報島がこのICレコーダーを政崎を偽って密かに持っていたことからすると、政崎が実行犯だったとみるべきだろう(報島は自分が実行犯の証拠を残していても仕方がない)。青岸が大槻から後で聞いた部屋の電気の情報からしても政崎が犯人である。

②政崎 天澤が殺した。残されたワインについては偽装で、報島がいたかのように装った。

③報島 政崎の遺体発見後に行方不明になっているが、実は②政崎よりも先に殺されていた。殺害したのは政崎。報島の裏切りを知って殺した。遺体は海に捨てた。ひょっとしたら、犯行現場はモーターボート上だったかもしれない。それできれいに掃除されていたわけだ。

④天澤 スタンバトンで気絶させられ(スタンバトンはそんなに都合良く気絶させるようなものではないと思うのだけどミステリ的なお約束なのだろう)、井戸のトリックで殺された。

青岸がいったん放棄していた井戸での殺害についての推理では井戸の深さが問題となっていたが、黒幕が、井戸の底に砂糖を入れる。天使が大量に集まり井戸が埋まる。その上に気絶させた天澤を置き、首にロープをかける。天使が台になっていきなり首つりにはならない。あとは青岸の推理のとおりだ。争場が船を動かし、つながっているロープで首が絞まり天澤が死ぬ。やがて天使たちは砂糖がなくなりどこかに行く。死体は井戸の底に落ちる。黒幕は後から井戸に赴きロープを処分する。死体の火傷は、首に巻き付けたロープを上からガソリンと火を放って燃やしたときについたもの。
こうして、天澤の焼けた死体だけが井戸の底に残った。争場は船を動かしたつもりで天澤を殺してしまったのだ。

⑤小間井 争場がナイフで殺傷した。争場が小間井を殺す理由がないように思えるが、小間井が争場を問い詰めた。常木を殺したのは上記のように政崎だったが、小間井としては『同盟』で唯一生き残っていた争場を常木の仇として怪しんだのだろう。しかし返り討ちにあってしまった。

⑥争場 1人目を殺すつもりで小間井を殺したが、上述のようにすでに天澤を殺していたので、2人目とカウントされてしまい、地獄行きとなった。

 

最後に、これらの事件の黒幕は宇和島である。
常木の近辺にもぐりこんでいた宇和島は、『同盟』の仲間割れが始まったのを知っていた。これは当人も言っている。そして、仲間割れの一環として常木の殺害がなされたの契機に、他の『同盟』のメンバーへの復讐も始めた。具体的には、政崎に報島の裏切りを知らせて殺害させる、おかしくなっていた天澤に政崎の殺害を吹き込む、天澤を気絶させ、井戸とボートにロープのトリックを仕込む、その後の隠滅をする、小間井をたきつける、争場にナイフを渡しておくといったものだろう。井戸のトリックはともかく、他の行為は殺人を誘発させるには弱い。しかし、2人以上殺さなければ地獄行きにならないということが逆に1人までは殺せる権利意識が生じているような状況で、かつ、警察の介入もない孤島という環境によって、この程度の働きかけでも殺人を誘発させることができたのだ。こうして、宇和島は自らの手を直接汚すことなく、『同盟』のメンバーを全員始末したのである。最後の争場を地獄行きという新たな殺人者を出さない方法で処分したのが一番のキモだったと思われる。

なお、小間井が『同盟』のメンバーなのかは不明だが、常木に長年仕えてきたならばよく事情を知っており準メンバーと言える存在だったのだろう。

2022年8月13日公開

© 2022 乙野二郎

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