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社会に迎合するための限界ライフハック

曾根崎十三

第三回人生逆噴射文学賞一次選考通過作品。それ以降は駄目だったよ! でもおもしろいと思う! 戯曲のようなもの。

戯曲・脚本

4,222文字

限界博士(略してカセ):今日を生き抜く限界社会人共よ! これを聞いているお前はまだ限界じゃない。お前よりも限界な奴は世の中にごまんといるぞ!
かわい子ちゃん(略してイコ):博士ったら! そんな死人に鞭を打つようなことはやめてよ。傷ついちゃう。ブレイクンハートだわ。
カセ:かわい子ちゃんは優しいのう。じゃあ、今日も社会に迎合するために限界ライフハックを紹介していくぞい。
かわいくない子は優しくないからね。
イコ:今日はどんなライフハックを教えてもらえるのかな。みんな! 楽しみだね。
カセ:それじゃあ行くぞい! 今日の限界ライフハックその一! タッチ決済じゃ。
イコ:タッチ決済くらい知ってるわよ。馬鹿にしないでよ。
カセ:やや! 山口百恵かの? それはさておき、かわい子ちゃん。決してわしは馬鹿になんてしてないぞい。タッチ決済が大事だという話じゃ。一時期は、おさいふケータイという便利な代物があるにも関わらず、ちんたらちんたら画面提示をさせるQR決済を推進するような愚かな動きもあった。しかし、今になってまたVisaタッチやスマートリングも流行っておるじゃろ。人類は既にあるものを使えば良いものを、わざわざ遠回りする愚かな生き物じゃ。そもそもタッチ決済はすごい。なんてったって、かざすだけで支払いができる。何の操作もいらない。ただ、かざすだけ。それがどれほど尊いことか気付くのに人類は遠回りしてしまった。かざすだけ。つまり、どんなに疲れていても、腕を上下に動かすことさえできれば支払いができる。睡眠不足でふらふらの中、出勤し、エナドリを買う時、QRコード決済だと画面操作が必要じゃ。しかも電波が悪かったら最悪じゃ。アプリが立ち上がらず体力と時間がじりじりと削られていく。後ろに人が並んでストレスも発声する。タッチ決済はその全てを解決する。満身創痍でアプリを開く頭も働かない。そんな時でも腕を上げてかざすだけ。たったそれだけで支払いができる。たったそれだけで今日のエナドリとミンティアを買うことができるんじゃ。どうじゃ。すごいじゃろ。
イコ:ほんとだ! すごーい。博士は物知りね。でも腕を上げる元気もない時はどうしたらいいの?
カセ:その時は諦める。
イコ:諦めるっていうのは人生を?
カセ:いや、支払い。
イコ:万引きするってこと?
カセ:そうじゃ。死ぬよりマシじゃ。
イコ:そもそも腕を上げる元気がなかったら商品をとることすらできないんじゃないの。
カセ:たしかに。では、次のライフハックじゃ。ババン。
イコ:あ。逃げた。
カセ:ライフハックその二。寝起きキシリトールガム一気食いじゃ。
イコ:飲むわけじゃないみたいで安心したわ。私の知り合いにガムを一気に飲み込んで具合が悪くなった子がいるもの。
一応噛んだから、飲んだわけじゃないけどね。
カセ:「がぶ飲み」の方が語呂が良かったんじゃが、今回は噛むことに意味があるから泣く泣く「一気食い」にしたぞい。
イコ:えー。気になるなぁ。
カセ:そうじゃろそうじゃろ。説明しよう! キシリトールは大量に摂取するとお腹がゆるくなる。ボトルの横にも注意書きが書いてあるぞい。キシリトールガムODじゃ。なので、キシリトールガムを大量摂取することで、強制的に快便になる。快便になると、体が軽くなり、栄養の吸収力も上がる。ストレスも溜まりにくくなると言われておる。諸説あるが。さらに、咀嚼は頭の回転を速くしてくれる。寝起きの働かない脳みそを叩き起こしてくれるのじゃ。ついつい、低血圧共はコーヒーや吸うゼリーで朝食を済ませがちだが、噛まなければいつまでも頭は冴えない、一生冴えないままじゃ! お前は冴えない人生のままで良いのか?
イコ:急に切れ味良くなるのやめてもらっていい? でも、通勤って電車に乗る人が多いと思うんだけど、電車内でトイレに行きたくなっちゃうかもしれないよね? それって大ピンチじゃない。
カセ:それも狙いのうちじゃ。
イコ:というと?
カセ:通勤途中にうんこを漏らせば仕事を休める。
イコ:代償に失うものが多すぎると思うけど。
途中下車して間に合えばセーフだよ。
カセ:どんどん行くぞい! ライフハックその三。のび太くんのシャツ作戦じゃ!
イコ:とうとう内容が分からないタイトルになってきたわね。
カセ:いや、聞けば分かる。のび太くんはいつも同じシャツを着ている。つまりそれは替えの同じシャツをいくつも持っているということじゃ。ハンカチやボールペンといった小物、なくしますよね。そんなあなたに。
イコ:なんか人変わりました? そもそもハンカチとかボールペンだとめちゃくちゃ高級なブランド品のものとか使ってる人もいるけど。
カセ:ああいうのを持ち歩くのは危険極まりない行為じゃ。金庫に入れておくのが良いじゃろう。ハンカチやボールペンや日常的になくすので消耗品と言えよう。しかし、同じものをいくつも持っていたらどうだろう。なくしたことに気付かれない。他人から気付かれないならその事実はないのと同じだ。私だけが知っている。私だけの秘密。どうじゃ。ちょっとエッチで良いじゃろ。
イコ:そういうタイプの変態なんですね。はいはい。でも、私は同じボールペンを何度も買い替えることで、むしろ周りに覚えてもらってますね。このボールペンはあなたのものだって。特徴で。同じの買い替えてるんです、ってむしろこっちからバラしてますし。秘密なんてないです。しょっちゅうなくすことで、むしろ覚えて持ってきてもらってます。だから最近は同じボールペンを買い替える頻度も少なくなってきて。なんか皆に助けてもらえてるなーって思う。
イコ:しかし、それはお前が社会に迎合するための努力をしているとは言えないんじゃないじゃろうか。
イコ:そうですかね。人間って持ちつ持たれつですよ。
カセ:お前は人並みの半分の能力しかない。ママもそう言ってたよね。同じように教えても他の兄弟と違ってあんたは一回で飲み込めない。飲み込みが悪い。頭が悪いから。あんたを支援学級に入れるべきか迷ったって。脳の障害があるんじゃないかって。知的障害がないことを知って安心したって。この子はまともなんだ。この子はまともだ。良かった。私はちゃんとした人間を産むことができたんだねって。他人に迷惑ばかりかけるような子じゃない。
イコ:そうだね。ありがとう。博士。博士はなんでも知ってるんだね。
イコ:そうだよね。そりゃあそうじゃよ。
カセ:私は万引きしても、うんこ漏らしても他人に迷惑なんてかけない。だって知ってる人じゃないから。万引きしても素直に「疲れていてうっかりしていた」と言えば許される。
イコ:いや、万引きはしてないでしょ。頭をよぎっただけで。
そうだっけ。
カセ:そうだよ。君は万引きしてしまおうかとずっとエナドリ売り場でうろうろし続けてたら不審に思った店員に声をかけられた。でもね、君の幸の薄い暗い顔で、ボソボソ声で謝罪すれば、気持ち悪いから許してもらえる。これってライフハックになりませんか。気持ち悪い人間とは一秒たりとも一緒にいたくないから。私は嫌がられて解放された。私の言い訳に納得してもらえたわけじゃない。そうだろう? 他人って他の「人」じゃない。コンビニの店員も電車の乗客も。背景と同じ。だから何をやったって大丈夫。平気だ。会社の子たちにボールペンを拾ってもらうのは申し訳がないのに、うんこ漏らして乗客に迷惑をかけるのは申し訳ないと思わない君は正常だ。ああ、ぎりぎり踏みとどまったんだっけ。パンツに漏らしただけだっけ。途中下車で間に合ったよね。
盛大でも盛大じゃなくても、良い年した大人がうんこを漏らすのは体調不良に該当します。さすがに「具合が悪いので休みます」って言うのは問題がない。異常事態だ。だから、嘘じゃない。
でも悲しい。心が傷ついた。傷ついたのは誰のせい?
イコ?:自分のせいだ。
イコ??:だから、別に私は私を傷つけただけで誰かを傷つけるのを良しとしているのではない。私はいつも申し訳ないよ。存在しているだけで申し訳ない。全然役に立たないから。道に立っていても邪魔だし、座っても邪魔だし、歩いても邪魔だし、だからと言ってジャンプして空中にいたって邪魔だ。家にいても邪魔、会社にいても邪魔。邪魔で役立たずだよ。私という人間が世界を含有している面積っていうのは無駄でもったいない。会社の人たちが私を褒めてくれるのは、雰囲気を悪くしないために気を遣っているだけ。お世辞を本気にするのなんてみっともない。だってママもそう言ってた。テストの点が一位だったら、何かの間違いだって言われたよね。信じてもらえないなら一番なんてとらないほうがいい。みっともないから。
??:でもさ、みっともないってなんだろうね。みっともあるってあるのかな。みっともないがあるなら、みっともあるもあるのかな。でも、私はみっともないね。みっともない。だけど、みっともなかったらダメなのかな。いや、ダメだ。ダメだったら、ダメなのかな。ああ、もう、キリがないな。なんで私が私を肯定することに誰かの許可がいるんだろう。なんでちょっと否定をやめるのにこんなに頑張らないといけないんだ。許可をもらわないといけないのがおかしい。いらないよね? 誰の許可もいらない。だから博士もいらない。誰かに教えを請わなくても別に自分で考えられるし。限界は誰にでもある。お互いの限界を許容すれば社会ってそんなに殺伐としないんじゃないかなって、最近ようやく思えてきたんだよね。
???:かわいくもないし、物知りでもないので、別に私は私でしかないのだけど、タッチ決済って疲れてても使えるから良いよねって思ってるし、キシリトールガム一気食いはあまり他の人にはお勧めできない。何事も適量って大事。ボールペンは替えをいっぱい作ってたけど、もうあんまり作らなくて良くなってきたんだ。本当だよ。Amazonでの注文履歴、毎月あったけど、今はもう半年頼んでない。だって皆が見つけてくれるから。私がそういう奴だってことを理解して受け入れてもらって生きていけてるし。それがダメ? ダメなんて言わなくて良い。ダメなんて言わなくて良い。一生懸命生きてたらさ、案外皆協力してくれるし、誰も私を否定したりしない。ママだってさ、別にもう一緒に住んでるわけじゃないし。私を否定しているのは私だけ。
別にダメじゃないでしょ。それで良いんじゃない? 知らんけど。

© 2026 曾根崎十三 ( 2026年3月8日公開

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