実刑一年二ヶ月

山谷感人

エセー

2,331文字

 執行猶予無しであった。

 昨日。検察からテレフォンがあった。「貴方のスマホを盗んだ犯人の刑が決まりました」
 ふ~ん、弁当だろう? と聞いていたら、なんと執行猶予無しの実刑一年二ヶ月になったらしく、私は大いに慌てた。
 忘れもしない。本年度の五月七日。私は朝から泥酔していて、偶々、酔った公園で千葉の友人にテレフォンにて絡んでいた。その公園は昼間からルンペンが将棋や囲碁をセメント勝負をしている箇所。無論、アルコホル聖地である。
 私は二時間くらい友人に強要・チープトークした結果、さて帰宅すべし、と坂道を登った。陋屋まで十五分くらいの道程である。
 その途中、稲川淳二的なセンスで「なんか、ポケットが軽いな〜、ゾワゾワするな」と察知した私は気付いた。無いので有る。スマホが。
 私はパソコンを持って無いし、買い物も基本、スマホ決済である。現金があらば散財癖がある為。完全に致命的だ。
 猛ダッシュで坂道を転びそうになりながらも引き返し公園に。
 私が座っていた近くに居た老人が、まだスティしていたから「お爺さん。私、スマホをココに忘れたかもなのですが、知りませんか?」と訪ねたら「あんちゃん、酔っていたからなあ。良し! 一緒に探そうか」になった。その、お爺さんが、三十分くらい、ココにはない、アッチにもないよ! で探索して呉れたが、見つからなかった。公衆電話から何度もコールしたが着信不在。
 取り敢えず、お爺さんに「有難う御座います。ポリスに行ってみます」と謝辞をした。お爺さんは微妙な笑顔を返して呉れた。
 最早、夕刻になっていた為、今更ドコモショップには間に合わないしで、ポリスステーションに向かった。邏卒に「スマホを失くして大変だ」と説明しても「そうなんですね。紛失届けを〜」しか述べなかった故「君等ではハナシにならない。一生、制服組でいろ」と台詞を吐き、仕方ないので半泣きで帰宅した。
 結句、明朝にドコモショップに行かないと、オハナシにならないと悟り、何も考えず寝ることにした。ドコモショップは九時からなのであるが店前で午前六時からビアを呑みながら待機していた私は、完全に不審者であった。
 やがてショップがオープンし事情を語ったら「位置情報を確認しますね」となった。そうしたら驚く事に七里くらいの距離にて確認! となった。
 ショップのガールが「これ、ヤバイですよ」と危惧するので、私は店の電話からポリスを呼んだ。
 昨日に全く私の陳情をスルーしていた邏卒も来た故「だから言っただろ、制服組が」と叱咤したが、本来、スマホ紛失でポリスは動かない。キリがないからだ。然し、位置情報で七里の距離で本庁からモノホンのデカが来た。アブナそうには感じなかった。そこから散々、ハナシをしたり、そのルンペン公園に行き「ここで亡くしました、多分」なる写真撮影を三度程やり、将棋を指しているルンペンから犯罪者を見る目付きをされ閉口した。
 解決は早かった。夕刻にはデカから発見しました。と仕方なく借りた代用スマホに連絡が。
 翌日、詳しく説明するから、迎えに行くので本部に! となった。私は、その時には既に鯨飲していた故「ハーレーで来て後ろに乗りたい」と発したが無論、相手は舘ひろしじゃない為、完全に無視された。
 結句。スマホを盗んだのは、私とキャアキャア探して呉れた老人であった。
 本人とは会えないがデカ曰く、七里離れた知人に金銭を借りようとルンペン公園で待機していたら、隣に座っていた馬鹿がスマホを忘れていったので、つい。らしかった。
 私が直ぐに慌てて探しに来た時は焦ったが、逃げるのも躊躇した為、一緒に探すパーティーを演じた、との事。年齢は七十八歳。
 然し考えて欲しい。今日び、スマホをロック設定していないヤツは居ない。は幾ら、機械音痴の私でもしているし、パクっても使えない訳である。被害金額、ゼロ。Yahooのニュースにもなったから、私としてはプラスである。昨今、賽銭箱から二十円パクったでもネットニュースなるは怖い。私もアルコホルが切れた時なぞ「ネット文明が蔓延する前に私は他界しよう」と思う。私自身、犯罪歴はゼロだが。
 私はデカに「刑罰は求めない」と伝えた。イマジンして欲しい。七十八歳の老人が、私と必死にスマホを探す姿を。そこには、藝術家の姿を感じた。喜劇も悲劇も。多分、老人は「今、その辺に落として有ったやるか」「いや大丈夫だ」なる悶々とした葛藤があった筈だ。米国ならチャップリン、日本ならば三船敏郎レヴェルのワザを堪能させて頂いた訳である。
 だが、デカとしては「わざわざ、たかがスマホの件で我々が動いて、そうはならない」らしく有罪案を出した。それこそ、たかがスマホでションベン刑で執行猶予は付くだろう、で任せて置いた。
 昨日。朝からスマホが鳴った。検察からであった。
 お爺さんは懲役一年二ヶ月となりました、と。どうせ執行猶予ね、良かったと鼻毛を抜きながら聞いていたら、無しであった。私は掛け直すと伝えてテレフォンを切り、その判例の矛盾さを鑑みた。お爺さん、七十八歳。多分、獄死。私的には厭だな、と。
 だが然し、良く考えれば、お爺さん、ルンペン公園で七里離れた知人に金銭を借りる為、長時間、炎天夏に待っていた訳である。借りれたか、どうかは識らないが魔が差して、ふと隣にいた私のスマホをパクリ、アカデミー賞レヴェルの演技をした。お判りで、あろう。最低限の冷暖房が完備して三食は喰らえる老人ホームに私は晩年のスタアを導いたと判断する事にした。

 追記・全く関係ないが私が一等好きなバンドはザ・バンドで有るがベッシースミスなる曲で「また坂道の下で会おうぜ」と語るバラードが有るが、私はムショに面会には行かない。そもそもそもガールのベッシースミスじゃなく、お爺さんだし。
 以上。
 

2024年9月20日公開

© 2024 山谷感人

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