「嫌ね~ずっと若くて」
麗子は遺影を見て言った。直人は後ろから麗子が手を合わせる姿を見て、随分長い時間をかけているなと思う。この間も来たのに。何を考えているのだろうか、あるいは何を思い出しているのだろうか。
紗英は直人の隣に座り、まだまだ若いじゃないですかとお世辞を言う。どう見たっておばさんじゃない、ねえと麗子は早妃の遺影に同意を求める。義男は一人、席についている。
部屋は朝から紗英が入念に掃除していたため清潔で、直人もエレクトーンの掃除をした。鍵盤を見ると、指が覚えている曲などまるでないと気づく。義男は新聞や本などめくっていたが、集中していないのは明らかで、昼前には一人散歩に出かけていた。
テーブルの上には紅茶用のカップと麗子がもってきたケーキが並ぶ。
皆席につき、紗英が紅茶をティーポットからカップに注ぐと、義男が今日来てもらったのは話があるからでと言いにくそうに口火をきる。その瞬間、直人が口をついてでる。
「あ、デジャブ」
「どうしたの」紗英がのぞきこんで聞く。
「いや、デジャブって言わないか。そのときは、お母さんが今のお父さんみたいに言ったあと、お腹の中に赤ちゃんがいるって」
「ああ、そんなことあったわね」その場にいなかった紗英が事もなげに話を合わせる。
「そう、なんで思い出したんだろう」直人は急に落ち着かなかった。義男と麗子が顔を見合わせる。
「話していい?」と義男が聞く。
「ああ、ごめんごめん」
「……お父さん、麗子先生と」
「不倫してるんでしょ」紗英が鋭く入る。
「紗英、先生離婚してるから、不倫じゃない」と麗子が答える。
「え? お父さんはだって、私の夫ですよ」
「紗英」義男と麗子がたしなめるように同時に言った途端、紅茶の入ったカップが宙を舞い、紅茶が義男にかかる。義男は悲鳴をあげたあと、立ち上がり、顔をゆがめてティッシュを探す。麗子がハンカチを出して大丈夫? と顔をふく。紗英はどういう神経? ねえどういう神経? ときりきり問い続ける。
「もう止めよう」と義男は顔をハンカチでおさえながら言う。
「なにを」
「戻りたいんだよ親子に」
「は?」
「もう終わりにしよう」
「終わり?」
「それってお母さんがもう一回いなくなる……死ぬってこと?」と直人が口走り、死という言葉に一同ぎょっとする。
「なんでそんなことできるの?」直人は義男を悪い父だと幼い眼差しでにらむ。
「重症」と麗子はこの家族三人を眺めてつぶやく。
顔冷やしてくると言い、義男は洗面所に向かう。
若い、やっぱと麗子は紗英に向かって言う。
「カップが割れて、床が傷つけたら嫌だなと思っちゃうし」
「おばさんだからね」
「そうかもね」
「図々しい」
「でも、早妃だったらこんなことしない」
「するでしょ」
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