2.
「大切な人の手紙…」
「そう、あなたの大切な方からのお手紙なんですよ」
(大切な人…誰だろう? 僕の周りにいる人は家族も親族も少ないながら友人も大切な人だ? )
「誰だかわかりますか?」
「わからない…友人ですか?」
「違います」
「あなたの身近な…もうこの世にはいない人ですよ」
「…もしかしたら…」
「おわかりになりましたか?」
「…父ですか? 母ですか?」
「あなたのお母さんからですよ」
(母は一ヶ月前に死んだばかりだ。母は末期の肺がんで苦しみながら死んだ。僕は病室で母の最期を看取ったのだ。しかし、母と話したのは死ぬ数日前のことで、死ぬときには目も開けずに死んでしまった。ひとことだけ、「さよなら」と言いたかった)
「申し訳ありませんが、そろそろ私は次のお宅に手紙を配達しなくてはならないのです。夜が明ければ私は手紙をお届けできなくなってしまうんです。ドアを開けていただけますか? あなたのお母さんからの依頼書に署名していただければ、手紙をお渡しして私は次のお宅に伺うことができるんです」
「いや、信じられませんね、死んだ母からの手紙など存在するはずがないでしょう」
「間違いなく、あなたのお母さんからの手紙です。お母さんがお亡くなりになってから、私に手紙を託されたのです」
「そんな馬鹿な、死人…つまり、幽霊…から手紙を受け取ることなんて人間にできるはずがない」
「私は人間ではありませんからね」
(ぷっ、何を言いやがる、ふざけるな、幽霊だって言うのかよ? それとも死神か? こいつは人間だ、しかも恐ろしい強盗なんだ、もうわかったぞ)
「ははは、ふざけるな。お前は強盗だろう? からかうな、絶対に開けないぞ」
「それでは、お母さんに、この手紙をお戻しすることになります。二度とお母さんからの手紙を読むことはできなくなりますが、それでもよろしいでしょうか? 」
「そんなもの元からないんだろう。ふざけるな」
玄関のドアがドンと音をたてた。また玄関のドアを蹴ってしまった。
「はは、わかりました。それでは、あなたのお母さんに手紙をお戻しします。手紙をお渡しできるのは今だけなんです、それでは…」
玄関の外の共有廊下を郵便配達員が歩くカツカツという固い足音が聞こえた。
(母からの手紙というのが本当だったらどうしよう? 手紙は母の遺書かもしれないのだ、いや、ありえない、死んだ人間から手紙など届くはずがない)
郵便配達員の足音が遠ざかっていく。
(どうしよう? クソっ!)
僕は包丁を握り締めて玄関のドアを開けた。
プシュッという空気が漏れた音がしてドアが開いた。真夜中のはずだが玄関の外は真昼のように明るかった。数メートル離れたところに郵便配達員が立ち、こちらを見ていた。
「思い直していただけましたか?」目深に被った帽子で顔が良く見えないが、郵便配達員が笑ったように見えた。
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