それは勝利のための魔法の呪文……。男たちは女の尻を求めながらも、それを唱えて家から出ていく。そして二日後には痴漢冤罪で取調べに参加し、刑事たちとかつ丼を食らう。
「ビペリデン・オランザピン・ラツーダラツーダ……」と女たちがひっきりなしに叫んでいる。彼女たちはどうして公園の周りでプラカードを掲げているんだ?
学校の校舎に空き缶が投げられ、教師がそれに対応したボールペンを投げ返す。するとスイッチに連呼されたチョークが落下し、それを皮切りに戦争が始まる……。
「ビペリデン・オランザピン・ラツーダラツーダ……」と兵士たちが二重になっているプラスチック板の声で叫んでいる。そして軽機関銃を一人で操作し、敵兵をいくつもの弾丸で倒す。風船が休戦を選び、破裂すると同時に国が傾いて精神科医の男が錠剤を提供する。
「先生! これを飲めばいいんですね?」
「ああ。これにて解決!」
しかしその男は二か月後にはぶくぶく太って死んでしまう。「ラツーダ駅……」
「なあ、どうしてヤツに薬を提供したんだ?」
「おれに訊くな……」
精神科医専用の椅子の上で男がふんぞり返っているぞ……。さあ、拮抗している取材の筆力でヤツをなぎ倒せ……。おれたちの錠剤を取り戻せ。「精神科医は宿ではないんですよ?」
リセットされた病状とベッドのシミ……。ゴキブリが昆虫のふりをして天井裏に潜んでいる。患者が導入された掃除機の電源を改造して自分の脳の代わりになる装置を作っている。隔離された患者が独りでトイレを占領している……。
病棟の出入り口には溶けかけている女の患者が群がり、ゴキブリの右足をしゃぶってから許しを乞いている……。男の主治医たちがその合間を踏み抜きながら自分の研究室に向かっている。男の患者たちはトイレで自分の陰茎を擦り、昆虫の香りがする糞を垂らしている。
口角から垂れた唾液が顎を伝って床に落ち、胃をころころを鳴らしている老いた患者は薬物のやりすぎで自分のことを数学者だと思い込んでいる。
「ええと……。この数式にはこっちの定数を刺し込んで……」
「オジサン、投薬の時間だよ……」山羊の頭の白衣の男が薬の入った缶を持ち上げてカラカラと鳴らしている。冷たい床に裸足の男たち。缶の蓋の赤いシールを見て一心不乱に出入り口に駆けていく老いた患者。
「なあ、賭けをしないか?」と、トムがおれに問いかけてくる。統合失調症の彼は一日に三度の賭け事をしないと身体が崩壊すると考えており、時折おれにポーカーを要求してくる。
「今度はトランプか? それともチップ?」おれは何も知らないカモのような声色をできるだけ演出しながらトムに慎重に訊ねる。彼は賭け事を知らない純粋で汚れの無い男が好みなのだ。
するとトムは右手を頭の後ろに持っていってから話し出す。「いいや、おれが考えた新しい賭けだ。錠剤を使う」
「錠剤? 毎日看護師から渡される、あれか?」おれは毎朝の投薬を思い出しながら話を合わせた。
「そうさ。じゃんけんをして、勝ったほうが多く錠剤をもらう」
「それは……」おれは逡巡するふりをした。それからわかりきっていることを口にする。「勝ったほうがふりじゃないか」
「オーバードーズ!」とトムが叫ぶ。檻の向こう側の看守がこちらを一瞬だけ睨む。
「落ち着けよ相棒」おれは立ち上がったトムの右かかとに触れて彼に床のような冷たさを流す。
するとトムはゆっくりとしゃがみの体勢に戻り、おれの唇に自分の口を近づけてから話す。
「それで? やるか?」
「ああ」
もちろんだ、とおれは続けてから右手で『グー』を作った。
ビペリデン一錠……、オランザピン一錠……、そしてラツーダと、最後の最高のラツーダ……。おれは自分の右手の上に残った錠剤を見つめながら、向こう側で約五十の粒の錠剤を飲み込もうとしているトムを見つめる。彼の顔はすっかり日焼けで焦げており、その頬は膨らんでいた。すでに十錠の粒を含んでる口には何も入らないらしく、素手の上の大量の粒を悲しそうな潤んだ目で見つめていた。
「粉にするのはナシだからな?」
おれは微笑んでから四錠を飲み込んだ。
"ビペリデン・オランザピン・ラツーダラツーダ。"へのコメント 0件