昆虫と少年。

巣居けけ

小説

3,834文字

それは五度目の夏休みに起こった出来事だ……。

風上が良好になってきているな……。するとおれはカフェテリアの小さな蟻の巣のようなココアを握りしめ、小銭を舐めている少年の後頭部を叩く。乾いた音が鳴り、少年が頭を前に突き出して痛がる。おれは満足した素手の痺れと共に学校収入のことを思い出してカフェテリアを出る。少年が後をつけてくる……。
「あんたには靴磨きが必要無いな」と少年が吹きすさぶ電化製品の音をたどって上昇している。おれは彼の二枚にわかれている皮膚の最後の渇きに指を入れて、擦るようにして粉を出す。すると少年は身体を震わせながら許しを叫ぶ。
「やだ! やだ! やだ!」
「まったく、しっくりこないな……」
「やだ! やだ! やだ!」

おれは少年の浮き上がってくる脇の素手から手を放し、百足の足のような色の少年の顔にキッスを落としてから、彼の細い身体をコートに入れた。汗とふけの臭いが充満した滑稽な革の音が響き、街の十二枚目黒板にひっかきの傷を与える。すると国語教師が立ち上がり、廊下の中の体育専門技師が両手で歌を唱えて前転を披露している。

おれは街の中央の噴水の中から五円硬貨を拾い上げ、少年の額の中央に擦り付ける。すると過ぎ去ったはずの二階の金髪の老婆が鼠を舌で掬い上げ、縁日の再放送で昆虫のような香りを演出する。おれはカセットテープの両端に唾液を付けてぬめりを与える作業で小銭を稼ぐ。日報が響き、少年の集団が飛んで空中を敷き詰める。おれは右足で百足の大群を蹴散らす……。
「少年よ、だからこそ新しい靴のビニール・ガーデニングで西瓜の割れる音を表現しろ……。そして塩の香りの中で階段を滑らかにする作業をし、ついでに缶詰の中の液体で塔を建てろ……。品切れの男たちは必ず全てのクレヨンの液体に答えてくれるはずだ……。そして川の流れる鳥の空中分解に爆薬を唱えろ……」短機関銃を持つ男が扇風機の中で過ごし、ガムテープの香りを濃くしたそばの音でコインを投げて側転を披露する。やがて体育専門技師が眼帯の頭部を投げてから水泳の予約にテレビを挿入する……。おれは見限った購入の校舎から離れ、昆虫の右足を咥えながら街を歩く。すると無数の少年たちの音が前方からやってきて、おれのはげた頭に降りかかる。おれは反動で火薬の後味を舌の上で演出してかたかたと笑う。

絵日記の中心で城を建設し、捨てられた男たちで羽の音を司る。タッチパネルに昆虫の群れを挿入し、やってくる電線の集合体に唾液を浸す。おれたちの足が無期限に学級崩壊を演じていることを知り、黒色の境界線に立ち上がってチョークを手に取る。おれは新しい教師になったふりをして黒板の亀裂を修復する。

二人組の少年が昆虫をいじめているぞ……。蓋を開き、手にした黒光りの昆虫に割りばしをねじ込んで崩壊を呼んでいる。黄色い液体が迸り、少年の唾液のぷっくり膨れた頬に飛び散り、砂漠のような枯渇を再現してから放送禁止の用語の最初の文字で一晩を過ごしている。

ウルフカットの女が駅の前の歩道を行き、英語圏の少年の足に注目している。そして今晩の鉄が溶けているすき焼きの味を連想して瓶の球体に色を落としている……。「教室の窓を叩き割れ……。そして数学教師に『アイツ』を入力しろ……。すると生徒会の選挙の日に針を持った男たちが攻めてくるぞ……」

少年が入力機構のキーを押している。「『アイツ』っと……」

おれは重火器の色にクレヨンの打撃を与えてから前屈の知れ渡った体勢でタイヤを作る……。すると少年の力士団が火星に到達し、おれの右のほくろの中で銃撃戦を開始する。おれは架空の刑務所に居るふりをしながら病院の中の騒動の収束を拡声器で叫ぶ……。

ウルフカットの少年があらためて答えを求めてくる……。「実験木製帝国のキャッチコピーを知っているか? 『おれが試験管になる』だ……」さらに新しい波の音で眠りから上がり、開腹マニアどものはげた頭に水滴を垂らす……。エンタテインメントの探求心で丘の頂点に登りつめ、日の出と共に昇華されていく消防の音たちよ……。

そしておれたちは選挙へと向かう。昆虫の古びた音が後方から迫ってくる……。おれは次に右手で手に入れた少年の頭皮で衣服とミネストローネを作り、消火器のような音を響かせている救急処置室の扉を開いて氷を投入している。
「鯖で作れる音には限界がある」

彼らはどうして音に固執するんだ?
「そしてやってくる覚せい剤の余韻のようなカプセルの中の風」

さらに迫り来る創作論の中に納まらない黒い音の文学と絵画の中のインクの流れる道筋。「おれたちがやっているこれは削岩機のような音なのか? それとも山羊のような未来の無い連中たちの後始末なのか? おれたちは吸収率の高い電撃作戦に賛成して参加することを拒絶したのちに、新しく街の中心に建てられた噴水と滑り台が合体した麒麟のような真似の中の山羊に泥を与えて線路に響かせている」

さらに空に開いた穴から落下してくる眼球の男たち……。
「鉄に籠った熱で身体を変化させて、コロシアムのような円形の蜜柑の氷」さらなる山羊が唾液を垂らしながら迫っているとでも言うのか? さらに稼ぎの無いトンプソン・サブマシンガン部隊の男が鮭を持ってから拳を切断しているぞ……。

さらに山羊管理人は呟く――。「インタビュー記事の再現による熱の蠢きと虹の発生確率や暖房の中の解釈による敬礼。同率の寒さによる手汗の放出率や出産のための資金集めに駆け巡るカウンター・バレーボール……。

疼痛のようにやってくるアルコール・チャレンジ……。さらに授業参観のように見つめているアルコールランプ……」

すると向かいに座るキャスターのような銅像の男たちが一斉に口を開いて抵抗する。重複する声たちが物理的な白い形を持って押しかけてくる。「おれには違いがわからないよ……。なあ母さん、おれはどうして道に迷うんだ? そしてどうして、あんたのような子宮の中で孤児として生きていかなくちゃいけないんだ? どうしてあんたは父さんと結婚して、おれを子宮の中に宿したんだ? あんたの中に居る時のおれはどうしようもない激痛だっただろうな。おれはいつでも山羊のような過激さを求めていたし、あんたの子宮の肉の壁はアパートよりも薄くてもろいからな。おれはどうにかしてあんたの子宮の鍵を手に入れたかったけれど、父さんがそれを邪魔して、最終的にはおれの腕を折り曲げてしまったんだ。あんたへの愛だけであいつは動いているんだ。おれは息子だっていうのに脳を破壊されて、今では試験管の中でこうやって触手を出すだけの仕組みになっていしまったんだ。おれはビーカーの薄い硝子のケースの中で汗ばんで、サウナで二度ほど整いを感じて、コンビニエンスストアの店長にキッスを落とし、小石に足を取られてからゲーム機を破壊し、電脳世界の存在を説いている教授を殺害し、百足を食らい、洗濯機のような海を渡り、二つの街を連結させて、扇風機に落書きをし、蟻の巣を崩壊に追い込み、ライオンの炭酸水を作り、今後の戦争のきっかけの発生を見つめているだけにしようと思うんだ。いくつもの人間の賛歌を見てきたし、街の揺れ動く雲の流れも耳にしてきたけれど、ここまで争いや挿入が無い時間帯も珍しかったさ……。おれは一日で沈みゆく街のレター・パックを水に浸しながら、序列を守っているコピー機の形をレポートする文書を書き上げたことがあるんだ。さらに従妹の涙で実験を繰り返し、水だけで人間を再生させることに成功したんだ。畳の中のタトゥー・パンダで心の中のジッパーを開き、釘が刺さっている弟をただの少年として認識している百足山羊に足を踏み入れたさ。だからこそ山羊母よ、おれとワルツのような男になってくれないか? 迫り来る明日の風に血を混ぜ、怒りの血潮を熱で生かしてくれないか?」さらにあまりの男たちが声の色となって迫り来る……。キャスターの連中は全てを回避してから老舗に入る前の予行練習を続ける。

おれはモーターの中の黒板に隅々まで書かれた文字を読み解き、ついにアジトへと侵入した。そこには埃のほかに大量の麻薬、貧乏ゆすりのための理解のある男としての印、コインゲームに使える山羊のマークの挿入装置、『歩兵のための力学』と書かれた黄色くて薄い書物、ひざ掛け、黄色いスカーフ、伍長のための食物連鎖授業のすすめ、白米五キロ、トラック運転の極意三巻、やまびこのコツとそれをするための哲学的解決方法、数学書物、トンプソン・サブマシンガン、パチンコ店の鍵、単調作業を抽象的に描いた絵、大賞をとるはずだった小説二冊、ロイド眼鏡、パーカーの紐、動画再生装置本体と電源を入れるためのスイッチ、カマキリの死骸、空のフラスコ、黄色く変色した手鏡、マダムのための海苔せんべい、陸軍偵察部のメンバー名簿が置かれていた。おれはそれら全てに大量の尿を吹きかけながら進み、最奥地のビーカーの中に小さな少年が匿われていることを知った。
「君はここでなにをしているんだ?」
「おれはここで授業の再開を願っているんだ……」と、コートの少年は等身大の百足や蛾を右手でさばきつつ、おれの緑色の瞳を見上げた。おれは自分が着ている白衣の中から新しい百足の死骸を取り出し、ビーカーの中へと落とした。すると少年がちょうどよく手に取り、次にやってくる吐瀉の感覚の前に百足を合体させてから蛾の羽を噛み砕いて味わった。
「どうだい?」
「塩味」

少年は立ち上がり、すぐにおれの瞳へと向かって飛翔した。

2022年12月17日公開

© 2022 巣居けけ

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