「次の方、どうぞ」と、ペンウィー・ドダーが叫ぶと、がらがらと引き戸を開いて、患者が入室してくる。その瞬間、彼は自分だけが持つ特権意識に酔いしれ、患者の診察へのやる気を高める。
現れた彼ははげで、よれよれのこげ茶コートで、白の丸首シャツを着、下には迷彩柄の長ズボンだった。へへへ、と笑いながら、無許可で丸椅子に座る彼は、対するペンウィーの顔を見て、その不気味かつ無機質な顔色に慄く――。
ペンウィーは白衣の内ポケットから指揮棒を取り出し、患者の右膝を叩いた。
「君! ここは許可制だ! 勝手に座ってもらってはこまる!」
「ああ、すまんな……」それから患者は、へへへ、と引きつった笑みを浮かべ、よろよろとした足取りで立ち上がった。
「患者の身分で身勝手に座れると思うなよ。まずは職と病状を言いたまえ」
すると患者は軍人らしい気質を全身から放出した。それは歴戦のペンウィー・ドダーが、ここが医学の充満した部屋ではなく、軍事的な空気感の施設ではないかと勘違いを起こしてしまうほどのものだった。
「はいっ! 職は西のコピー機技師っ! 病状はっ、水虫であります!」
「よろしい! では座りたまえ」
ペンウィーの胴間声と同時に患者は座った。
「では診察を始める。まず、君は水虫だと言ったな? ではさっそく容体を診てみよう。……ところで君はここまでどうやってきたんだ?」
「へい。車でございます。主さま」
「なんだって! それはいけない! 足を使わないことで、足の皮膚に水虫が繁殖し、やがてそれは上がっていき、君の脳に到達したとき、全ての感覚機能が停止する。さっさと除去するか、身体の方を水虫に適応できるように改造するしかない」
「そうですかい。ですが先生、アタシには金がねぇです」
患者はゲイバーの常連のような声だった。
「もんだいない」そこでペンウィー医師はデスクへ向かい、カルテに文字を記入する。そこには適正手術ランキングの名簿があった。「これでいい。君は適切な処置を受けることができる」
「そうなんですかい? ならばさっさそく、身体の改造を行ってくださいっ!」
「まあ待て。手術は明後日だ……」ペンウィーはカルテをぱたんと閉じ、患者の日焼けした頭と向き合う。するとそこで目線同士の軋轢が発生し、周期がずれ、メスが揺れ動くと同時に山羊が発生してさ迷いを始める……。
ペンウィーはいかにも優秀な医学者のような身振りで白衣のポケットからメモ帳と万年筆を取り出し、構えてから患者に誘いを放つ。
「それで? 次に痛い箇所は?」
「はい。実は心臓の位置が良くなくて、私はもともと、右半身が骨折していたのですが、二重になっている山羊の影の音で、脳が全て陰茎に置き換わってしまったんです」
「なるほど……」そしてペンウィーはスマート・フオンを取り出し、一つのアプリを起動した。
「先生、それは何をしているんですか?」
「君の内臓を見ている」
ペンウィーが持つフオンの液晶画面には無数に散らばる臓器が映っていた。それらは微細ながらも蠢き、そして連結すると同時に破裂して脳へと変わった。どうやらアプリの中での序列は脳が最新鋭だったらしく、山羊と患者のシンクロの確率で頭皮が再建された。
ペンウィーは素早い指の蠢きでアプリを操作し、拡大と縮小を繰り返して患者の最も悪い位置を確かめた。この時の彼はまさに精鋭の執刀医で、数学者で、ビリヤードの達人であると同時にビリヤード台職人。そして彼は指揮棒を再度取り出し、スマート・フオンを破壊すると同時に患者に引っ越しを提案する。
「東側に良いアパートがある。そこに引っ越せ。そうすれば公園が君を迎え入れ、水蟲も、骨折も、僕の執刀医人生の果てに有る欲求の消化試合も解消して、さらなる山羊の発展が望めるだろう……」
そしてサプリメントのような波と連続して訪れる風の音による建物崩壊技術……。南のショルダーバッグによってマシンの改造を申請し、大学に寄稿することで収入を得ている。「キャラメルの味で映画を連想するだろう? それと同様のことさ」
「キャロット・カーレースでも?」
「同様さ」
ペンウィー一級医師はいつものように常識の範囲内で医学を執行する……。
さらなる山の訪れと、進化していく火山による熱の振動……。「始めを登録してから顔面で女子高生を追い詰め、新しい坂に唾液を垂らす」
街の数学者たちはガラスケースの中で徒競走をしつつ、連立方程式の美しさと説くことができる。そして同様の森の眺めの中で足し算を素早く入力し、出された問題の中でこけていく少年の瞳を覗く。数学で道を作り、コンピュータ室で夕暮れを感じる。さらに迫り来る数式の呼び声に木の実を挿入し、ピラミッドの色を脳裡で連想してから実演する。
「そして選挙へ向かえ。さらに注射器を持て」商店街の中心で思想の強い集団が政治家を批判して旧石器時代を説いているぞ……。だからこそ少年よ、年老いた男たちによるほくろ舐め大会に捕まるな……。彼らは電子レンジの中まで追いかけてくるぞ……。
「どうぞおかけください」と言いたいだけなのだ、奴らは……。
唐突に始まるドミノ倒しの数学のゲーム……。固執する牧場の職員たち……。乱闘を繰り広げている浴衣の操縦士……。
「それで? 君はどんな薬を求めてるんだい?」とペンウィー医師が架空の患者に向かって唾を飛ばしている……。彼はありもしない病状に振り回されるような薄っぺらい技師ではない……。
「ええ。医師さま、私は自分のほしい錠剤がわからないのです」
「なるほど! ではこちらへおいで……。精密な検査をしてみよう」
ペンウィー一級技師はふところへ潜り込んでくる血液の流動で自分の医師としての見返りを確定させる。さらに消耗品のメスを棚から取り出し、自分の右のかかとに刺し入れて血液を混ざ合わせる。患者が悲鳴を上げ、よたよたの足取りで診察室の扉をたたいて絶叫する。
「待ってくれ! 私はいつでも患者の健康を願っているんだ! ほら、この通りだっ」と、ペンウィー医師は自分の血に濡れた足を見せつける。そして自分の神経の延長された長さの不器用な右手で出入り口の引き戸を押さえつけ、患者が出ていこうとするのを防ぐ。
「全く! あんたはやぶ医者だ! 患者の自由を不正に削ぐだなんて!」
「私は精密な麻酔技師だ! そして数学者でもあり、動物観察学者だ!」
ペンウィー臨床医師はメスを振るう。自分の血でしとどに濡れた刃で空を切り、医学の香りが充満したしつこい診察室の空間を裂いた。
「ふざけるな! あんたのような技師がいるもんか! 私はここで失礼させてもらうよ!」
患者は唾を吐き、改めてかたく閉じられていた扉を開き、さっそうと去ってしまう。後に残った香りが外の空気のプラスチックのような香りと結びつき、やがて淀んで消えてしまった。
ペンウィー教授はそれから肩で息を吐き、新しい患者のための準備を始めた。
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