手術講義。

巣居けけ

小説

2,985文字

ペンウィー・ドダーは生徒たちにとても人気。

アルミニウム鋼鉄学校の朝は早い。それはまさに遅れを取り戻そうとしている陸上選手のようだ。そして今日は、特別なステージの上の授業が展開されて生徒の三割が医学の道へと進むことを決意するだろう……。
「君は象の真似で稼ぐつもりなのかね?」まだ白衣を着ていないペンウィー・ドダーが生徒の一人に問いかける。早朝に対峙した鏡の前でするような寝ぼけた声だったが、学者らしくきりっとした色も持っていた。
「いいえ。私は最初からメスしか見えていません」
「ほほう。ここの生徒は優秀らしいな」
「ええ……」横の国語教師の女が後頭部をかきながら笑みを漏らす。「皆、とても良い卵ですからね」
「先生。そろそろ準備が」
「ああ。……では諸君、また授業で」

架空の臭いがする医学者の素手を振るうペンウィーと隣の助手は教室を後にした。

 

血の無言の圧力や血管が持っている鉄の香ばしい痛みに吸いこまれるかのように、一瞬で済ませられない手法の医学解剖がペンウィーの中に急激に流れこんで順雄していく……。控室で佇むペンウィー医師はいくつかの医学本を見つめてから、頭の中でこの学校で最も美形な顔を持っている彼女の脳の色を想像しながらステージに向かった。すでに出来上がっている会場には手術のための台があり、その上には立派な筋肉を持った男が寝転んでいた。
「麻酔は?」
「すでに完了しています」
「でははじめる。メス」

ペンウィーが隣の助手に素手を伸ばす。するとすぐにメスが乗せられ、ペンウィーは切っ先で男の腹を切開した。
「先生。出血がおおいです」
「構わない。良いパフォーマンスになるさ」ペンウィーはそのまま切開を続ける。腸を切り刻み腹の中でスムージーを作る。そこで男の血の香りにやられた一人の女子生徒が嘔吐をする。

ペンウィーはメスを投げ出し、両手で覆い隠してもなお吐き続ける女子生徒に近づく。女子生徒はペンウィーのことを見つめながらも下を向き、おえおえと吐き続ける。
「大丈夫。ゆっくり深呼吸してごらん」

ペンウィーは女子生徒の肩に手を置き、なめらかに揺らす。すると女子生徒の荒かった呼吸がゆっくりとしていく。そこでペンウィーは自分の白衣からゴム手袋を取り出し、素手を入れる入り口を開いて女子生徒の顎の下に持っていく。女子生徒が大きく呻きながら大量の吐瀉を吐く。ペンウィーのゴム手袋に吐瀉がぼたぼたと落ちる。

「よし。良い材料の提供ありがとう」

両手で丁寧にゴム手袋を持つペンウィーは女子生徒に礼をしてからステージに戻って行く。
「先生。それをどうするおつもりですか」
「いいかい、生徒諸君。素晴らしい手術とはなんだろう。すみやかに切除することか? 患者へのダメージを最小限にとどめることか? 予算をあまり使わずに執刀をすることか? どれも違う。正解は、その場に現れた予測不可能の事態やアイデアを出し惜しみせずに使いきることだ。このようにね」

そしてペンウィーはゴム手袋の中の吐瀉物を男の腹の中にぶちまけた。そしてスプーンを持ち出し、腹の中のスムージーのようになっている腸と吐瀉物を混ぜ込んだ。
「よく見たまえ! 我々はつねにこのような危機的状況や、予測不可能なアクシデントにまみれながら患者の腹を切り、不必要な部位を排除している。まあ私が好きなのは移植系の手術だが……。それはいいとして、良い具合になってきたじゃないか。君、ちょっと味見してみるかい?」

ペンウィーは右手のメスで最前列の女子生徒を指名した。産まれたての鹿のような足取りでステージに上がった彼女は、説教されている小学生のような顔色でペンウィーの横についた。
「お名前は?」
「ええと……。ユキナです」
「ユキナ! 素晴らしい。ではこちらを」

ペンウィーはメスで男の腹を差す。腸の赤色と黄色い吐瀉物が混ざっているが、色自体は完璧に混ざってはおらず、マーブル模様になっていた。
「あ、あの……。私、別に医学には興味がっ」
「いいから飲めよ!」

ペンウィーがユキナの後頭部を掴み、頭を男の腹に押し付けた。べちゃり、という音が鳴りユキナの顔が腸と吐瀉物が混ざった液体に沈んだ。
「ほら、旨いだろ? 旨いって言えよ!」

すぐに呼吸困難になったユキナは両手をばたばたとして何とか上がろうとしたが、ペンウィーの医学の道の中で鍛えらえた腕力には敵わなかった。口に流れ込んでくる液体のひどい味がユキナに吐き気をもたらし、すぐに喉から口に上がって行く吐瀉がぶちまけられた。ユキナは男の腸と女子生徒の吐瀉物と自分の吐いた液体が混ざったものの中で溺れた。

完璧な窒息の一歩手前でペンウィーはユキナの頭から手を放した。同時にユキナの頭がぐいっと上がり、赤と黄色のぐちゃぐちに覆われた顔面が生徒たちに晒された。
「旨かったかい?」
「は、はい」

ユキナはペンウィーの目を見ながらしぶしぶ答えた。低くひねり出したような声だった。
「なるほど。では私も味見をしてみようとおもうよ」

ペンウィーはスプーンを持ち、男の腹の中の液体を救い上げ、口に運んだ。途端に血液と腐った卵の風味が舌を刺激し、この上ない不快さが脳を圧した。ペンウィーは口に入れたスプーンを放り投げ、男の腹の上で嘔吐した。おええ、と呻き声を漏らしながら一度は口に含んだものを戻し、さらに胃液までもを吐き出して涙した。
「まったくひどい味だ! どうしてこんなものを平気な顔で食べられたんだ、君は?」

吐き終えたペンウィーはすでに最前列に戻っているユキナのことを睨みながら怒鳴った。

すると最前列のユキナ以外の生徒たちが一斉にステージに上がり、闘牛のような勢いで手術台を揺らし始める。ペンウィーはいち早く一歩引き、困惑している助手の頬をビンタで正常に戻してから命令を下す。
「おい! さっさとこの迷惑なガキどもを静かにさせろ! さもなくばクビだ!」
「ひえー」

助手は自分の手術着を脱ぎ捨て、胸の位置のポケットから空の注射器を取り出す。準備万端の硝子の注射器を三本指で握ると、最も近くで手術台に両手を伸ばしている女子生徒の露出している右太ももに針を刺し入れ、プランジャーを勢い良く押し込んでから引っ張り上げた。すると細い無数の血柱がシリンジ内部に噴き上がった。それは丈夫な硬い赤い紐のように見えたが、すぐに液体らしく溶けだしてシリンジを赤色に染めた。同時に女子生徒がばたりと倒れた。彼女は少しでも自分の血液が体外にでると気を失ってしまう体質の一族の末裔だったのだ。
「次だ! さっさとしたまえ!」ペンウィーはメスを女子生徒に投げつけながら助手に促す。突き刺さったメスは女子生徒の頭蓋を貫通して脳を破壊し、死に至らしめている。

助手は女子生徒から注射器を抜くと、自分の口にその先端を入れ、プランジャーを押し込んだ。するとシリンジ内部の血液が広がり、助手はそれを飲み込んだ。注射器を空にすると次の女子生徒に狙いを定め、針を太ももに刺し入れていった。

こうして助手は数分の間に五人の女子生徒から血液を取り出し、気絶に追い込んでいった。助手がようやく役になっている横でペンウィーは三人の女子生徒にメスを投げて殺害しており、騒動はすぐに終息した。騒動に加わっていない他の生徒たちは唖然とした顔色でペンウィーたちを眺めていたが、彼らの勇猛な姿は大多数の生徒たちに火を着け、医学の道へと進むことを希望する生徒が増加する結果となった。

2022年11月25日公開

© 2022 巣居けけ

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