青葉城恋唄と周辺地域の考察

すべて得られる時を求めて(第4話)

浅野文月

小説

2,390文字

『すべて得られる時を求めて』第4話
ご飯を食べながら読まないでください。また、本作をお読みになって気分がすぐれなくなったら、色川武大著『百』(新潮社刊)などの良質なる文芸作品をお読みください。

郵便局内で『郵便局のお中元』と書かれている冊子を見ているが、サッパリ頭に入らない。待ち合わせ場所を女性週刊誌が充実している銀行にしておくべきだったと後悔する。

 

「こんにちは、ナノです♡」、と明太子ばっかり載っているページを開いているときにいきなり声を掛けられたがここで明太子から眼を放してはいけない思いつつ、その若干酒焼けしている声はどこか淫靡な響きを漂わせ、すぐにでも顔を確認したかったのだが、すぐに顔を見ると風俗初心者だと思われるのは畢竟であると思い、その淫靡な声の持ち主を少しの間無視しつつ、窓口に行ってマジで明太子を頼もうとしたが、特に送るところが思いつかなかったので致し方なく「こんにちは、ナノです」と発した口の持ち主の顔を見ることとなった。

 

「おう、森田じゃん」と声を掛けてやった淫靡な声の持ち主は、あの中学校近くの団地のなかの公園にあったピンク色の多少風化したタコ滑り台に高橋と共に相合傘に入っていた森田そのものであった。

 

「森田ではなくナノです♡」、と云う顔をまじまじと見つめたが、目の位置、鼻の位置、口の位置、そして褐色の健康的な肌色はまさに森田そのものであり、森田以外のものではなかったのである。

だが、このような店には源氏名と言う、いつの時代にできたのかわからないが、使う者にとっても使われる者にとってもハッピーで画期的なシステムがあるために、それに従うのが利口であろうと感じるのである。

 

ここにいるのは森田であり、ナノちゃんでもあるが、わかりやすく説明をすると、仮に○○という名の妹がいると仮定をして、ピンサロで「○○でーす」、と云いながら妹が横についてもMHCなる免疫機構をつかさどる遺伝子領域のせいで、「いや、おまえじゃちんこ勃たんわ」となるのはフィリップ・W・ヘドリック博士の論文で実証されているわけだが、たとえ妹でも「レイカでーす」、と云いながら横に座われば、同じ屋根の下で見ることのない派手な衣装と嗅いだこともない香水プラス「妹に似ているが名前が違うから違う人なのだろう」と脳内で対象が置き換り、妹○○からピンサロ嬢レイカに変化をし、晴れてチンポはパンツの中でテントを張って、「お客さーん、まださわってもないのにこんなに大きくなって、もう、い・や・ら・し・い♡ ベルトとチャック失礼しますね。熱っつ熱つのおしぼりで拭き拭きしちゃいますから」、と云われてパンパンに膨らんだチンポを優しく拭かれて、「おしぼり気持ちええわぁ~、はよレイカちゃんの口おめこでクパァクパァして欲しいわぁ~」となるわけである。下手したら「ここって花びら何回転OKなの?」と聞いて、「え~、レイカのこと嫌いなの~?」、と云われるであろう。

 

そんでもって森田はナノという源氏名を使っているから、郷に入っては郷に従えと先人が云うように、「ナノちゃん? かわいいね。よかったわ、ナノちゃん指名して」と言いながら『郵便局のお中元』を元にあったラックに戻して手をつなぎながら外に出る。

 

外に出たら腕につかまるナノちゃんこと森田は「こっち、こっちー♡」、といいながら大通りの信号を渡ろうとする。

 

「この通りなんていう通りなの?」

「う~ん、わからない」

「ここの人じゃないの?」

「ちがうよ~、ナノックス星から地球にきたのだ!」

というような恋人トークを繰り広げながら幅一間(約1.8m)はないであろうラブホテル外壁の入口を通り、ドアが自動的に開いて暗い照明のフロントのなかに吸い込まれていく。

 

「ナノ……この部屋がいい♡」、とパネルにある中で一番値段の高い(休憩:¥7,800―)写真を指さすので、その写真の下にあるボタンを押すと、赤く光って、最先端技術なのだろう、エレベータのドアが自動的に開くので、またもや「こっち、こっちー♡」、と狭い密室に吸い込まれる。

 

「お客さん、髪の毛青―い。自分で染めたの?」、と聞くので、「産まれた時から青かったんだよね」と言うと、「か・わ・い・い♡ チューしちゃうぞ!」、といいながら狭い密室の中でベロチューをしているときにドアが開き、色白のリーマンといかにもデリヘル嬢らしき二人が立っている。森田はスイスイとその二人をかわしながらドア上のランプがピコピコと点滅する部屋に急ぐ。

 

さっきのリーマンは高橋の顔に似ていたが、あいつは今、仙台勤務なんだろうか? そういえばフロントで鍵をもらっていない……と思ったが、森田はその部屋のノブを回すとドアが開いた。最先端技術はラブホテルにも応用されているんだ。こんなシステムは世界中どこを探しても日本だけであろうと考えつつ、入っていく。

 

「ちょっとお店に電話するね」、と森田は云い、「ナノです。いま407号室に入りました。はい。わかりました」、と先ほどまでのテンションとは違う、まるで張り込みをしている女刑事が捜査一課長に連絡をするような神妙な声で話したのだが、声が低いと酒焼けの声がなおさら強調される。

 

急にテンションが高くなって「お客さん、二万八千円になります。前金でーす」、「お釣りありますか?」と一万円札三枚を森田に渡す。千円札二枚が戻ってきて、「シャワーだけどぉ、いっしょに入る? べっこに入る?」、と聞かれ、即答で「いっしょに」と言ってしまったが、へたこいたかもしれないと思った。なぜならば初心者かと思われたかもしれないからだ。もしくは童貞だと思われたかもしれないからだ。

「あ~ん、じゃあ脱がせて♡」、と森田が云うので、杞憂だとわかりホッとする。

近づいて黒くてパツンパツンのブラウスのボタンをひとつずつ外していく。ボタンをひとつ外す度に森田の肌の香りが広がっていくのがわかった。

 

(5)へ続く

2022年11月30日公開

作品集『すべて得られる時を求めて』第4話 (全7話)

© 2022 浅野文月

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