母の口臭の山岳の経験から、女児が食べつくしたスナック菓子の残り香と、カップラーメンの水滴が付着し続けている薄い円形蓋は、隣人にプレゼントするのが最も好ましいことを知る。この街で、唯一電信柱の資格があるおれは、自分のことを、箱の中のでぶの悪徳警察官が飼っている人語を理解できる赤色兎であると思い込む必要があった。成りすましとそれによる利益が、どうしてもおれの教師人生には必要だったので、兎と人間の呼吸方法を同時に会得する必要があった。
注釈の遺跡から精液臭い湿った伝書を持ち帰る時、全ての試練を反復横跳びだけで終えた翌日、おれは、ありとあらゆるしがらみや、鎖のような束縛から、すっかり解き放たれた気持ちで歩いていた。何度も往復した、埃と男どものフケの臭いがする玄関も、今となっては炭酸ジュースのような爽快感を見出すことができていた。
「イカ墨を飲み干したいな」これから全ての名人をポテトスマッシャーで潰して、彼らの脳の味で日めくりカレンダーを犯していく計画を立てていく……。
黒い埃と、女児の素晴らしいふけ。女児の尿と汗の臭いが染みついた、細胞の破片のようなふけ。工作の授業で生み出された数多の木くずが舞う病室から、おれは女子小学生の女性ホルモンを求めて二メートルだけ歩き、三年前に胃液で執筆した論文が掲載されている雑誌で作られた雌のワゴン車に通常乗車で身を潜める。おれの背中のシワ模様までもを獲得している警察官が、おれがワゴンの狭い室内に身体を滑り込ませ終えた数秒後に乗車窓口に入って来る。そして大声でおれを求める。おれはそんな誇り高い姿に中指を立てて交戦する。
「ちっ。ここじゃあなかったか!」
「先輩! お土産コーナーに居るかもしれません。観光客に紛れ込んでいるのかも」
「なるほどそうだな。よし、行こう」
あほな部下を持ったことを、我が身のように悲しく思ってやる……。
自立式の彼女は、炎天下を駄菓子として販売しているスーパーマーケットに向けて、そのタイヤを進ませることができる。そしておれたちは、誇り高き二年五組の全ての女児から回収済みの、濃いシミが付いている下着で壁が作られたバックヤードへと侵入することができた。
「あんたのような奴は珍しいんだ」
鉄製の出入り口付近で立っていたアロハシャツの老人が語り掛けてくる。後ろに居たはずのワゴンが、南の方角に全速前進をしている。
「だってあんたは、向こうのスーパーマーケットを知らないだろう?」
おれは彼のことを、最初は電信柱だと思い込んでいた。だからこの声も、電信柱を住処にしているキツツキか、女児に囲まれる夢を持ったまま生活をしている酔っ払いの、死に際のどうしようもない声の類なんだろうと解釈したが、彼のぬいぐるみのような、あるいは、七三分けが似合う新卒スーツ男たちがぶら下げている新品ネクタイのような右の腕の感触で、真実を眼球に映すことができた。
彼の両足は新鮮な人参だった。しっかりと育てられた人参の先端を駆使して、彼は、電信柱の物真似を見事に成功させている。
「あんたはバックヤードのことも、女児の素晴らしい色の大腸のことも、よく知らないはずだ」
おれは最初、彼の橙の両足を視界に入れた際に、この人間は足首から先を欠損しているという思い違いを引き起こしていた。
「なあ、あんたは路地裏生まれなんだろう? そこで盗みを覚えたんだ」
「……ははっ、まるでパラコートのような空気だな。アンタははげ頭だ。体育教師に、ちょうどいい」老人の、透明な深緑色の目を凝視する。「でもね刑事さん、おれはラックモアなんざ飲んじゃいませんよ」そして自分の白い顔面の皮膚を見せつける。薬物常用者では絶対にできない動作で、この老いぼれを納得させてみせる。
「でも、あんたの口からは同類の臭いがする。連中と同じ、錠剤や粉や注射器なんかに執着する、ねばっこい臭いだ」
「アンタは違うの?」
「わしはどうしても、この狭い四角形から出ることができないからね」
そうして老人は自分の、毛玉だらけの黒い左腕を動かして、タイルになっている地面を指す。おれはそんな動作に、完璧に釣られる形で床を視てしまう。するとどうしてか、さっきまでは気配すら存在していなかったはずの黒い鎖が、タイルを突き破ってピンと伸びていて、老人の人参足に絡みついていた。
おれは、自分の頭蓋骨の隙間から、脳内に冷気を噴射されているような感覚になった。皮膚と外気との冷たさの境界が消えていくのがわかった。そしてハエの飛翔よりも素早い動きで老人の顔を観ると、彼の右目が入っていたはずの眼窩には、頸動脈と椎骨動脈を同時に圧迫させるための、唯一の白いロープが束になって収納されていた。
「あんたはヴエラじゃない」
おれは女児のホルモンの香りが強くなっている奥に進む……。
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