おれはゴリラになってしまった……。バナナをいつでもたくさん食べていたら、日々を生きている中で体はゴリラらしく変化していき、ついに全身が黒になった。
変化の自覚は無かった。おれは自分が、いつでも真っ当な山羊であると思っていた。決め手となったのは友人山羊の一言だ。
彼のラッパの音のような声に乗せられて、おれは近くの服屋の鏡の前に立たされる。黒い全身を始めて見た時、おれはそれが自分の姿であることが理解できなかった。しかし友人や店員山羊がおれの両腕を動かしたり、動かした指でおれの顔を触れさせたりしていくうちに、おれはおれがゴリラであることを強く自覚していった。
おれはこんなにも舌が長く、立派なツノが二本も生えている。しかしおれの今の体毛は十分に黒いし、筋肉は必要以上にごつごつとしている。頭突きだけができればそれでよかったのに、今ではほぼ全てのプロレス技が再現可能なことを鏡の前で証明した。
「テレビでみた大きな動きができるなんて! 悪くないじゃないか!」
おれは店員山羊にダイヤモンド・カッターを使う……。友人はそれを前にして歓声を出す……。周りの客どもがどこかへ消えてゆく……。おれは服屋の濃い茶色の床で伸びている店員山羊に片手を差し出し、勢いよく起こす……。
「アンタはやっぱり山羊じゃないのかね?」
「そうらしい。もう出ていくよ」
おれと友人はすぐにガラス自動ドアをくぐった。
「今後は草や紙に加えて、バナナも食べていかなくてはいけないのか……」
おれは夕焼けを受けるバナナの皮の山を横目に木製椅子に座る。ここは家だ。騒がしい交差点で友人と別れてからの記憶がない。おれは背もたれに黒い背中を預けると、他の山羊と対峙した場合のことを考える。
「……もしかして、『山羊山羊』ではなくドラミングをするべきなのか?」
ゴリラの瞼が下りてくる……。
東のアルという商売人は、いつもの珈琲飲み屋で木製テーブルに両手を乗せた。すると埃がスーツに不時着をしているのを発見し、すぐに叩き落とす。
それからアルは、多数に向けて演説のような何かを始める。彼はまず、芝刈り機に生きた人間の頭部を接続し、それによって得られる向上効果についてを説明する。数分もすると原稿用紙に書いておいた台本からは大きく外れた言葉を放っている。アルは現代を生きるアドリブ名人の称号を持っている。
取り出した棒グラフが山羊の胴体になっているところで店主も揃って笑いが起こる。アルはそれに満足しつつも、次の商品のことを脳に呼び起こす。
「さて。次の紹介なのですが、じつは今回、少し珍しいモノを用意しました。おそらくここを逃せば、もう一生見ることができないであろうものです! さあどうぞ!」
アルが大げさに右手を上げる。いつの間にかスーツに乗っていた埃がするりと落下する。アルの手刀が天井に向く。手の平は客に向けられている。離れた位置でそれを見ていた教員山羊が自分の職場を連想する。
アルの後方の扉が開かれ、タキシードを着た二人の使用人が正方形の車輪付き檻を運んでくる。定位置までくると、使用人の一人はゴキブリのように素早く消える。
「皆さまには、これが何に見えるでしょうか! 私には当然、ゴリラに見えるのですよ。しかしね、このゴリラも元々、山羊だったのですよ」
「ほほう。それは珍しい! ではドラミングもちゃんとするのかな?」店主が白いあごひげを撫でている。「紙以外も食べるのかな?」
「ええもちろん。ほら」アルが残っている使用人に顎で合図を送る。脳で直接的に電波を受け取った使用人は、おかっぱの頭髪を震わせながら鞭を取り出す。すぐに檻に向けて振るう。鞭は檻の小さな隙間を通って進み、ゴリラの尻をパチンとやる。ゴリラは飛び跳ねながら自分の大きな胸元を両手で叩きまくる。
その雄らしい姿には店の中に居る全ての生命が歓喜を出した。声は熱となりゴリラの脳にも伝わっていき、ゴリラは自分の両腕の動きをさらに荒々しくさせた。
「こら! そんなにけたたましくなってどうする!」使用人から鞭を奪い取ったアルは、ゴリラの居る檻に向かって振るう。しかし鞭打ちの経験が無いアルが放った鞭の先端は、檻の隙間を上手く進むことができず、鉄の銀色をギンッ、と鳴らすだけだった。その後、天井目掛けて飛んでいった先端に誘われて、鞭はぐにゃぐにゃと高速でうごめき、ついに落下していく先端は、アルの額のちょうど中心に突き刺さった。
「おい。商売人が死んだぞ!」
教員山羊が前に出る。正面に倒れたアルのうなじをひと舐め。そこで感じ取れた塩と砂の味を、事前に胃の中に入れておいた珈琲に混ぜて飲み込む。
「こいつはここの人間じゃないな」
"バナナを食べ過ぎた日。"へのコメント 0件