ジャズ・ジャイアンツの肖像

浅野文月

小説

3,505文字

偉大なるジャズドラマー最後のギグに接した者として、彼の思い出のために書いた掌編です。

六本木の喧噪からすこし外れた元麻布の住宅街の一角に、私設のこぢんまりとした美術館がある。

一九八〇年代から九〇年代初頭のいわゆるバブル景気の頃に建てられ、世界中から集められたモダン・アートだけを展示していた。バブルの頃はアンディ・ウォーホル、ロイ・リキテンスタインやオノ・ヨーコなどの著名アーティストの作品も収蔵し、当時は海外でも有名な美術館であったと聞くが、バブルがはじけて景気が悪くなった後、著名な作家の作品は売却したのであろうか、現在は比較的落ちついた作品のみが残っている。建築は内外ともコンクリート打ちっ放しで、照明は基本的に足元数十センチの高さから入る明り取り窓に多くを頼っている。その窓からチラッと見える両脇の狭い庭には白の小石を敷き詰めており枯山水のように波模様を施し、日の光がその石波に反射して、足元の明り取りから入る憎い演出である。モダンではあるがシックな建築の美術館なので、作品も残るべきものが残ったと言うべきか。

 

私がこの美術館に訪れるたびに見入ってしまう絵画が一枚ある。五〇年代、六〇年代のモダン・ジャズ。いやこの頃はハード・バップやモード・ジャズ、フリー・ジャズとも言われていたのだろうか。そのような音楽が好きなならば誰もが知っている画である。かの伝説的なサックス・プレイヤー、ジョン・コルトレーンの肖像画だとも言われており、コルトレーンの死後に発売された有名なブートレッグ・レコードのジャケットで使用されている画なのである。キャンパスのサイズは大きく、縦は八尺を越え、横は一間ほどある。また、額縁に入れられておらず、キャンパスのまま突き当りの壁に掛けられている。無論レコードのジャケットは正方形なので、上半身しか使われていない。

構図は後ろ姿であり、足元は明るく、右足は黒の革靴を履いている。右肘の下の脇腹からはテナー・サックスの曲がりが濁った真鍮色で描かれ、上に行くに従って背景と人物は暗くなり、若干前かがみのダークグレーのスーツを着た背中の下は見えないけれども、錯覚か、たくましい筋肉が透けるようであり、首より上と背景の漆黒はほとんど見分けがつかなくなっている。

 

この画には不思議なことが何点かある。まず未完成であること。サックス・プレイヤーの左下はキャンパスの白い生地がそのままである。下書きの後さえも見られない。またこの画の作者は不明である。したがって題名もない。

画を分析するとまず赤い絵の具でおおまかに描かれ、その上から茶・黄・黒を塗り重ねていることがわかる。左下の部分に時折下書きの赤が見えるサックス・プレイヤーの左足がかかれている。太ももより上からは黄と茶で塗り重ねられ、左から右、下から上に行くほど色彩は暗くなっていきダークグレーのスーツが色作られている。背景は単色に見えるのだが、おそらく人物と同じように色は調合されており、一見明るく見えるし、暗くも見える。よくよく眺めていると不思議と、グラスが当たる音や、ウェイターに注文をする声が聞こえるように、仄かに薄暗いジャズ・クラブの雰囲気とミュージシャンの孤独が伝わってくるのである。これほどジャズという音楽を表わした画は他にはないと私は思っている。

 

さてこの絵画のサックス・プレイヤーは誰なのであろうか。ジョン・コルトレーンのアルバム・ジャケットに使われているくらいだから、ほとんどのジャズ・ファンはコルトレーンの肖像だと思っているであろう。

背の高さ、ダーク・グレーのスーツの下に垣間見える筋肉質な体つきが偉丈夫であったトレーンを思わせるのだが、なにしろ後ろ姿なのである。たとえソニー・ロリンズが同じように構えても同じような構図となるかもしれない。しかし、ロリンズではないのは確かだ。この画からはロリンズの明るく朗らかな音が聴こえてこない。トレーンの一聴大雑把だが、内に秘めたる仄暗い炎のような音が聴こえてくるのだ。

 

そしてこの画の作者であるが、これも様々な憶測が立っている。なかでも有名説は、コルトレーン全盛期のレギュラー・コンボのドラマーであったエルヴィン・ジョーンズ作画説である。エルヴィン・ジョーンズというドラマーはトレーンの音楽に忠実に答えるがごとく、ポリリズムを駆使し、また一見豪快だが繊細なドラミングが定評であった。またエルヴィンは、玄人はだしの画才を持っていた。彼は様々な絵画を描き、また友人である著名なジャズメンの肖像画も複数描いている。その中にはトレーンの肖像もある。しかし私も含め否定派の意見は、明らかにエルヴィンのタッチとこの絵のタッチが違うこと。また彼には申し訳ないが、エルヴィンの他の画とこのジャズメンの肖像は画としてのレベルが違うのである。

 

アルバム・ジャケットに使われているトレーンのレコードにはエルヴィンは参加をしていない。トレーンが四十才で亡くなる二年前に前衛に走りすぎたトレーンと袂を分かっていたからである。しかしトレーンの音楽を最も理解していたエルヴィンは実際に東京でこの画を見ているのである。その時、美術館の学芸員がエルヴィンに聞いたらしい。エルヴィンはこう答えたと言う「これはトレーンではない。いったい私が何年トレーンの背中を見てきたと思っているのかね」と。ではこの画は貴方が書いた他のサックス奏者ですかと聞いたところ「このような画が描けるなら私はスティックではなく絵筆を持って日本に来て、吉野で桜を描き優雅な暮らしをしていたであろう」と咳き込みながらも笑いながら答えたそうだ。

美術館に訪れた時、エルヴィンは体を壊しており、車椅子での来館であった。しかし学芸員や日本人の奥方に対して一人きりにしてもらいたいと、人払いをさせて三十分間ほどこの画としばらく対峙をしたそうだ。帰り際、奥方に車椅子を押してもらい美術館を出る時、エルヴィンは目に涙をうっすらと浮かべていたという。

エルヴィンはその後、新宿のジャズ・クラブで身体から悲鳴をあげながら二度のセッションをこなしたが、体調が急変し、残りのギグをキャンセルしてアメリカに急遽帰国をした。そして四ヶ月後にニュージャージーの病院で亡くなった。七十六年の生涯であった。

 

今となってはこの画に描かれているサックス・プレイヤーが誰であるか、また誰がこの画を描いたかは不明である。

しかし私はこの画を見るたびに脳裏にやはりジョン・コルトレーンのサックスが響くのである。アルバムから聴こえる音楽に洗脳されているのか…… いや、たしかにこれはトレーンなのである。作者は誰かわからないが、トレーンを描いたとしか思えない。この画から伝わるのはトレーンしかあり得ないのである。この画の作者はトレーンを実際に見て聴いたことはないのかも知れない。ラジオかレコードを通じてしか聴いていないのかも知れない。写真でしかトレーンを見たことがないかも知れない。でも画からまざまざと音が聴こえてくるのである。あの一聴ぶっきらぼうに聴こえるが、じつは繊細で寂しいトレーンの音が描かれている。画に描かれたプレイヤーから悩みと孤独を背負っていたトレーンの霊性が伝わるのである。

今は亡きエルヴィンもトレーンに会いにここまで来たのではないかと思えるのである。コルトレーンは一九六六年に唯一の来日を果たす。トレーンの死の前年だ。その時のドラマーはエルヴィンではなかったが、トレーンの魂の欠片はここ東京にもある。エルヴィンはそれを確認、いや、トレーンに会いに来たのだろう。私は年代的にもトレーンの演奏に接することはできなかったが、この美術館、とりわけこの肖像を見に来るのはトレーンの霊に触れることができると思っているからなのであろうか?

 

私は音楽を聞いて絵や風景を想像することはある。しかし絵画を見て音楽を想像することはこの絵が唯一かもしれない。この画を見ているとトレーンの何かを求道する修道士のようなサックス。マッコイ・タイナーのドビュッシーを思い起こさせるような和声を導き出すピアノ。音楽をグイグイと引っ張るジミー・ギャリソンのベース。そしてエルヴィンの沸騰するエネルギーの中でリズムを細分しては再構築をし、トレーンに挑むドラムが聴こえてくる。画から画を超えてトレーンが生前にマイクを通して録音しきれなかった、さらなる深遠なる音楽が響いてくるのである。

しかし、脳裏に響いてくるその音楽はやはり孤独である。

〈了〉

 

この作品はフィクションであり、実在する人物・地名・団体とは一切関係ありません。

 

2020年2月7日公開

© 2020 浅野文月

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