今年はノーベル芥川賞が釈放されるらしいという噂が流れた新日本列島は、芥川戦国時代に突入した。
東海ドメインの芥川信長、東山ドメインの芥川政宗、北陸ドメインの芥川謙信、西海ドメインの芥川薩摩。
それら全てを片づけた鮎喰響は、2G代目イケダハヤトと共に、大四国及び淡路ランド県南部を流れる四兆万十川を訪れていた。
「鮎喰圓明流――〈魔岩伝説〉」
異界から出現した巨大な岩が、川から突き出ている岩に激突し、1尺近い鮎が次から次へと水面へ浮いてきた。
「鮎喰さん、こっちに目線ください。ゆっくり。もう1度」
カメラの水滴をぬぐい、三次元ジンバルに取り付けなおした2G代目イケダハヤトは、鮎を拾い集めている鮎喰響に声をかけた。
「動画、ホームページにウプをしたら犯罪になるんじゃなかったの?」
「正確に言うと、鮎喰さんが既に犯罪です。ていうか、僕の川だから問題ないんですけどね」
「そうなの? 鮎喰一族の地図には書いてなかったけど」
「更新してください。どうせ、長宗我部とか秦氏とか書いてある地図でしょ」
「うん」
「まぁ、近いうちに列島全部買いますから、その後でいいですけど。もちろん、日本の鮎は、すべて鮎喰さんにプレゼントします」
「わーい」
「ノーベル芥川賞、お願いしますよ」
「わかってる。鮎喰圓明流――〈青白い炎〉」
鮎喰響は異界から出現した巨大な炎を薪に移して鮎を焼き、手づかみで齧りはじめた。山のように積まれた鮎が、みるみる内に平らげられていく。
「圧倒的に食べますねぇ。おいしいですか?」
「うん」
「鮎だけで千年生きてきたって、本当だったのかもしれませんね」
「私はまだ18年だけど」
「一族の話ですよ。ようやく、信じてもいいような気にはなってきました」
「鮎喰は嘘なんかつかないよ」
「にしても、異界から斧を出すとか岩を出すとか、ほとんど超存在か超魔法師じゃないですか。オーヴァゼア以前から、そんな人間がいたなんてねぇ……」
「そう? 人間は武器を持たずに生まれてくるんだから、異界から武器を出すのは自然だと思うけど」
「まぁ、謎の理屈はどうでもいいです。僕は、この世を加速できればいいだけなんで」
「ちょっと急いだほうがいい?」
「ゆっくり召し上がってください。ゼア入りしたら、鮎を確保できるかどうかもわからないですからね。最近は、完全に情報経路が閉塞まってますし」
イケダハヤトは、体育座りをしたまま手を伸ばし、1本の薪を炎の中へ放りこんだ。
「イケダハヤトは怒ってる?」
「怒ってないですよ。オーヴァゼアを無かったことにしようとしている政府はほんとにバカだなぁと思ってるだけで。それだって、これからの加速の邪魔さえしなけりゃ、どうでもいいです」
「〈加速〉――それが、イケダの一族の業なんだね」
「無いですよ、そんな一族。鮎喰さんのとことは違います。血縁も伝統もありません。鮎喰さんは、〈アナタの子供たち〉って知ってますか?」
「知らない」
「でしょうね」
「それもインターネット?」
「外国の独裁者が集めてた孤児ですよ。僕もその1人で、そのままいけば今頃は、どこかの国でつまらない枕暗殺とかしてたと思います。でも偶然、イケハヤ財閥に買われて、〈イケダハヤトの穴〉に入ったのも偶然で、僕が2G代目になったのも全くの偶然なんですよ。だからもうそれはどうでもいいから、とにかく行けるとこまで行きましょう。それだけのイケハヤです」
「そう。面白いね」
「え、逆効果……?」イケダハヤトは表情を硬くした。「怖いんですよ、鮎喰さんのその面白認定。僕と〈最強〉の座を争うのは、一番最後にしてくださいね。ていうかもう、そこまで行ったら、鮎喰さんが最強でいいですよ。僕は、加速の結論が見えたらそこで終了です」
「嘘つき」
「やめてくださいよ。とにかく今は、いいですか? イケハヤと一緒にオーヴァゼアへ行きましょう」
一方その頃オーヴァゼアでは、関東ヤンキー大学ヤンキー人文学研究科乱菊研究室の修士・乱菊実写謎舞踏がオーシマ・キューコ追討作戦の失敗を回想していた。
「〈大量虐殺以後作詩〉ああああああ! あの〈反動的超国家主義者〉、〈貫世界的〉ぶっ〈現象学的墓碑銘還元〉す! 〈懐疑停止〉ぶっ〈現象学的無記名虐殺〉す!」
「はいはい。本気で戦争にするつもりは無いから、そう言ってるんだよね。実写謎舞踏くんは本当にいい子だね」
乱菊外道祭文は車椅子を反転させ、荒ぶる実写謎舞踏の頭をなでた。
「けど助教! このままでいいんすか⁉」
「良くはない形だね。でも、教授さんと連絡がとれない今、研究科を越境いでの抗争はできない」
「そりゃ桜井研究室だって同じでしょ! 向こうは完全に〈抗争上等〉る気でしたよ! 〈現象学的機会〉じゃないですか! 歴史学研究科の研究室、片っ端から〈現象学的併呑〉みこんでやりましょうよ!」
乱菊実写謎舞踏は激怒していた。
大学刑務所閉鎖以来の鬱憤を吹き飛ばす大激戦になるはずだった、超存在追討作戦。
〈星辰魔女〉乱菊外道祭文を筆頭とする、乱菊研究室の刑務所外最大戦力。
加えて、下部研究室の室長連合。
オーヴァゼア自治政府の精鋭部隊。
オーシマ・キューコからの呼び出しを受けた、全裸の超存在ゴータマ・ゴーザ。
これら全ての最大火力は、大学キャンパス内に巨大な最高の伝説の廃墟を造りだすこともなく、不発に終わった。
攻撃開始の合図より先に、追討軍の耳に届いたのは、街宣車の音――ヤンキー歴史学研究科桜井研究室の誅殺街宣車が響かせる行動歌の音だった。
♪ 嗚呼 混濁の世に立つは
幽白き天霊蓋の 一里塚
命もいらぬ 名もいらぬ
誠の花は 狂い咲く
♪ 我が立つ由を 思議うなかれ
社稷の憂いを 見よやこれ
益良夫とても 身はひとつ
誠の花は 狂い咲く
♪ 権門財閥 栄ゆれど
治乱興亡 蛇の遊戯
永劫醒めぬ 氷の世
誠の花は 狂い咲く
♪ 九天 我を 拉ぐとも
四海の国を 侵せども
惑える星の 血に躍る
誠の花は 狂い咲く
(同胞押忍! 同胞押忍!)
♪ 嗚呼 混濁の世に立つは
幽白き天霊蓋の 一里塚
命もさらば 名もさらば
誠の花は 狂い咲く
追討軍の先頭に立つ超存在ゴータマ・ゴーザから20メートルばかりの距離を置き、街宣車は停止した。
「おい乱菊!」街宣車の運転席上部に立っていた軍服姿の女――桜井研究室助教の桜井覇子は、三次元メガホンも握らずに大音声を発した。「オーヴァゼアの腐敗官僚めらも静聴せい! 即刻その傲很たる頭を垂れて! 国民の哀歌を聴けい! お前ら人文学研究科! ならびに似非日本政府の文部省は! 国家の文学と民族の詩学を護持するべき重大なる職位を身の程知らずにも僭窃し! そればかりか今またこうして日本国家の行く末を惑乱せんとしている! ノーベル芥川賞を獲得し! 日本国家に再度の繁栄をもたらす可き者は! ここにおられるオーシマ・キューコ烈士をおいて他には無い! お前ら奸賊があくまでも烈士を排し! 天意の何たるかも弁えぬ娘義太夫ふぜいを推すのであれば! もはや誅殺やむ無し! 乱菊助教であろうと超存在であろうと、我が刃をもって斬り伏せる!」
「ごめんねゴーザ」もう1台の街宣車の窓から顔を出したオーシマ・キューコは、ゴーザに向けて手を振った。「覇子のバイブスかわいくてー、なんか、アーシがノーベル芥川? とることになっちゃったし。それ受賞って超存在強度をアゲまくってもアメリカに勝てなかったら、その時はゴーザの精子をもらいにいくし。あ、お弁当はほんとに作ってきたから食べていいし」
胸元へ一直線に投げつけられた弁当箱をゴーザは受け取った。超音響が弾けた。
「覇子ちゃんの芋煮も入ってるし。この子、何やらせても本気だから、味は期待していいし」
「オ、オーシマ烈士! その件は!」
「隠すことないし。今夜は何つくる?」
「もう包丁は握りません! 勘が鈍ってしまいます!」
「なに言ってるし。包丁は武士の心得だし」
桜井研究室特別攻撃隊員たちが羨望と怨嗟の眼を弁当箱に向ける中、10万人の戦場でも通るような大声で、オーシマ・キューコと桜井覇子は言い合いを続けた。
「あいつら〈決断遅延的最後通牒〉めてますよ! 〈現象学的絶対〉ぶっ〈現象学的殺害〉す!」
並木道で車椅子を押しながら、乱菊実写謎舞踏は憤懣を声にして吐き出した。
「だから、ダメだって。今回は、情報戦で1本とられたね。どっちがどっちを抱き込んだのかはわからないけど、ヤな形で選択肢を渡されちゃった」車椅子に乗った乱菊外道祭文は、つまんだ落葉をくるくると回した。「まあ、覇子ちゃんも、乱菊教授さんを斬るとまでは言わなかったし、教授会レベルの全面戦争まではする気が無いっていうシグナルなんだろうね」
「それが〈存在不充分投企的最後通牒〉めてんすよ! こっちから〈先制存在攻撃〉けるのは〈先験的厳禁〉でも、俺はあの前弾圧子に〈芥川ジャップ賞〉をとらせますよ。これだけは、〈誤謬〉なく〈乱菊教授〉の〈命令〉ですから!」
「うん。オーシマ・キューコが日本以外の予選に出てくれるって形は、ちょっと無さそうだし、どうしたって衝突かることにはなるだろね。とりあえず、前弾圧子はこのまま確保。こっちが諜報優位をとるまで、目立つ動きは控えてね」
「愛国超存在、マジ〈帰属国家同一性〉え」
「形を動かしづらいっていう意味では、まあ、そうだね。ただの超存在じゃない、ていうか、超存在にも色々いるんだね。自分の武力だけで押してくるしかないような、終わってる存在じゃない。軍国の亡霊っぽくない喋り方をしてるし、彼女が超存在になる前の経歴も、なんとなく見当がついたよ」
「〈過去〉から何とか、なりそっすか?」
「わからない。とにかく、乱菊研究室の敵対組織が情報を回し合ってる感じな、今の形は絶対に良くない。細かいケンカは、すぐに手打和合わらせて。こちらが詫びる形になってもいい。体は傷めちゃダメだけど、お金なら私が何とかするよ」
前弾圧子を推すヤンキー人文学研究科乱菊研究室。
オーシマ・キューコを推すヤンキー歴史学研究科桜井研究室。
そして、鮎喰響と2G代目イケダハヤト。
ノーベル芥川賞日本代表の座をめぐり、完全中立都市オーヴァゼアの一角で、3つの超勢力が衝突しようとしていた。
"第13話-M 【二代目ノーベル芥川賞継承代理戦争篇 第6話】伝説の昭和の同志は握らせたい"へのコメント 0件
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