人斬りMeToo斎 (第1話)

人斬りMeToo斎(第1話)

谷崎潤一郎は長男

小説

5,593文字

これはフィクションです。関係ありません。

記だ。当然のことながら。

 

 

人間は何も忘れない。社会は何も忘却しない。耳の記憶と眼の記録は、どこまでも積み上げられていく。そんな理想論スペックを実現するためのテクノロジーはもはや充分なレベルに達したというのが人類社会の共通認識になりつつある。

しかしその一方で、あらゆるものを地平線の彼方へ押しやっていく歴史の流れは加速しているという見方もある。

この両者は矛盾しない。

「人間は何も忘れない。思い出せなくなるだけだ」

皮肉というか必然というか絶命寸前になってようやく弟子にそれだけを伝えた哲学者のその言葉は、完全に正しかった。

歴史の神は、全知だが全能ではない。無主の巨大なアーカイヴは、そのあまりの巨大さゆえに、もはや大いなる混沌でしかない。問う側が適切な問いクエリを構築しなければ、気の利いた答えを返すことはできないのだ。

そして、今や全ては回答不能――いや、設問不能になりつつある。データに対して有効な問いを構築くみたてるのが、今ほど難しい時代は無かった。そもそも「構」という文字それ自体が、時代遅れの絵文字になろうとしている。目的に応じた構築を可能にする1つの視線は、たちまちそれ以外の無数の視線によって干渉され寸断されていく。

 

かつて、公文書や契約書は、それ自体が現実を構成していくものであるがゆえに、最強の史料であると位置づけられていたのだが、すでにもうそんな基礎さえアテにはならない。たしかにデータは残っているが、個々の記録と記録をつなぐ無数のルートのどれが現実になったものかは到底わからない。曖昧な計画書、守られない約束、あえて複雑怪奇にした符合サイン交換のような文書群、システム運用の闇。そして、それらについての多様な要約と解釈を示しながらもリソースが途切れて終わる報道記事。

この世の記録の膨大さと人間の習性を知るにつれ、もはや手遅れなのではないかという思いがふくれあがっていく。先達の背中を見ても、あきらめの気配が漂っている。誰もがもう、正しい問いを組み上げようとはせず、自分がとりあえず得た答えを頑強なものにするための政治的洗練工程だけに専念しようとしているように見えてしまう。それらの答えを寄せ集めた時にできあがる何かは、はたしてこの世のものなのだろうか。それとも、保存されている環境を離れたとたんに崩壊してしまう仮初の組織体なのだろうか。そんな問いすらも、この世ではもう適切ではない。もはや手遅れなのかもしれない。

 

そして、私がもっとも知りたい事に限っていえば、手遅れになるのかどうかを決めるのは、この歴史的混沌化の速度だけではなく、私の学習能力が失われていく速さも然りだ。1つの社会環境で1つの命を保ち続ける、という単純化された1つのゲームに習熟することによって、人間の深淵学習能力は失われる。

たとえ完全中立都市オーヴァゼアが誇る完全記録機構キリニカ・カルキリへの完全アクセス権が私に与えられたとしても、私と神との間に会話が成立しなければ、何の意味も生まれてこない。

だから私は、正しく問う術を限界速度で学ばなければならなかった。

幼いころに狩りの手筋を充分に深淵学習しなかった獣は、何も得られず死ぬしかない。

私もまた、不充分な人間なのかもしれない。

もはや手遅れなのかもしれない。

 

それでも私は、いつか問わなければならない。

人斬りMeToo斎とは何者なのか?

私の父を殺したのは何者なのか?

私の父はなぜ殺されたのか?

なぜ?

それが私の最後の問いになるかもしれない。

答えてくれるだろうか。

誰が答えてくれるのだろうか。

いずれにせよ、私の剣が人斬りMeToo斎に届くかどうかは、やってみればわかる。

 

 

「届くよルミ! 睾丸ファクトまでもらおう!」

ルミ・エンライは介添人セコンドの指示を受け、投げ倒した相手の股間に右手を伸ばした。そこにもちろん本物の睾丸は無いのだが、主審の足の動きは止まった。たぶんその手は上げられた。ほぼ同時に試合場リングの隅から、副審たちの旗の音。

工場ファクトリアル制圧キャッチ断種イッポン!」

主審の宣告に続いて、場内に拍手が鳴りひびいた。少パーソンのものらしき甲高い歓声も飛んだ。

支部内の交流大会とはいえ、優勝は優勝だ。帯を締めなおして押忍十字オスクロスを切りながら、久しぶりの達成感を味わった。

東方フルコンタクト教会柵西さくせい支部の理念である「攻めの護身」「前に出る護身」は、ルミが幼少期に学んできた技術とマッチするものではなかったが、試合経験の質は素晴らしかった。護身術の試合は、当然のことながら、受けと攻めが噛み合わずに意味不明な展開になることが多い。この支部の大会では、それがなかった。

 

――伯父さんの言うとおりだった。

 

これでルミは、伯父が出した条件をクリアしたことになる。1年と10ヶ月。自分を鍛えてくれた介添人せんせいの前で、ルミは押忍十字を切った。

「……うん。まあ、先生は嬉しいよ」

「押忍」

「関東大会、やっぱり出ないの?」

「押忍」

「わかった。押忍。お疲れ」

「押忍。ありがとうございました」

 

 

その後に開かれた祝勝会は、むしろ送別会のようなものだった。古い言葉を使うなら、壮行会とも言えるのかもしれない。

みんな、さわやかに送り出してくれた。

ルミの腕をべったり抱えこんだまま離れようとしないミダレ・ウシジマを除いては。

「ほんとにやめちゃうの~~?」

ミダレはかなり酔っているようだ。普段の模擬護身スパーリングで見せる重みのきいた組みつきよりも、さらに重さを感じさせる脱力ぶりだ。

ルミのほうは、今日の大会で2発の強打を頭部にもらっているため、1滴もアルコールを入れていない。

「先輩、歩けません、押忍」

「え~~?」

「押忍、腕、肩のほうに回してもらっていいですか?」

「あ~~、だいじょうパーソンだいじょうパーソン。ほんとは1人で歩けるから。酔拳だから」

「柵西支部で中国武術の話はマズいんじゃないでしょうか、押忍」

「アヒャ、ルミちゃんもネタとか言うんだ~~。少し酔ってる?」

「押忍、酔ってません」

「またいっしょに飲もうね」

「押忍、よろこんで」

今月中にアパートを引き払って、男女共用港区にある伯父の家に引っ越すが、そう遠いところへ行くわけではない。また会える。

あたたかい腕をルミから離したミダレの足どりは、やはりおぼつかない。今なら、ルミでも勝ててしまうかもしれない。打撃アリのルールであるなら、という条件つきだが。

「押忍、先輩、家はかなり、遠いんでしたっけ?」

「ん? なに?」

「や……」

送っていく、とストレートには言いにくい。あまりにも無礼だ。

ルミは言葉に詰まって、前方に視線を戻した。

 

 

 

 

身長190センチの男に見えるパーソンが、夜道の先に立っていた。

そのパーソンは、街灯の光を浴びながら堂々と立っている。

男に見える和装の男に見えるパーソンだ。白い衣の上に獣毛めいた上着をはおり、その両腕には、黒光りする手甲を装着している。

 

吾輩わがはいの名はイシドウ・パロディータ! 日本の少子化を真に憂う男である!」

 

彼パーソンは、大声で名乗った。

もはや、本人の申告に従って、男であると断定していいだろう。

あってはならないことだった。

この道はまだ、女性専用世田谷区内だ。

この男は、間違いなく危険な相手だ。ようやく落ち着きを取りもどした日本社会の新秩序を、まったく意に介さず蹂躙しようという気構えで生きている犯罪者だ。

ルミはバッグに左手を入れ、通報端末のスイッチを押した。硬く冷たく滞留していた夜の空気を、警報音が激しく揺らした。

 

「愚劣なり!」

 

男の巨体が、驚くべき速さで突っ込んでくる。

――どっちだ⁉

「先輩! レイプ派です!」

ルミは、まだぼんやりと立っているミダレに、自分の判断をすばやく伝えた。

古風な服装と物言いからして、イシドウが男尊派だんそんはの武術家である確率はきわめて高い。しかし、女死派じょしはではない。「少子化を憂う」という発言がフェイクでなければ、まちがいなく強制併合レイプ派だ。

この派閥の人間は、たとえ打撃から入ってくるとしても、最初の一撃に甘さがある。異種の生物を殺すための攻撃ではなく、同種の相手を脅すための攻撃だ。しょせんはコミュニケーションだ。

しかし、

 

 

 

 

甘かったのは、ルミの方だった。自分から前に出て、暴漢イシドウの無造作に見える前蹴りをさばこうとしたルミの体は、接触の瞬間、真横に吹き飛ばされていた。

――何らかの発勁はっけい

体が痺れる。

前蹴りの最強時空点クリポイント回避すかしておいてから差し込んだつもりの右腕。蹴り足をさばこうとしたその右腕のみならず、全身が痺れている。ブロック塀に叩きつけられたことすら、即座にはわからなかったほどの痺れであった。明らかに、何らかの特殊なちからを打ち込まれている。無防備のまま直撃していれば、内臓が全滅していたかもしれない。

「女にしては上出来だ。我輩の子を生ませてやる。しかと育てい」

そう言ったイシドウの股間のあたりで音が鳴った。睾丸を狙ったミダレの蹴りが、イシドウの大きな掌で弾かれていた。ミダレは間を置かず、相手の右脚を抱えこんだ。

「うぬが、先か」

イシドウは抵抗せず、そのまま倒れこんで寝技の攻防に入る。この男、寝技も強い。子供の遊びにつきあうような気軽さで、ミダレの手足を翻弄している。

「なるほど、南米柔術であるか。これもまた良し、だが」

ミダレが悲鳴を上げた。イシドウの指先が、膝の横にある経穴ツボに喰いこんでいる。

「昨今のスポーツ化したレイプと一緒にしてくれるなよ。古流レイプの真髄を、しかと次世代まで伝えるのが、うぬらの役目だ」

 

――古流レイプ!

 

古流レイプの恐ろしさは、歴史の闇に埋もれた膨大な数のテクニックだけによるものではない。脳内物質を自在に操り、爆笑した直後に一瞬で精液を放てる古流レイパーもいると聞く。

ルミは必死に立ち上がろうとしたが、体の痺れはまだ消えない。

 

――――‼

 

ルミは喉だけを震わせて叫んだ。

イシドウの物言いから判断するに、これはただの辻レイプではない。このまま拉致されて子供を産むまで解放されないタイプのレイプである。それどころか、イシドウによく似た子供を産み落とし、その子供の練習レイプの相手としてリサイクルされる可能性もある。

あってはならない、そんなことは。

この世に、あってはならない。

ルミは叫んだ。

助けを求める声ではない。視界に入る窓という窓が、どれ1つとして開いてくれないことはもうわかっている。

だから、意味のある声ではない。

そうではなく、もっと何か己の根源的なものを動かすための声を発した。

「――良いな。よい子が生まれるな」

イシドウが楽しげにそう言った時、

 

 

 

 

足音。

ルミの叫びの切れ間に足音。

その足音は、ルミたちが放りこまれた修羅場へと、まっすぐに近づいてくる。

駆けつける、といった感じの足音ではなかった。しかし、速い。軽やかな歩行の音は、あっというまにルミのすぐ傍まで到達して止まった。

 

「何奴」

 

「ヴァギネギシ・ヴィレッジバーニングハート」

 

その人物は、ミダレの体を放り捨てたイシドウの眼前で名乗った。

これもまた、男に見える和装をしているパーソンだ。しかし、小柄だ。イシドウとの身長差は約40センチ。イシドウと同じくはかまをはいているため、脚の筋量はわかりにくいが、その体重はイシドウの半分にも満たないように見える。

ルミと大差のない体格である。よほどの技術がない限り、イシドウと戦えるような肉体ではない。

その左手には棒状のものが握られているが、70センチ程度の、ただの鉄棒にしか見えない。

そんな棒きれ1本で、助けに来てくれたのか。

 

ヴァギネギシは、棒を右手に持ちかえ、その先端をイシドウに突きつけた。

「ここは女性専用区でごファック。すぐにレイプをやめて立ち去るでごファック」

「笑止。レイプこそ国家のいしずえ

退く気には、ならんでごファックか」

「レイプの余地しか無い」

 

イシドウとヴァギネギシは、同時に動いた。

「秘拳〈マラブンタ〉!」

「秘剣〈匿名希望〉!」

 

――何らかの 雷声トリガー

 

その通りだった。何らかの爆発と何らかの閃光。その光が消えた時には、2人の周囲の塀や街灯が根こそぎ吹き飛んでいた。明らかに、何かが起こった。何らかの異常な事が。

塵阿弥陀仏ちりあみだぶつ〉――完全中立都市オーヴァゼアから流出してしまった極微の何らかは、こちらの世界にもまだ残存している。人体や骨董品、時には通貨に取り憑いて、それぞれ独自の進化を重ねながら、この世界のパワーバランスを揺さぶり続けている。ここはもちろんオーヴァゼアではないが、今はもう、オーヴァゼアという超越が、歴史に刻み込まれてしまった後の時間だ。

 

「ヴァギネギシ――と言ったな」

イシドウは拳を引き、深く据わった眼で、正面の小柄なパーソンをじっと見ていた。

「今の雷声らいせい、本来のものではあるまい」

「さあ。どうでごファックかな」

「喰えぬ女だ。面白い。今宵のレイプはお預けだ。近いうちに、真の〈マラブンタ〉を見せてやる。うぬも帯刀して待つがよい」

「拙者、刀は持たぬでごファックよ」

「この期に及んでとぼけるな。うぬも〈剣客〉なのであろう。やはり剣客たる者、帯刀を怠ってはならぬな」

出直そう――と言い残して、古流レイパーは立ち去った。

 

 

日本政府と国際連合が共同管理しているレイプ民族治療施設――その施設が半壊し多数のレイパーが脱走した事件についての公式発表があったのは、その翌日の午後だった。

2019年2月14日公開

作品集『人斬りMeToo斎』第1話 (全2話)

© 2019 谷崎潤一郎は長男

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