「親父、駄目だ! 逃げろ!」
最後の最後で、若松の正しい発言。
若松の動きは、視界の隅で捕らえていた。
左手で別の銃を構えている。
次の瞬間。
先程まで賢之助と対峙していたワタシは、若松の目の前にいた。
この男が家に乗り込んできてから、始まった……絶望の日々が。
恐怖と諦めを浮かべた若松の目。
その目を見据えながら、拳を突き出した。
刹那、若松の目が感情を無くす。
ワタシの小さな握り拳。
それが若松の心臓を貫いた。
若松の左胸から入ったワタシの握り拳が、彼の背中の向こう側に突き抜ける。
ワタシはゆっくりと腕を引いた。
つられて若松の体が、前のめりに倒れる。
賢之助が言葉にならない絶叫を上げながら、ワタシに向かってくる。
拳銃を撃ちながら。
ドスを構えながら。
スロー再生の如き緩慢な攻撃。
伝わってくる怨念は強烈だけど。
すれ違いざまに、賢之助の両腕・両脚の骨を砕いた。
うつ伏せに倒れる老組長。
ワタシはしゃがみ、賢之助の顔をのぞき込む。
「日本有数の暴力団組織の組長が、一二才の少女に殺されるのはどんな気持ち?」
ワタシは微笑みかけた。
ワタシ達家族に、若松達が冷笑を浴びせたように。
賢之助は折られた四肢の苦痛に顔を歪めながらも、ワタシにハッキリと告げた。
「人を殺すってことはな、その人間を『否定』するってことだ。そいつの誕生、これまでの生き様、他の人間との繋がり。その全てを『否定』するんだ」
老組長の最後の言葉。
――「否定」。
全てを否定する。
その人間の過去も今も未来も。
その人間が大切にしている人達も。
その人間を大切に思う人達の気持ちも。
その存在を「否定」する。
生きていれば紡ぎだされたであろう物語を、断ち切る行為。
破壊――殺人――否定。
「何でワタシが、アンタの前にいると思う?」
ワタシは冷酷な答えを返した。
「アンタの息子達が、ワタシの家族を『否定』したからよ。それこそ全てをね。アンタ達こそ否定されるべき存在。多くの人間の幸せを『否定』して生きてきたくせに! 偉そうこと言わないで!」
賢之助の目から生気が消える。
死を、全てを失うことを悟ったから。
極道の世界を駆け抜けた男の頭部を、ワタシは踏み砕いた。
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