(1章の2)
となりの荒れ地には墓があった。風雨に晒され、砂埃に打たれて劣化してしまったのか、下の方は白茶けている。
ざっと靴底が滑る。砂利に足を取られ、はずみで小石が靴の隙間から入り込んだ。痛みを感じたわたしはトットットッと片足で石垣に寄り、手を付いた。じっとりとした熱気が手のひらに伝わる。
左の靴を脱いで逆さに振ったが、暗いので石が取り除けたかは分からない。何度か振って見当をつけ、ぺちゃっと落として手べらで履いた。俯いたので眼鏡が落ちそうになり、あわてて抑えるとまた足を滑らせた。
わたしの滑稽な動きを、夕日がじっと見つめているようだった。図鑑などでよく見る、コロナ飛び交う灼熱の星。しかし、沈みゆく太陽からは想像がむずかしい。むしろ、空にぽっかりと口を開けた穴のようだ。とぼけているようかのように感じ、その様が、むしろ赤々と、いきり立って燃えているよりもおそろしく映る。
わたしは一歩一歩踏みしめるように、歩いてゆく。
換気扇などない、古めかしい家屋の群れ。屋根の中央が小さく出っ張り、イボのような小型の屋根が付く。通気坑として、煙突の役目をしているのだ。煙がうっすらと流れ、いいにおいが鼻を刺激した。
休耕地に火の見櫓が立つ。鉄製の塔ではあっても、錆びつき、さして高くもなく、頑丈には見えない。裸電球に照らされた鐘が、鈍く光る。貧弱だが、派手な電飾も高層物もない村のことなので、この程度でも出火場所が確認できるのだろう。騒音とも無縁の場所で、が鳴れば音がよく響くに違いない。
砂利を踏む乾いた音が、靴底から体をつたって耳へと響く。ザクッ、ジャッ、ザザッ。コンクリートと違い、一歩ごとに変化するのがおもしろい。わたしの着る背広は薄い茶色だが、夕日のせいで赤に見える。夕暮れ時の色彩は曖昧だった。
夏の夕間暮れに、革靴に背広という格好はいかにも暑い。熱気が体の内側に篭り、汗が流れ伝っていた。
集落の中心部に近付いているのだろう、勾配が緩くなり、道の左右から石段が消えた。家々の間隔も狭まっている。
それでも荒廃地は多い。どの家屋にも、門も囲いもなく、庭と荒地の区別がつかなかった。
長いこと歩いていた。どのくらいかは分からないが、なにしろ歩きっぱなしだった。疲れはするが、気にならない。とにかく大きな夕日を見たい。それだけでここへ来た。だから、一面がくすんだ赤色に染まる中に身を置いていることが、暑かろうが疲れようがむしろ快適だった。
手に持つ、くたびれた黒鞄。そこからタオルを取り出し、わたしは顔の汗を拭った。帽子もかぶっていたので、額からだらだらと流れていた。
汗が目に入り、つんと沁みる。わたしは眼鏡をはずし、俯き加減に目のまわりを拭った。背広の下のワイシャツとランニングシャツも、汗でぐっしょりしていた。とても不快な感触だが、しばらく振りで味わうのであれば、それも悪くはない。汗まみれで夕日に立つなど、子どもの頃の記憶しかない。懐かしさが先に立ち、不快が不快に感じない。
どこかに行かなくてはいけないわけでもないし、だから急ぐ必要もない。赤黒くてよく分からない景色。山の向こうでは相変わらずカラスの鳴き声が響いている。わたしは好きなときに立ち止まり、夕日に目をやった。
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