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それはそれは壁

破滅派25号「児童文学」応募作品

永滝ほと

前に進むのは容易ではない。
いつでも過去が足をひっぱるのである。
それを受け入れられればどれだけ前に進めるか。
(対象年齢15歳以下)

タグ: ##純文学 #破滅派25号「児童文学」

小説

2,590文字

お母さんは今日も壁を拭いている。お母さんはお掃除が好きなんだよ。お部屋が汚いとすぐに怒るし、電話をはじめたら必ず布巾で机を拭く癖が見られる。昨日も一昨日も、もうお母さんが壁を拭きはじめて一週間近く経つ。これは僕がなにを言ってもやめないんだろうなと思うけど、もうそろそろやめさせなきゃお母さんが疲れちゃうよなと気がかりではあるんだけど、お母さんに話しかけていいものかとためらっているんだ。ちょうど一週間前にお母さんは言った。

「この家出ていかなあかんくなった。」

そう言えばお母さんの薬指からなにかがなくなっている気がする。だからお母さんは気の抜けたようにうつろだった。

僕は今日も学校へ行く必要はなかった。だからいつものように本を読んでいたんだけど、お母さんに見つかるとなにか言われるような気がしていたから自分の部屋にこもっていたよ。お母さんは僕が今読書に熱中していることを知らない。

もう少しで春休みがやってくるんだ。近所の公園にある桜たちは今どれくらい咲いているのかな。別に外へ出ることを許されていないわけではないけど、僕だって今くらいはお母さんのそばにいてあげなきゃいけないということくらい理解しているからずっと家にいるんだ。と言ってもすっかりお母さんは僕に口をきかないけれどな。

「そうなんや、どうして?」

そう聞き返そうとしたんだけど、お母さんの悲しそうな目を見ていると聞いてはいけないような気がしてやめた。昔はもっと明るかったはずなんだけど、しかたがなかった。

部屋の窓に春の陽気がうつされていた。ここからでも分かるくらいにぽかぽかとうららかだ。下の階にいるお母さんにも見してあげたいと願ってついほほがゆるんでしまったことを後悔した。お母さんは春が一番好きだと言っていたんだよ。けどたぶん今はそれどころじゃないから、来年になれば一緒に花見へきっと行けるかな。

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© 2026 永滝ほと ( 2026年8月6日公開 )

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