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既作。メタファーや異化の愉しさを強く意識していた頃の作品です。かなり気に入っています。感想は自由に。

タグ: #純文学

小説

1,269文字

現場

腥田をにゆり

「先生、ここでいいですよね?」

学生の彼は現場に来た。

る日、天が晴れて、彼は単発の日給のためにそこら辺で指示を待っている。

今回はどのくらい待つだろう——立ったまま彼は考えた。他にも何人かが立っていた。しかし何もせず現場を視守みまもるだけだった。

指示出さない限りは動けない。ふいに今日の仕事終わった後のことを考えたら、幕の内弁当食べたいなー。と、イメージした時は、あんなもんで胃袋いぶくろたまるのかと、彼の心身しんしんえた。

現場は自分以外にも学生がいた。

女性たちはセーラー服を着たまま現場に着いて、一人の彼女は高校生にえないくらいけていた。あのシワ……。数日前の現場と出会った看護師と同じ形をしていた。

現場で自由にまわったカメラ小僧のごとたいが一人。人々はカメラに眼線めせんを合わせなかった。それよりもこれからの労働に専念せんねんしようと、皆皆みなみなは思った。作業中、無機質むきしつなリズムと振動音しんどうおんが強まり、その掘り続けるピストンは掌蹠しょうせきに伝わるくらいで、彼は、自分だったらちゃんと働けるか。と、少し不安に思えた。

不安になると男らしさというのも盪尽とうじんして、やがてれていく。幾分いくぶん男でることに無駄なプライドを、そんな彼は持っている。プライドは何よりも大事であった。一万円札以上に。

作業中の一人をるたび、彼は不意ふいに笑った。

なんでそこまで汗かいたのかと思った。酷暑日こくしょびではるが、涼しい風は上方じょうほうから調和していた。おじさんシッカリしろ。と、彼は一度心の中で軽蔑けいべつした。

現場にいる者、特に薄着うすぎの彼女たちは汗一粒もかいてなかった。
————深い穴にづけば、微生物びせいぶつ、もしかしたら水の中かいは暗い壁の上にも蝙蝠こうもりかなにかが生息せいそくしているかも知れない。穴はあらゆる生命をはらむと彼は思った。
「中はダメだ」

と作業中の男は叱られた。
「う……」汗のかいた男は静止せいしちた手袋ごむをその場に放って、やがて作業が一旦終了した。

次にできる人いないか?と、監督が現場で指揮り、学生の彼は一回周囲と視比みくらべて、自分はれるという確信を抱くようになった。なにしろ、これらの連中はだらっとしていて、彼こそメンタルとフィジカルにおいては勇猛果敢ゆうもうかかんな志をゆうしていた。そこら辺のつらら石は蝙蝠こうもりすら飛びつかず、眇眇びょうびょうして垂れ下がるだけだった。

そして彼は鷹揚おうように構えた気持ちでのぞむ。手袋ごむめると、すぐ協働作業きょうどうさぎょうに取り掛かった。

先生は決まった言葉しかいわず、彼は先生の言ってることをマッタク無視していた。幕の内弁当……いや、焼肉弁当でもアリか。作業中に彼は弁当のことを考えて、考えればの前のことにまわされず長長ながながっていけた。この作業は集中がマッタクらなかった。只只ただただ、同じことを淡々とこなしていく。先生は思ったより先に体が崩れて、彼は先生に構う腕力が残らなかった。轆轤ろくろまわす時と似た昂揚感こうようかんで彼はその腕だけではなく、その微微びびとした変化も呼吸もはかりながら擦り合わせていく————
「よーし。ストップ」

手袋ごむが一瞬にして汚れて、その刹那せつな何処どこ憮然ぶぜんとしていた。その後、一万円札が渡され、ズボンのファスナーを引き上げる彼はそのまま家に帰った。

© 2026 腥田をにゆり ( 2026年5月15日公開

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