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戦国芋煮大権現

合評会2026年1月応募作品

大猫

戦国時代にタイムスリップしても芋煮会を忘れない男。
ここはやはり伊達政宗公に登場していただかないと。
2026年1月合評会参加作品。

タグ: #歴史物 #合評会2026年1月

小説

4,535文字

福島県二本松市。今日は近隣三つの町内会合同の大芋煮会の日だ。田村清(52歳)はその総責任者であった。

早朝から調理用白衣に身を固め、軽トラックに里芋や野菜、肉や米を積み、割り箸や紙皿、ゴミ袋を仕入れ、レンタル会社で直径2メートルの大鍋一つと80リットル炊きの大釜を二つ借り受けた。大釜用のLPガスの準備も万全だ。

年に一度の大芋煮会は近在の人々の最大の楽しみで、老若男女こぞって参加する。

絶対に失敗できない、と田村は気を引き締め直し、段取りを頭の中で何度も繰り返す。

資材一式を整えるのに思いのほか時間がかかった。急がなくては、とアクセルを踏みなおす。阿武隈川を渡ってすぐの河川敷が会場だ。

と、突然、目の前を自転車が横切った、慌ててブレーキを踏みハンドルを切る。けたたましいブレーキ音が響いて、トラックが回転する。重い荷台が遠心力を生んで、トラックはガードレールを突っ切って河川敷へ転落した。

薄れる意識の中、田村はただ一つの言葉を繰り返していた。

 

芋煮会……

ああ、どうしよう……芋煮会が……芋煮会……芋煮会

 

 

時は天正13年、二本松城攻めの陣中、伊達政宗の近習、片倉小十郎景綱かたくらこじゅうろうかげつなは、怪しい者を捕らえたと報告を受けた。
「間者か?」

返事は要領を得ない。
「まことに面妖な風体の者で、白衣に身を包み、髷を結っておらず、坊主でもなく、南蛮人のような言葉を口走っておりまして」

小十郎は現場へ赴いた。

 

縄で縛られた純白の衣装の男が何事か喚いている。背後には野菜や米と思われる食糧に銀色の鍋や釜が積み上がり、少し向こうにはひしゃげた大きな鉄の箱。
「芋煮会が始まるんだ、放せ! 芋煮会やらなきゃ!」

狂ったように叫ぶ男に、尋常ならざる気配を感じた小十郎は、縄を解いてやり自ら尋問することにした。そこへ政宗の親類の伊達成実だてしげざねもやってくる。

 

「そちはどこの者か。名は?」
「私の名前は田村清、住所は二本松市、大芋煮会の総責任者だ!」
「田村清とな?」

小十郎と成実は顔を見合わせる。政宗の正室・愛姫の父は田村清顕たむらきよあきと言うのだ。
「田村殿の援軍か?」
「援軍が一人で来る訳はない」

田村は叫び続けている。
「芋煮会、頼む、スケジュールが、スケジュールが狂っちまうよ!」
「『すけじゅう』とはなんじゃ?」
「南蛮語か?」
「芋煮会、会場はどこだ? どこでやればいいんだ? ああ、気が狂いそうだ。死にそうだよ!」

思いあぐねて二人は主君を呼んだ。

 

この時、伊達政宗は数えで19歳、隻眼の眼光鋭い美青年であった。しかし事故のショックで錯乱した田村には自分が誰と話しているのか分かっていない。ただただ、「芋煮会実行」という一念のみが残っていたのである。

小十郎が語る。
「間者が大量の米などを持つはずはございませぬ。敵の援軍としても一人でいるはずもなく。恰好を見れば南蛮人のようでもあり、狂人のようにも見えますが」

成実が言う。
「もしや神仏の使いではありますまいか、これほどの米野菜を一度にとは」

政宗は首を振った。
「とても神仏には見えぬ。これ、田村!」

政宗の大声に、田村はびくっと口をつぐむ。
「芋煮会とは何か」
「芋を煮て食うことだ! 皆で芋を煮て食うんだ」
「芋を煮て食うのがそれほどに大事か」
「やらないと死ぬ、死んじまうよ、気が狂って死んじまうよ! 皆、死ぬぞ、芋煮会、会場はどこだ?」

 

陣中で「死ぬ死ぬ」と縁起でもない言葉を連発する田村に、皆、次第に不安な顔になる。

斬り捨ててしまいたいところだが、「田村」という名前がそれを躊躇わせる。南蛮から来た呪術師かもしれない、食糧だけ奪ってどこぞへ放逐してしまおうと言う小十郎や成実を遮り、政宗は「芋煮会をやらせてみよ」と言った。
「さすれば神仏か否か分かろうよ。あれほど泣き狂うからには、世の常の芋ではあるまいて」

 

芋煮会の許可を得た田村は、人が変わったようにてきぱきと働き始めた。

兵士らに指示して野菜を切らせ、米を研がせ、大鍋を煮るための炉を作らせる。それから飯炊き用の大釜二つにガスボンベを繋いで火を点けた。薪もないのにどうして、と驚嘆する人々を無視して、大鍋に野菜を入れ牛肉を投入し、酒、砂糖、醤油で味付けをする。

数刻も待たずして、あたり一面、牛肉の脂と醤油が混ざった甘い香りが流れる。腹を空かせた人々が寄ってくる。大釜の蓋を開けると真っ白の飯が湯気を上げる。

田村は紙椀と割り箸を鍋の側に置いて、一人ずつ順番に並ぶようにと言った。兵士たちが大喜びで群がってくる。
「これ、足軽どもに先に食わせてなんとする」

と小十郎が注意しても、田村は強硬に主張する。
「芋煮会は皆平等だ。偉い人も並ぶものなんだ!」

面白がった政宗は足軽と一緒に行列に並んだ。

 

芋煮を食べた人々は、皆驚愕している。ほとんどの者は牛肉を食べたことなどない。芋や大根も現代のように甘くも柔らかくもない。砂糖も醤油もない時代のこと、初めて口にする甘味と香りに、誰も彼も魂を奪われた顔をしている。

それにも増して驚いたのは、白米の旨さだ。そもそも足軽風情は白米など滅多に食べられない。寒冷な東北地方のことで米は常に最優先で備蓄されるため、政宗でさえ古米古古米を常食しているほどだ。糖度が高く粘りと旨味たっぷりの飯に、「この世にこんなに旨いものがあるのか」と口々に言い合っている。涙を流し大釜を拝む者もいる。

政宗もまた、大鍋に何度も並んでおかわりをして、黒毛和牛を存分に堪能した。小十郎や成実が影のように付き従っている。
「あの者が芋煮芋煮と騒いだのも無理からぬことでしたな」
「まことに神仏が授け給うた神饌としか思えませぬ」
「おう」

政宗は椀の縁に残った七味唐辛子を舐め舐めこう言った。
「これは途方もない兵糧じゃ。これがあれば天下も取れるぞ!」

田村はと言えば、割り箸を回収したりゴミ袋を設置したり、大鍋を炉から降ろしたりと、片付け作業に入っている。片付け完了して鍋を返すまでが芋煮会です、と呟きながら。

 

 

 

鍋はねぎの最後の切れ端まで、釜は飯の最後の一粒まで、舐めたようにすっからかんになった。これなら水でさっと流すだけで良さそうだ、と田村が喜んでいるところへ、早馬が駆け込んでくる。
「敵襲でござる!」
「南から佐竹が攻めて参ります!」

狼狽に包まれる陣中、武将たちは怒号を上げて足軽を取りまとめようとするが、芋煮会直後のことで皆持ち場を離れている。
「こやつ、さては敵の策略か! 我らを油断させてその隙に」

激怒した成実が太刀を抜いて田村を斬ろうとした。それを政宗が止める。
「油断のためにこれほど手間暇かけるたわけがあるものか、成実、そちは手勢を連れて八幡神社あたりの味方と合流し、敵の背後から攻め寄せよ。わしは小十郎と共に陣をまとめる」
「承知!」

 

しかし敵はすでに阿武隈川を渡り、政宗本陣のすぐそばまで迫っている。その上、北からも別の軍勢が押し寄せているようだ。
「これで城から撃って出られたら三方塞がれて逃げ場がない」

と話した途端、二本松城から狼煙が上がり、出撃の法螺貝が聞こえてきた。
「万事休す、ここで討死か」

歯噛みした政宗を小十郎が叱咤する。
「こんなところで命を落としてなんとなさる。逃げますぞ!」

近習の武者たちが政宗を守るように取り囲む。
「あいつも連れて行ってやれ」

指差した先で、田村が鍋の周りをうろうろしている。
「鍋など捨ておけ。逃げるぞ」

「バカ言うな!」

田村が絶叫した。
「明日の朝までに洗って返さないといけないんだ。レンタル料30万円もしたんだぞ。お前ら、弁償できるのか? ええ?」

喚きながら、田村は直径二メートルの鍋を引き起こし、取っ手を掴む。
「おい、若造、お前、こっちを持ってくれ。一人じゃ運べん!」

鬼の形相で鍋を引っ張る田村を見て、政宗は破顔一笑、そばへ駆け寄った。
「よしきた、わしは後を持とう」
「ちょっと待った、まだ釜がある!」

 

片倉小十郎が飛んでくる。
「うつけ者! 鍋と殿のお命を一緒くたにするな!」
「まあ待て、小十郎。わしはこの者と行くぞ。あの芋はまことに神仏の賜物であった」
「なんと申されます!」
「どうせ死ぬるなら、面白く死のうではないか」

 

 

 

政宗と小十郎が言い合っている間に、田村は大鍋の両取っ手を縄で結び、楽に持ち運びできるようにし、それから大釜の取っ手にも紐を通すと政宗の頭を覆うように背負わせ、自分も同じように背負った。
「よし、運ぶぞ」

呆気に取られる小十郎や近習衆を尻目に、政宗と田村は鍋を持ち上げ、「えっほ、えっほ」と掛け声を掛けながら走り出した。

仕方なく馬を捨てて徒歩で従うと、右前方に敵の一団が見えた。サッと緊張が走る。

 

しかし敵は無反応だった。

「なんじゃありゃあ」

敵の先発隊は田んぼの向こうの街道を走っている銀色の塊が何なのか咄嗟に把握できず、ついそのまま見送ってしまった。
「しめた」

目立たぬよう小分けに散って後に付いていた小十郎は喜んだ。

 

ところが。

橋に差し掛かったところで、川向こうの敵に一斉射撃を食らった。

火縄銃が火を噴く。

大鍋がそれを弾く。
「ズダーン!」「カーン!」
「えっほ、えっほ」
「ダダーン!」「カキーン!」
「えっほ、えっほ」

 

大鍋は直径2メートル、二人の身体をすっぽり隠し、頭部には大釜。弾は一発も当たらない。

しかし正面や後ろから射撃を食らったら一巻の終わりだ。そろそろ城内からも敵が押し寄せてくるだろう。こんな目立つ格好で逃げさせるのではなかった、と小十郎が悔やんでいると、

 

バーン! ズドーン! ドドドド!

 

背後から凄まじい大音響が聞こえて地面が揺らいだ。政宗の本陣があったあたりから黒煙が上がっている。何事かと敵の射撃がしばらく止んだ。その隙に大鍋はさっさと川を渡って林の中へ逃げ込んだ。小十郎たちも後を追う。

 

林を出たところで、前方に成実の軍が見えた。皆、ほっと一息ついた。

大鍋を持ち釜を背負った政宗の姿に驚く暇もなく、今度は本陣から退却した友軍が到着する。
「我らが本陣を出たすぐ後で、二回ほど爆発がありました」

何が起こったのかと皆で不思議がる。

実は田村のトラックに敵軍が火縄銃を撃ちかけて、ガソリンに引火、爆発し、近くに置いてあったLPガスのボンベにも引火して二つ目の爆発を起こしたのであった。

北から南から迫ってきた軍、城から撃って出た軍とも、爆発の炎に呑まれ、驚いて退却したようだ。

 

直観鋭い政宗は笑顔を見せる。
「やはりこの者は神仏の使いであった。見よ、芋煮会のおかげで、九死に一生を得たぞ」

しかし田村は鍋を撫でさすりながら文句を言っている。
「傷がついてしまったじゃないか。これは洗っても落ちないぞ。どうしてくれる」
「また芋煮会をやってくれい。帰ったら同じ大鍋をこしらえてやる」
「バカ言ってんじゃない。これはアルミ合金製だ!」

明日の朝までに返さないといけないんだ、と喚く田村を手輿に乗せ、「芋煮大権現」と旗印を立て、伊達政宗の軍勢は素早く引き上げて行った。

© 2026 大猫 ( 2026年1月19日公開

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