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ユウキ

合評会2026年1月応募作品

眞山大知

わたしは仙台人なので芋煮は味噌に豚肉派です。2026年1月合評会参加作品。
アイキャッチ画像:仙台の芋煮会スポット・牛越橋(引用:広瀬川ホームページ https://www.hirosegawa-net.com/?page_id=3853)

タグ: #ホラー #リアリズム文学 #官能 #合評会2026年1月

小説

5,908文字

薄い唇から放たれるオタク特有の早口。彼の声は意外と低くて耳が心地よくなった。アニメイトのラノベコーナーで新刊を見つけた興奮を、彼――ユウキは、わたしに上手く伝えられず、表情はもどかしさと自己嫌悪が混ざって、煮凝りみたく固まっていた。

大学の講義室で物静かにノートをとるときのユウキの顔は、気だるそうだけど計算高い野良猫みたいだった。けど、その彼がこんなに饒舌に、目を輝かせて語っている。わたしの知らないユウキの姿に、不意に心を締めつけられた。きゅっとした痛みが走った。最初はオタクにありがちな同族への共感性羞恥だと思っていたが、それが恋だと気づくのに、たいして時間はかからなかった。

 

 

十二年前の春、わたしは仙台へ大学進学のために山形から越してきた。キャンパスは震災の傷跡がまだ痛々しく残っていて、本来入学式の行われるホールは被災し建て替え工事中だったから、わたしたちの入学式は体育館で開かれた。理工系の学部だったから体育館いっぱいに並ぶパイプ椅子は九割ほど男子に占領されていて、体育館の空気は十代後半の男の放つ、独特の獣臭さで満ちていた。母にロードサイドの洋服の青山で買ってもらったパンツスーツはサイズが合ってなく、式の最中ずっと不快感を覚え、同時に、入る学校を間違えた後悔に襲われた。

かといって学校をやめるという選択肢はなかった。リーマンショックからの就職難はまだ続いて、一度社会のレールを外れた落伍者がどうなるかということは、まだ世間知らずだったわたしにも、学校の講義にときどき来る非常勤講師の、疲れきって背筋の曲がった後ろ姿を見てはっきり理解できた。

学科で孤立してもいいことはひとつもない。数少ない女子とはすぐに仲良くなる必要があったが、女子のグループはLINEで相互監視しあって、バイト漬けでグループチャットの返信が遅れがちだった福島出身の子は、故意に既読無視していると疑われ、仲間外れにされた結果、夏前に学校をやめた。

三次元での幸福をいったん諦め、わたしは二次元に救われようとした。

初めて仙台のアニメイトに行ったときのことは昨日のように思いだせる。仙台駅の西口から歩いてすぐ、仙台朝市(名前とは裏腹に、常設の市場で平日の朝から夕方までやっている)の角。土曜だから魚屋のシャッターは締まっていたが、軒先には魚を入れる、発泡スチロールの山が積まれていた。その脇、魚屋のあるビルの二階へあがる階段を、傘を持つ、チェックのシャツを着た男や、キャスケット帽をかぶって赤メガネをかけ、黒いニーソックスを履いた女が足早に上り下りする。

傘を閉じ、置き型ファブリーズの点在する階段を上ると、学校建築のような無骨なコンクリートの空間があり、温泉旅館のそれと同じぐらい小さなゲームセンターや、コスプレの衣装を売るACOSアコスもある。その一角にアニメイトがあった。アニメイトは異世界のように明るかったけど、鼻が曲がるほど魚臭い。原因は当然、一階の魚屋だった。

店に入る。店内は、数えきれないほどのキャラが結晶のように動かずいて、絶対に変わることのない姿で笑う。漫画とラノベがぎゅうぎゅうに詰められた棚の間を、客たちは修行僧のように黙々と歩き、時折、立ち止まっては商品を品定めしていた。――そのなかにユウキがいた。

ユウキは筋張った首にAKGのヘッドホンをかけ、ガガガ文庫のコーナーの前に立っていた。両手の指と指を、崇高な存在へ祈祷するよう静かに組み、学者が文献を選ぶような顔つきでラノベたちを眺めていて、突然、天啓を得たように、色白のユウキの顔は紅潮した。

わたしはなぜか一度も話しかけたことがないのに、ユウキに声をかけようと思った。

それがわたしたちの出会いだった。

 

 

あのころの仙台は、震災復興の勢いで起きたバブルの余韻が残っていた。

初めてのデートは広瀬川の花火大会だった。歩行者天国になった広瀬通を歩きながら、ユウキは「仙台は動物に例えると不死鳥だね」と言った。不死鳥が燃えて、燃え尽きた灰の中からふたたび蘇るように、この街は明治維新、仙台大空襲と敗戦、バブル崩壊、そして東日本大震災と数度もどん底に叩き落されたあと蘇ったと教えてくれた。

ユウキは地元の子で、代々続く旧家の出だった。家系の重み。威圧的な父親。過干渉的な母親。優秀な兄に対するコンプレックス、受験の失敗。そしてユウキは上京の夢を果たせず、地元に残った。わたしにとっては、ユウキの鬱屈として弱々しい小動物みたいな仕草がかわいくて、痛々しくて、わたしはかすかに芽生えた嗜虐心でユウキを困らせたく、冷たい視線を彼に送った。

ユウキは、切れ長でいつもは伏しがちな目をはっきりわたしに向けてきた。そしてすがるように、わたしの首筋をあの手――アニメイトで静かに組んでいたあの手で触った。指の骨は意外と太かった。

わたししか、ユウキを受け止められる女はいないんだと直感した。

花火大会の会場のすぐ近くの立町にラブホ街があった。初めてセックスした。出会ってからは一週間も経っていなかった。

事後、ラブホのふかふかのベッドのうえで恥ずかしさをごまかすために、ユウキの肩を叩いた。ユウキは「初めてだよ、朝帰りだなんて。親父に怒られるかも」とはにかんでいた。

いるだけでわたしの心をひりつかせる。苦しませる。わたしが彼を支配しているのか、彼がわたしを支配しているのかなんて、どっちでもよかった。それはセックスのときもそうだった。肌を重ねるたび、ユウキはわたしを激しく求めた。淡白な見た目からは想像がつかない性欲。わたしはその性欲を受け止めるため、プレイを激しくした。ボンデージ。催眠。コスプレ。そのほか口には出せない特殊性癖。獣でも、わたしたちよりもっとあっさりセックスするだろうとさえ思った。

ユウキは特にコスプレが気に入った。女装したいと言ったからラブホでJKの制服をレンタルし、洗面台の大きな鏡の前でわたしがメイクをしてあげると、ユウキは女よりも女らしくなった。

この子はわたしなしでは生きていけない。わたしが管理してあげなくちゃ。

女になったユウキは萌え袖をして、顔を赤らめていた。

 

 

ユウキに誘われ大学のアニメ部に入った九月、メンバー総出で仙台市の郊外、七ヶ浜へ行き、痛車のイベントへ参加した。部のヒロキ先輩、ショウヘイ先輩、それから同級生のカズヤは判を押したようにチェックシャツを着ている。

ヒロキ先輩は自分の痛車のミニバン(たしか東方プロジェクトの藤原妹紅ふじわらもこうだったと思う)でやってきた。ショウヘイ先輩はヒロキ先輩に乗せられてきて、カズヤはこのあたりに実家があるからと、親がクルマで近くまで送ってきた。

会場の駐車場兼痛車展示スペースにヒロキ先輩の痛車は停められた。雨が降っていて、海の方角から風も吹きつけていた。
わたしはクルマの前に鏡音リンのコスプレをして立っていて、ユウキは鏡音レンのコスプレをしながら、わたしの姿を、父親から借りてきたというキヤノンの一眼レフでずっとわたしのことばかり撮っていた。

コスプレをする前日は風呂で陰毛を剃ってパイパンにするのがルーティンだった。だから股がすーすーしていた。わたしがアドバイスしてからユウキもパイパンにしたなと、ポーズをとりながら思っているうち、わたしは気づいた――ヒロキ先輩、ショウヘイ先輩、カズヤがじめじめとした陰湿な視線をわたしに浴びせていることに。

なにか悪いことをしてしまったのかもしれない。ポーズを止め、脳内の記憶をあさりだしていると、ユウキは何かを察したように、カメラを撮る手を止めた。

それからイベントが終わるまで、わたしはなにも話しかけられなかった。

夕方、わたしはユウキのクルマに乗せられ、仙台市内へ続く国道四十五号線をまっすぐ走っていった。赤信号で停止する。田んぼのまんなかの交差点だった。田んぼの稲はすでに刈り取られていた。その田んぼの続く平野の向こう側、仙台市中心部の高層ビル群は蜃気楼のように現実離れしていて、奥の空は夕焼けの赤がどろどろに溶けていた。

異様な光景だと思った。胸騒ぎがした。

「そうだ、今日わたしの家に来てほしいな」

わたしが聞くと、ユウキは気まずそうな顔をして断った。どうしたんだろうと思った。いつもなら、わたしがはっきりお願いしなくても空気を察してくれて動いてくれるのに。

わたしが冷たく睨んでも、出会った最初のころのようにユウキが怖気づくことはなかった。コスプレをしてからのユウキは自信がついてきたけど、わたしの知らないユウキの一面が出てきた。――信号が青になるとユウキはすぐにクルマを発進させた。

 

 

義務的に続けていた学科の女子LINEグループで、「ユウキがホテルに入っていくところを目撃した」と、同級生がチャットしてきた。同級生は立町のファミマで働いていた。いつ見たのと聞くと、その日付は、ユウキが用事があるからとデートを断った日だった。「まさかユウキが浮気?」と疑ったが直後に送られてきた写真はユウキと似ているがまったくの別人だった。そもそもバイト中に、しかも勝手に人の写真を撮るのはどうかと思ったし、この女は「ユウキがあんたのこと重いって愚痴ってた」とユウキが言うわけないことも書いていた。盗撮癖のある嘘つきとは関わりたくない。

十月。ユウキの誕生日も近いしレディースの服をプレゼントしたいと思いながら、プレハブの部室棟へ入る。アニメ部の部室に行くと、すでにメンバーが集まっていて、少し寒くなってきたからともう出したこたつに彼らは入りながら、芋煮会の話で盛り上がっていた。

わたし以外の部員は全員地元出身だった。芋煮のことをあの豚汁のような、味噌に豚肉を入れた代物だと信じきっている彼らに心が荒ぶるがどうにかして抑えた。ここは仙台だ。郷にいては郷に従えだ。

慈悲深いわたしは、仙台式芋煮と山形式芋煮に両方を作ろうと提案した。買い出し担当になっていたユウキは、どっちの芋煮も具材を用意するから安心してと、手の甲を口元に添えながら言った。ユウキの、男らしいはずだった手が、急に女の手に見えた。そして他のメンバーはその手をじろじろと、いやらしい目つきで見つめていた。

 

 

日本一の芋煮スポットが山形の馬見ヶ崎まみがさき川の河川敷なら、仙台一の芋煮スポットは広瀬川の河川敷で、特に市の中心部の西の端、牛越橋のたもとが有名だった。

まだクルマの免許を持ってなかったからわたしはバスを乗り継ぎやってきた。山の間を縫うように走る川が一気に開けた土地に出るところで、紅葉に覆われた山々がせりだしていて、河川敷は、近くの高校の陸上部(ジャージの背中にはっきり書いている。仙台の高校のジャージは主張が激しい)の集団が走りこんでいた。

河川敷へ降りると、川に近いところでアニメ部のメンバーがすでに集合していた。

わたしが遅刻してきたわけじゃないのに、メンバーはすでに芋煮をあらかたつくっていたようだった。

え、なんで?

わたしが近寄ると、ユウキも、ヒロキ先輩も、ショウヘイ先輩も、カズキも、全員「しまった!」という表情をして顔をこわばらせた。

河原の石を積みあげつくったかまど、燃える薪。火にくべられた、金属の鍋のなかを覗くとわたしは絶句した。――山形式芋煮なんてなく、仙台式芋煮という、あの豚汁もどきしかなかった。

「マジごめん! 忘れてた!」

ユウキは平謝りをした。

わたしは無意識的に拳をにぎり、ぷるぷると震わせる。

沈黙。

刹那、スマホが震えた。取り出して確認すると、女子のLINEグループに「カズキがラブホに来てた!」とメッセージが書かれていた。カズキとは同じ学科だった。写真も案の定、添付されていた。カズキが女の肩を抱いてラブホへ入っていった。その女は、見覚えしかなかった。――女装したユウキだった。

沈黙を破ったのはユウキだった。「少し火が弱くなったな」と火へ薪をくべようと、ユウキはしゃがんだ。――ジーンズの隙間から、女物のショーツが見えた。そして他のメンバーはユウキのショーツを、鼻の下を伸ばしてじっと見つめていた。

ここにわたしの居場所はなかった。

薪を足したユウキがふと歩き出し、川の縁へ向かっていった。ユウキは平べったい石を拾った。初めて会ったとき、アニメイトで祈りを捧げるように組んでいたあの手とこの手は一緒なはずなのに、穢らわしく見えた。

ユウキは石を川に向かって投げる。石は川面を何回も跳ねて、向こう側の護岸ブロックまで届いた。ユウキは大きく息を吐いた。

刺し殺そうと思ったけどわたしは情けをかけた。ユウキの背後に立つと、両手で川に突き飛ばした。

 

 

ユウキは部員全員と肉体関係を持っていた。女装したユウキはわたしの知らないところで男の部員をたぶらかし、彼らの童貞を奪っていった。アニメ部は当然崩壊クラッシュ。女装したサークルクラッシャーの噂はキャンパス中に広がり、ユウキは大学へ来なくなり、中退した。風の噂によるとユウキは国分町でホストを短期間して逃げるように上京。その後どつなったかは知らない。

後悔した。ユウキがあんなことをしたのは、コスプレを教えたあとにわたしがしっかり管理しなかったからだ。だからユウキはわたしという女がいながら、男に尻を差し出したんだ。それがわたしの、青春最大の後悔だった。

 

 

*     *     *

 

 

卒業後、わたしは仙台で就職し、安定を求めて市役所の職員と結婚した。町内会の芋煮会の数日後、わたしは妊娠したのに気づき、冬が終わるころにはお腹の子の性別がわかった。男の子だった。

わたしは嬉しかった。夫を選んだときの条件はただひとつ、ユウキと瓜二つの公務員であることで、だから当然、出産後に見たわが子の顔はユウキに似ていた。あの日アニメイトで観たような思索的な顔がわたしの子宮から出てきたのだ。

息子の名前は元彼と同じにした。旦那にはその由来を教えていない。

 

 

元号が令和に変わって数年すれば、平成のオタク文化がノスタルジーをこめられ語られるようになる。

小学生になった息子は毎朝、ランドセルを背負い、玄関で背中を丸め靴紐を結ぶ。あの日ガガガ文庫の棚の前で下を向くユウキの姿と重なった。

そろそろさせてみたいと思った。

「ねえ、コスプレしてみない?」

わたしが聞くと、息子は立ち上がってわたしを無視するように、玄関から飛び出していった。

――前のユウキより厳しく管理してあげなくちゃと思った。

© 2025 眞山大知 ( 2025年12月27日公開

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"ユウキ"へのコメント 2

  • 投稿者 | 2026-01-01 18:25

    キャラ設定が良いですね。セックス依存症や性的逸脱に陥る人には、欠落感抱えたユウキや主人公みたいなタイプ多そうです。
    ユウキと決別した主人公が、平凡で穏やかな日常を営んでいるかと思いきや、自分の子供に対して取る行動には、思わずぞわりとしました。
    コスプレと性的逸脱とは、大きく隔たっているようで実は背中合わせなのかも。そこを管理しようとする主人公の病みっぷりがいいですね。ユウキの方が遥かにまともに思えます。
    息子の行く末が楽しみかつ心配ですね。

    • 投稿者 | 2026-01-01 21:27

      ありがとうございます!
      信頼できない語り手が出てくる小説を書こうと今回の作品を作りましたが、かなり醜悪な作品に仕上がり自分でも読み返すたびに怖いなと思ってしまいます

      著者
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