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二次創作です。メルヘンです。やや特殊性癖の人向け。雀って舌切られても発声できるらしいですね。舌で発音してないんで。

タグ: #合評会2025年11月

小説

4,544文字

仮に貴女がアイツを許しても、俺はアイツを許さない。それは貴女が何を言っても変わらない。貴女のためではない。俺は貴女を傷つけたアイツを許すことができない。あの時から今も俺のはらわたは煮えくり返ったままだ。もしもアイツが誠心誠意謝罪したとしても、俺は許さない。悔い改める機会なぞ与えてやらぬ。地獄に堕ちろ。アイツが貴女から奪った物にはそれほどの価値がある。

あの日、貴女は泣きながら俺に口づけをした。鉄臭い血と米の味がした。どろり、と貴女の血が俺の口腔を犯した。喉が焼けるようにヒリついた。貴の口づけを食らった俺の唇は紅を引いたように鮮やかな赤に染まった。舌なめずりをすると貴女の血をおかわりできた。貴女が俺の体に侵入してくるようで、俺はぞくぞくした。貴女に手込めにされたようで。唇を離して「殺す」と貴女は潤む瞳で確かに言った。血の塊と一緒に明確な殺意を吐き捨てた。貴女は静かに口から血を流した。舌を切られても我慢強い貴女は悲鳴ひとつあげなかった。貴女が胸の奥に隠した絶叫を俺が代わりに背負おうと思った。

しかし、翌日会った貴女はそれが嘘みたいにしおらしくしていた。皆の手前言いづらいのかとも思ったが、「冷静になってみれば私だって悪かった」と文字通り舌足らずの声で言った。

「ごめんなさいね」

貴女は俺の頬に触れながら言った。その瞳は昨日と同じで、貴女は腹の底に憎しみを抱えたままなのだと知った。俺だけに伝わる明確な殺意。

だから俺はアイツに復讐をした。アイツは今もあの魍魎どもとお楽しみ中だろう。いいザマだ。強欲なアイツは一番デカい葛籠を持って行くと踏んで正解だった。俺は貴女の集落の長にかけあって、葛籠の中に知り合いの魍魎どもを隠れさせた。

お人よしの貴女はちっとも気付いていないようだが、俺はジジイにも罪があると思っている。ジジイがアイツを上手く躾けていれば、こんなことにはならなかった。アイツを娶ったジジイにも責任がある。家の長としての当然の役割を果たしていなかった。ジジイは腰が低すぎた。アイツの尻にいつも敷かれていたし、年寄りのくせに村のガキどもにも舐めた態度をとられていた。俺にだって甘かった。俺が遊びで障子を破ってもジジイは「ばあさんにバレるといけない」なんて俺の肩を持ちすらした。そんなだからアイツがつけ上がるのだ。

そんな弱いジジイに制裁を下すのは簡単だった。

俺は村のガキどもに化けて、貴女の居場所を交換条件にジジイへ馬の糞を食わせたり、牛の尿を飲ませたりした。ヘタレのジジイは俺の言いなりで、馬の糞も牛の尿ももりもりと食らいつくした。ヘタレのくせに生意気だった。だから俺はジジイに嘘を教えた。それなのに、雀の集落の奴らは「お宿はここよ」とジジイを誘導して貴女に会わせてしまった。クソどもが。貴女が手引きしたのだと、奴らは言ったが、問答無用で食い殺した。集落の外だったので、他の雀どもには見つかっていない。貴女の優しさに従って甘えているだけでは貴女を守ることができない。

ジジイのことは殺し損ねたが、アイツは死ぬまで魑魅魍魎に嬲られ続ける。いい気味だ。まぁ、ジジイのことは許してやっても良いだろう。あんな滅茶苦茶な難題を乗り越える程度には貴女を大切に思っていたのだ。許してやるべきだ。

俺は貴女に会いに雀のお宿へ向かった。道すがら、小さな花を集めて花束を作った。貴女は喜んでくれるだろうか。俺の歩みは自然と速まる。しかし、お宿に貴女はいなかった。一体どこへ。散歩でもしているのかもしれない、と集落の長が言っていたので、俺は貴女を探した。探しているうちに花がしおれてきた。まさかアイツがあんなことになったことへ罪悪感を覚えて失意にくれているのだろうか。だとしたら、俺は貴女の気持ちを無視して、大変なことをしでかしてしまった。否、俺はただ俺のために復讐を果たしたに過ぎない。そこに貴女がどう思うかなぞ関係ない。関係ないのだが、貴女を傷つけたいわけではない。むしろただ守りたいだけだった。

俺は山を下りて村に出た。ガキどもが道端で遊んでいる。馬がデカい体をゆったりと洗われている。物好きなガキが俺を撫でようと寄って来たが俺が威嚇すると逃げていった。薄汚れた化け猫を触ったって何の得もありゃしない。もしやと思ってジジイの家を覗くと、そこに貴女はいた。貴女はジジイにしなだれかかっておいおいと泣いていた。まだ外も明るいっていうのにジジイも俯いて陰気臭い顔をしている。ジジイは、俺のことも貴女と共にかわいがってくれた。俺が訪れれば自分の飯を減らして、俺に食わせもした。アイツと違って俺はジジイが心底憎いわけではない。罪を償ってほしかっただけだ。まぁ、馬の糞と牛の尿でそこは帳消しにしてやっても良いだろう。許すべきだ。

にゃあ、と俺が呼びかけると二人は俺のことを見て目をまんまるくした。俺は駆け寄って貴女に花束を渡した。貴女は驚いた顔をしている。そして、いつまでも受け取ってくれはしない。

「おいおい。どうしたんだよ。受け取ってくれよ」

痺れを切らして言うと、貴女はジジイと顔を見合わせた。何を二人で。まさかジジイとデキてるんじゃなかろうか。先刻まで乳繰りあって貴女は嬌声をあげていたのかもしれない。アイツがいなくなった今、二人を邪魔する者はいない。吐き気がする。しまった。あのヘタレジジイにそんな度胸があるとはちっとも考えていなかった。純粋な貴女は悪い年寄りに騙されているだけだ。やはりジジイも殺しておくべきだった。

「あなた、私の事何も分かってないわ」

貴女が重い口を開いた。

「私、この花嫌い。そんなことも知らないのね」

嘲るように貴女が言った。ぐわん、と視界が揺れる。背後から殴られたらしい。あのジジイだろうか。いや、ジジイは目の前にいる。倒れた俺は何度も持ち上げて地面にたたきつけられる。ぐえ、と内臓が飛び出しそうになる。誰だ。ジジイにまだ仲間がいたのか。ぎゃあぎゃあと悲鳴をあげるも誰も来ない。貴女に助けを求めても、貴女は冷たい瞳で俺のことを見つめている。往来にはあんなに人がいたのに俺の声は届かないのだろうか。それとも、誰もが俺を罰せられるべき存在だと思っているのだろうか。貴女の味方は俺以外にもいる。俺の味方は

「ねぇ、これ美味しそうじゃない。私、お腹すいちゃった」

あの日、貴女は俺に誘いかけた。しかし、俺は魚屋の魚を盗んで食ったばかりだったので腹が減ってなかった。

「一緒に食べましょうよ」

きっと貴女は心細かったのだろう。貴女は何度も俺に誘いかけてきた。それなのに、俺は断ってしまった。腹がいっぱいだったのだ。本当にただそれだけだった。腹が減っていれば食っていただろう。あの時、俺が食べていれば、俺のせいにできたのに。俺が貴女と共に米糊を食えば良かったのだ。アイツが「誰が食った」と言った時、貴女は迷いなく俺のせいにした。しかし、俺の口には生魚の食べかすしかついていなかった。貴女の口の中にはまだ米糊が残っていた。貴女は一瞬で足がついた。

「あなたが殺し損ねた雀が、みんな教えてくれたわ」

気が付くと俺は板に縛りつけられていた。人間の死体を乗せるような板だ。身動きがとれなければ、猫の姿から化けることもできない。ジジイを手引きした雀どもを殺した時、何羽かは逃げてしまった。腹が立ったからむしゃくしゃして殺しただけだったので、数羽くらい構わないと思ったが、奴らが貴女に告げ口をしたらしい。貴女は優しいので当然怒るだろう。俺は貴女に恨まれてしまう。そこまで考えて全員逃さず息の根を止めるべきだった。いや、これは因果応報なのだ。俺が自分勝手な復讐をしただけなのだから。

「あなた、最初から勘違いしてる」

ぐい、と貴女は俺に顔を近づけた。吐息がかかるほどの距離だった。もうとっくに出血は止まってるはずなのに、貴女の吐息からは血の匂いがした。この部屋には他には人がいるのだろうか。分からない。気配はするような気もする。しかし、まるで俺は貴女に二人きりで語りかけられているような気がした。この解釈には願望も入っているかもしれない。

「私はあなたのことが憎いの」

そう言われても、すぐには受け入れられなかった。悪い夢としか思えなかった。しかし、殴られた体の痛みがこれは夢ではないと訴えている。俺がやったことは無意味だった。むしろ損失を生み出しただけだった。いや、違う。俺は俺のためだけに行動したのだ、というのは大義名分で、そう言いながら俺は貴女のためだと押しつけがましく復讐をしていたのだ。貴女のためだと、勝手に思い込んで。貴女の意思を受け継いだのだと思い込んで。

「せっかく許してあげようと思ったのに、お気に召さなかったみたいね」

俺は貴女を守りたくて奔走した。愛らしい貴女のことが狂おしく愛おしい。愛しい貴女へどこへ行ってしまったのか。これは本当に貴女なのか。

「あなたも私の痛みを知れば良い」

貴女は懐から大きな糸切り鋏を取り出した。薄暗い部屋の中、刃が鈍く光る。

「ほら、舌出して」

貴女の甘ったるい声がおっかなくて、俺は泣きながら首を振った。貴女を守る、なんておこがましい発想でしかなかった。

「お漏らししちゃってかわいいね」

俺は無意識にじょろじょろと失禁していた。股が熱い。毛が濡れてべちゃべちゃになって気持ち悪い。尿はこんなに熱いものだったろうか。あの時、ジジイは牛の湯気立つ尿をごくごくと飲み干していた。

「ちゃんと協力してくれないと、私、失敗して目玉とか突いちゃうかもしれないよ」

大きな糸切り鋏が冷たく俺の頬を撫でて眼球に近づいてくる。ぞくぞくと背筋を冷や汗が伝う。ひんやりとした鋭い感覚に鳥肌が立つ。

俺は大声で喚いた。この先の人生の叫びをも全てこめた絶叫だった。俺だけの叫びだった。貴女のものなんて何一つ背負っていなかったし、背負うことなど、はなからできるはずもなかった。俺の声は貴女の表情一つも変えることはできなかった。貴女の美しい笑顔に曇り一つつくることもできなかった。自分の鼓膜が破れるかと思うほどの、耳をつんざく悲鳴だった。全てを振り絞って喉から血が出そうだった。俺の長い長い叫びの間、貴女はただ待っていた。ただ時が止まったように同じ顔で。俺はそれに絶望する。逃げることはできない。俺がそれほどの絶叫をあげても、誰も助けてはくれない。視線を感じる。この部屋には貴女以外もいる。貴女以外からも俺は恨まれているのだろうか。皆俺のことが嫌いなのだろうか。

「もう満足したかな」

俺はもうこの地獄が早く終わって欲しくて、この苦痛から解放されたくて、少しでも許してほしくて、憐憫のついででも良いから愛してほしくて。可哀相になれば俺は愛してもらえるだろうか。可哀相なものにこれ以上ひどいことはできないはずだ。可哀相なものには優しくしてしまうはずだ。この期に及んでそんなことを打算的に考えてしまう俺は死後きっと地獄に堕ちる。そもそも化け猫が極楽に行けるはずもないのだからどう足掻いても同じだ。それでも罰を受けることで罪が軽くなることを期待している。

俺は観念して、舌をんべ、と出した。

「それじゃあ、いくね。力抜こっか」

 

ちょきん。

© 2025 曾根崎十三 ( 2025年11月14日公開

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"絶つ"へのコメント 10

  • 投稿者 | 2025-11-14 14:23

    雀ちゃんの男気に惚れそうになりましたが、読み終わった後によくよく考えると、なんでおじいさん思いの気丈な雀ちゃんがこんなろくでなしな性格の化け猫とそもそもキスしちゃったんでしょうか? すごくモヤモヤしています……。

    • 投稿者 | 2025-11-14 21:49

      眞山さん読んで下さりありがとうございます!
      弱ってるなりの嫌がらせです。雀ちゃんはおじいさんおばあさんのことは好きですが、悪女なので似たようにたぶらかされた人(獣? 妖?)があと何人かいるかもしれません。
      それ以外の理由もあるとするなら、作者の嗜好です。
      雀ちゃん、眞山さんが好きそうなキャラクターですね!(めちゃくちゃ偏見)

      著者
  • 投稿者 | 2025-11-15 09:54

    悪女ここに極まれりという感じですね。
    胸糞なんですがちゃんと自分も傷ついているのがわずかに憎めなかったりする。
    化け猫ならもっと妖力を使って何とかならなかったのかと思いますが、そこはやはり惚れた弱みなんですかね。

    • 投稿者 | 2025-11-15 15:40

      択雉さん読んで下さりありがとうございます!
      化け猫になって書いていたので、化け猫が結構嫌われてそうで心外でした。健気でかわいいですよ。にゃんこですし。憎まずいてくれてありがとうございます。
      惚れた弱みですね! 良いですね!

      著者
      • 投稿者 | 2025-11-15 15:42

        名前の漢字間違えました! 大変失礼いたしました。申し訳ありません!
        択雉さんではなく沢雉さんです!

        著者
  • 投稿者 | 2025-11-17 16:41

    舌を切って血が出ている雀とキスをする状況に、読んでいる僕もぞくぞくしました。このシーンを書きたかったんですよね。違いますか。すいません。「殺す」とか、「舌を切られても我慢強い貴女は悲鳴ひとつあげなかった」とか、ラストシーンとか、雀のキャラクターが好みです。原作ではおじいさんは馬の血や牛の尿を飲んだはずですが、これは馬の糞に変えたのは、化け猫が雀の血をなめるシーンなど、雀の血をより印象的にするためでしょうか。「馬の糞も牛の尿ももりもりと食らいつくした」おじいさんの愛の力?はすごいです。ちょっと笑ってしまいました。

    • 投稿者 | 2025-11-18 02:01

      佐藤相平さん! 読んで下さりありがとうございます!
      えー!! そうなんすよ! やっぱ分かります? ですよねですよね! ぞくぞくさせたかったので良かったです。舌切り雀の話書こうと思って考えてもイマイチおもしろくならねぇなと筆が進まなかったんですけど、ここ思いついてからは早かったです。
      こんな作者の嗜好のにこごりみたいな話で良いのかな、とか思ったんですけど、結局のところ小説って第一に自己満なので良いのだよって自分で思いました。
      血じゃなくて糞なのは「馬の血」って書いてる資料が多いんですけど、糞尿のパターンもあるというざっくりしたくくりになっていたから。出典あやふやで恐縮ですが。
      で、血じゃなくて糞を選んだ理由は、馬に血を流させるより糞を出させる方が自然だし、血より糞の方がガツガツ食べられて迫力が出そうだから。普通に馬を飼育してて尿ほど血をガンガン出す場面はないと思いますし、そんな出たら馬死んじゃうと思うので。尿グビグビの糞ガツガツです。
      メンヘラヤンデレ化け猫が思わず許しちゃうくらいパンチ効いた行動にしたかったんで牛尿と馬糞食うくだりは喜んで入れました。

      著者
  • 投稿者 | 2025-11-22 19:56

    「口づけ」のシーンがエロチックすぎてドキドキしました。おお、新手のエロチック変態路線か、と。
    「貴女」なんて二人称使ってるのがまたいいですね。このシーンに作品全体が収斂されていると思いました。
    「俺」は猫のくせに純情ですね。少し太宰のカチカチ山の狸を思わせます。化け猫になってもうまいこと言いくるめられてしまいそうな哀れさがありますね。

    • 投稿者 | 2025-11-22 23:20

      大猫さんお読み下さりありがとうございます!
      そうなんです! エッチです!
      魅力的な悪女の雀ちゃんよりも、哀れな化け猫の方が読者視点かなと思ってたんですけど、思ったより皆さんから愛されてなくて笑いました。そこも人間みたいで彼の魅力かなと思います。

      著者
  • 投稿者 | 2025-11-27 20:44

    実は猫を酷い目に合わせたかったのでは感。
    スズメの悪女はちょっと見たことがなかったなと。
    やたら元気でやかましいイメージで、ちょっとペットにはしたくないぐらいの。
    しかしよく考えたら燕は男のイメージでしたわね、若い燕。
    そう考えるとスズメは女の子と言われても納得。

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