ペンウィー医師のめずらしい診察。

巣居けけ

小説

5,550文字

めずらしい医学の男のペンウィー・ドダー!

「じつのところ、僕がつとめているこの安全局というものは正式なものではないのだ」

ペンウィー医師は椅子に深く沈みながら対面している患者に声を伸ばした。

「正式?」患者は珈琲の入ったカップから顔を上げた後のような態度で声を浮かせていた。「それはつまり先生。仕事のこと?」

「給料かい?」

「ええ。仕事。あんたの仕事や、あとは、おれの仕事に、山羊の仕事。そうだな、船乗りはいつだって波を予測するし、職人どもは常に流行と自分の流儀を追う。原稿用紙が埋まることだけを願っている編集者も、酒場が繁盛すればいいと願う歌手も、破裂寸前の爆弾を抱えている学生だって、多く、多く居るだろう」

「ああ」

「し、屎尿」患者は唐突に自分の二年後を思い出す。街の角の部分に在る老人の糞を握りながら空の数式をえがいている自分自身……。解放されている自分と解剖されている自分の色……。そして患者はこの診察室に戻ってゆく……。「ええと、ああ、最後に、死後。漁師と船乗りは仲が悪い」

「そうかい」ペンウィー医師は自分の口の中にはまっているはずの飴玉の味を連想しながら漫才の予定を目視する。

イタリア系の患者は、堂々とした誠実をみせつけてから自分のゲロで商売をする方法を連想して椅子に座り直す……。「テレビ放送のためのロジックには必ず女児のような仕組みと人間的な模様が仕組まれている。なぁ、まさに正直者のような展開なんだ。なぁ、先生はカクテルの正しい入れ方をしっているかい? なぁ」

「いいや、すまないが酒はやらない」

ペンウィー医師はまるで自分が酒場に居るような心地に至りながら教師を狙う。いつの間にかウエットティッシュで鼻をかんでいる。「ぶちゅり」医師特有の鼻梁の震える音が響いて終わる……。「ぶちゅぶちゅり」ウエットティッシュの湿り気がペンウィー医師の脳髄に貢献する……。「ぢゅ」患者が数秒遅れた心地で地球のようによろめく……。「あれ?」

「え、あれ、へへ、センセ、そうなの?」まるで男児が居るような顔……。貧乏ゆすりが強烈に至る……。「そうなの……?」

患者は自分がどれだけこの街の細やかな血管を知り尽くしているのかを自覚していないし、自覚する術もあまり無い。

「まぁ、君がどれだけ理解者のような態度で迫ったところで、あの実験の回数は変動しない。わかるかい? それは決定されている事象なのだよ」

「ええ、先生、でも……」

ペンウィー医師は無視をして害虫駆除のような学説を続ける……。「いいかい、君、君のPC室は使用者の性的思考には無関心だ。あのコンピュータはカルテット以外を知らないし、そもそも薬局を設立するつもりがない。わかるかい?」

「いいえ、あの、けれどセンセ、僕はそういう、医学的な概念は知らないんですよ。無知です。まるで」

「ふん。そうかい、そうかい」ペンウィー医師は何かに飽きている主婦らしい顔で机の上のカルテを山羊のように摩る。「あの逆襲的な相続権はついに破綻して学業を高めるだけなのだよ」

ペンウィー医師の独り言だけが診察室に落ちて揺れている……。そこで患者は自分の人間性が問われていることに感づく。

「珍しいものだな」という態度と共に患者は自分の中に籠っている熱を吐き出す。それは蛙のような自然な動きだったが、コマーシャルじみた動作によって二つの映画館が一つに成る……。患者が呼吸の合間にげっぷを入れているぞ。「ねぇセンセ。でもさ、この街でそれをやらないだなんて。そもそもこの街は酒と薬と麻雀が好きな医者や山羊の集まりかと」

「まぁ、そういう見方もあるね」

「ええ。そうだ。そうだ……」

まるで、サーファーのような態度の患者は磁力で階段の位置を探っている。しかしペンウィー医師は全てを数学的に対応する力を執行し、彼の脳の無意識的な部分にアクセスして政権を折り曲げる。「まるでアラビアだ」

「ああ、そうだ」患者は何か合体を開始したような顔で眉毛を当てる。「そして、アラビア語と、最後に仕事だ」

「やっぱり仕事なのかい? へへ」

「ああ」

アルミホイルのような声を垂らし続けている一つ限りの患者は、自身の蟹のような甲殻類のようなそれともやはり電子的な軟体動物のような素手でグー、チョキ、パァ、という形を演じ、左右で、反対の方向に、挿入をしながら新しい呪文を問う。

それは数式を発見したどの数学者よりも学者らしい顔つきで、患者は最後にペンウィー医師を指した。

「それで、仕事なんだ。そういう仕事についてはたして正式な心地は、正当性というものはるのかという話を、先生は先ほど展開したのかい?」

「うーむ」ペンウィー医師は図書室の管理人のような様相で床の上の埃に顔を落とした。埃が喋っているように感じたし、実際にそういう導きでペンウィー医師は事を進めているはずだった。

「それにだって、まぁ、一理は在るな」ペンウィー医師は一度だけ綴った恋文を唐突に思い出しているような顔をして診察室のどこでもない一角を睨んだ。「けれどねえ、君。は、どうかな。ところで君はスナック菓子というものを食らうかい?」

「え、いいえ……。あの、次は何。皿の話?」患者は主婦らしい態度でペンウィー医師の机の中の錠剤の個数を判別して忘れる。「割るとか、割らないだとか。そんなものなの?」

「いや、へへ、別に」ペンウィー医師は大学の講義中の学生の様子を思い出しながらボールペンを揺さぶった。「あの音が似ているだとか、そういうわけではないんだ。ただ」

ペンウィー医師は、まるで自分が女児のように成った心地だった。つまりはみせびらかすような心地で、患者の顔を窺うような、あるいは丁寧に期待するように弾んでいた。「なぁ、わかるか? この街の医学を支配している安全局は、安全局ではないのだよ」

「はぁ、まぁ、でも先生。あんた、札に書いてあるだろ?」

「札」

「ええ。あ、いや、はい。そうです。ええと、その……」患者は指をペンウィーに向けた。何か慎重で、腫れものに触れるような心地だった。「ほらそこ、そこに書いてある。『安全局』って、書いてある」

「ふううんむっ」ペンウィー医師は医師らしい態度で椅子に倒れかかった。足すら離れていた。まるでどこか別の場所から椅子の位置に瞬間移動をした直後のような態度だった。「カモフラージュだよ」

「はぁ」患者はそれでも読書を邪魔された大学生のような顔だった。「大変ですね、先生」

「ああ、それで――」

ペンウィー医師が道化師じみた顔で喉を引きつらせた途端、診察室の扉が開いた。「おいやめておけ!」という医師の声を無視したのは受け付け女で、彼女はペンウィーの右耳を咀嚼する勢いで何かを伝えると去っていった。

「先生?」

患者は自分が取り残されているという事実の心地を認めたくなかったため必死に縋っていた。

「すまない。急用だ」ペンウィー医師のその声は濡れているハンカチのようにどこかに溶けて廻る……。慌ただしく両手を動かすだけのペンウィー医師の目……。その白衣から飛び出る骨のような昆虫のような二本は唯一のブラックペッパーを潰すように机の上の書類を一瞥する……。後にようやく患者を認識してまるで今まさに入室してきたような態度を顔だけで演じる……。貧乏ゆすりがついに室内の境界線を破壊する……。患者が丸椅子の上で屁をこく……。

「ええ? でも、ヒマでしょう? だからあんたは僕の主治医に――」

患者が、いかにも重たそうな唇を震わせると、ペンウィー医師はいつの間にか装着していたゴム手袋の素手でそれを塞いだ。

患者にはあのペンウィー医師が足も動かさずに歩行してこの施設を一周してまた戻って来たように思えていたが、実際のところペンウィー医師は呼吸すら停止させて患者の脳のシワの隙間の部分に事務所を設立させていたらしい……。

「君、一つ教えてあげよう。君」

ペンウィー医師はその素手を上げた後、まるで式場のような鮮やかさで患者の額を舌で撫でると、患者の唾液の味を再現し、未開封の荷物を人体にそうするようにゆったりと片手で解体してゆく……。

「いいかい。僕は医者ではなく医者のふりをしている『警察』だ」

それから、銃の下準備をしている音が鳴り、さらに、まるで世界の方向があちらこちらに向かって迷って崩れて再構築されて料理が開始されて終了して図書室が閉じられて忘れ去れて銃弾が発射するまでの時間が過ぎたような気がした……。「『黎明。』」

「あれえ、へへ。ぼく、僕うは釣り人だったのか?」

「いいえ。あなたはきっと歴史の中に取り残されているレジカウンターの一人なのよ」

そういうふうに唱えてくれているのは同様にレジを行っている女で、彼女はどうやら籠城しているだけの戦士だった。この、まるで洋式でまっさらで大学のようなコンビニエンスストアの一角の中を担っているピンク色の彼女。

ええ、つまり彼女というレズピアンは僕を狙っているし、蜘蛛のような形の騎乗位で僕をどうにかしようとしている……。

「ねぇ、これさ」僕は限定的なカップ焼きそばのパッケージを手に取った。「どうなのかな。液晶画面との兼ね合いとか」

「でも、それを吸わなくちゃいけないの。君たちは吸うのではなく吸わないといけないの」

「君?」

「え、ええ。皿のことよ食器のような……」彼女は月明かりに想いを馳せるような態度で猫を口で描く。

「ふうん」僕は、パッケージの表面のつるりとした加減を眺めるように愛撫してから棚に戻した。蟻の歩行が聞こえてくる。「もはや味がどうこうという話ではないし、計算が終了しないという焦りでもないし、大学の教授の態度えもない。退屈をしのぐべきかべきではないかという議論の次元ですらないのだ」

「なら、どうして?」

「ええと、それは」僕はパッケージを遠くの位置から眺めていた。コンビニエンスストアが縦の方向に一斉に伸びていた。材質は粘土だった。服装は自由だったが処罰は存在しているようだった。注射器の刺激のような、赤色の針のような、あるいは身体に流れてくる電光や、そういう圧のようなものを脳裡で唐突に想起して吐き気に潰されそうになる。「へ、へへ」

「どうなの?」

遠くの、とおぉくのほうのその女性の素手が、ゴム製の素手が伸びて、僕の肩を叩く。その女性の位置が圧倒的な速度で遠のく……。

「僕は自分のためにそれを使うよ。母さん」

僕は呟きながら、そのままの位置で加速していく虹を眺める。それはコンビニエンスストアの隙間部分から覗いている虹で、無数の混入物をはらみながらも除隊される。数年前の図書室で聞いたオーケストラの最後のすかしっぺのような呼吸……。続くような心地で医師の声が届く。「『黎明。』

それは隙間から流れてくる液体のように。

「はいっ。だから」

患者は記憶喪失から復帰しているような声を垂らす。周囲がカフェテリアだと思い込む。しかしすぐに違うことだけを理解して自分の免許証を暗唱する。

「おい、おい、待て、待て」

ペンウィー医師がその肩を落とすように押さえ込んで彼を椅子に戻す。

「あれ、先生。僕はどうしてあなたの素手の熱を感じているの?」

「それは、まぁ君がそうしたからだろう。蟻が巣の中に帰っていくのと同じさ」

「妙ではない?」

「ああ」

「変ではない?」

「ああ」

「気狂いではないのかい?」

「もちろんだとも」ペンウィー医師の囁きの声が、この診察室を廻ってから廊下にまで流れて周囲を重たく甘くする。全ての洗濯物の乾燥が二秒だけはやまる。雨が降り注いだ後に熱湯が完成する。

それは飲み干したカフェオレの底の部分の臭いと同じ雰囲気だった。

その雰囲気の中でペンウィー医師はさらに患者の中にめり込むように入っていく……。

「君は自分をそんなふうに考えているのかね?」

「いいや、先生……。僕は」患者は今日視聴するアダルト映像を選ぶ中学生らしい態度で右手を遊んでいた。「僕は、鏡が嫌いだから」

「そうかい。まぁ、それだって普通のことさ」

ペンウィー医師は何か人間的な回答を常に選んでいるような、指で、カードの輪郭を摩るような、そういう聖職者のような態度で患者の対面の位置に座る……。(いいや、けっして僕は聖職者なんかじゃあないのだけれど)波のような部分が脳のような部分に発展して溶け合って分離して再び一つと成って広がって街の夜空が一斉に焼けて空に至る……。

「それでえ、先生、僕はどうすればいいんですか?」

最後の受付に頭頂部が見出されて星空が割れる……。何かが何かに向かって挿入されて染みていく音がする……。

「ああ、君。ところでなんだが。君。その右手は何かな?」ペンウィー医師は何かの途中のような動きで患者を指さす。

「ええ、これ――」患者は急に首の力を失くしたように頭を下げて自分の指たちを確認した。「これは、注射器だな」

「ふむ」

ペンウィー医師は彼の右指が演じている注射器の形を睨みながら、机の下の部分にあるゴキブリ型のボタンを押した。同時に診察室の扉が自動的に開き、外の位置から女性が飛び込んでくる……。

「あ、あなたは」

「衛生安全局の者です」

ペンウィー医師が自分の白衣の胸元にかけている札を人差し指で突く。患者が熟す直前のトマトのような目でそれを睨んだ後に肩の力を抜く。女性は冷気のような顔で動作を続ける。

「これがあんたの治療だって? はは」

患者は、つい先ほどのあのレジカウンターの記憶を想起させながら、そして、その記憶がどうして今まで自分の中に無かったのかを疑問に思いながら、女性が差し出してくる手錠に向かって手首を突きだす。金属がキスをする音が五度ほど鳴り、患者が立ち上がり、診察室の扉を、女性と共に至る。

「診察だよ」

味の無いヨーグルトのような音……。患者の鼓膜の深い痛い窮屈な一点にてさっさと溶けてゆくペンウィー医師の唯一の音……。

2024年6月9日公開

© 2024 巣居けけ

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