昭和餘年に起きた出來事・3

昭和餘年の出來事(第3話)

幾島溫

小説

1,084文字

軟禁生活時代に毎日書いていたショートショート群です。

(21)
溫かくなると笑ふ生き物がゐます。今日は久し振りに氣溫が12℃在つたので、くすくす笑ひが聞こえてきました。春になるとあははと聞こえ、夏になると每日大爆笑が響きます。そして秋になると笑ひ聲は小さくなつて行きます。


(22)
「一人で生きていくなんて、そんな寂しいこと、きつと閒違つてゐるよ」さう叫ぶ妹を地下室に押し込めて入り口に鍵を掛けた。もう聲は聞こえない。靑空の下、だらしなくシャツを出した僕の影だけが伸びる。


(23)
朝一で私は担任に呼び出された。「お前、昨日血塗れで步いてたらしいぢやないか、どうしたんだ?」私は目を逸らす。ヤバイ、見られてゐたなんて。信長樣も罪な人だよ。憑依して劍振り回しまくつてさ、滿足したら歸つちやふんだもん。殘された身にもなつてよ。現實は嚴しいんだから。


(24)
今もフラッシュバックでゲロが出るから、あいつを呪ふことにした。居場所が理解らないから、念でぶっ叩く!呪ひ方の本を開き、僕は書いてある樣に柏餠に鎧兜をそなえて菖蒲湯に浸かつた。氣持ちいいよ!風呂から上がつてもう一度本を見ると、借りてきたのは祝ひ方の本だつた。


(25)
85點と書かれた書類を持つて窻口へ行くと今度は「天國選擇申請書/丁」といふ書類を渡された。見ると「ドリンク天國/おさかな天國/ハサミ天國」とある。「普通の天國がいいんですが」僕が言ふと「あなた85點でしょ?普通のは200點要るよ」と窓口の赤鬼は僕を見下ろした。


(26)
ラベンダー畑を見に行つたからつて自分の物にはなんないぢやん。折角だから一緖に行かう、つていふけどキミとの思ひ出增やしたところでなんなの?つていふ。僕は手に入らない物には興味ないよ。だつてキミ彼氏いるぢやん。「サユリー早く!」キミは絕對手に入らないのに。


(27)
くるつてる。町中が、世界が屹度偽物なんだ。人閒に見えても此奴らは皆人形だ。さう思つて試しにひとつ人形の腹をナイフで開けてみた。すると、血が溢れて腸がでてきた。「ちきしょう、よくできた人形だ。」


(28)
眞面目に話しても君は笑ふし、優しい言葉をかけると君は怒る。もう僕にも自分が何を言つてるのかよく理解らないんだ。


(29)
猫に脹脛を叩かれると何かが落ちる。猫はそれを咥へて走つて何處かへ行つて仕舞つた。考へてみると、その日から下劑が手放せない。あの猫が持つて行つたのは僕の便意だつたのだ。ああ、猫め。僕の便意を返せ。此の儘一生便祕だなんて、あんまりだ。


(30)
退屈だから戶籍を賣つてみた。明日からどんなにドラマチックな每日が始まるだらう。產まれて初めて物語の主人公になつたやうな氣がした。

2024年5月31日公開 (初出 2009年頃 twitter(垢消し済み))

作品集『昭和餘年の出來事』第3話 (全5話)

© 2024 幾島溫

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