伊藤エイミ

小説

954文字

「パチンコとシーシャ?もう、お前が死ねば良かったのに。」3

【5】
警察犬は吠えないと思っていた。
お散歩かな、と目を開けると狼といったほうがしっくりくるような大きな犬が私に向かってもう一声、吠えた。
朝だった。

【6】
私は電話の後、お墓参りに向かった。2駅先の土地に昔飼っていた金魚のお墓があるのだ。人が犬猫を可愛がるのと同じようにとても大切にしていた金魚だった。

携帯は置いていく事にした。
突発的に母に電話をしてしまう恐れがあったからだ。年老いた母には時間も内容も刺激が強すぎた。

突然思い付いた割にはかなり冷静に支度した事を覚えている。
フリースを着込み、キャップを被った。財布は持たず、鍵はかけた。

出来るだけゆっくり、歩いた。
あの角から通り魔が現れますように。歩道橋の上から道路を眺めながら想像した。背中を押されても構わなかった。車通りはあるけど、人通りは殆ど無かった。事故でもいい。喧嘩に巻き込まれるのもいい、何でも良かった。最後に殺してくれるなら。

私は人生で最もつらい時間を過ごしていた。
流産自体より、信じた人が寄り添ってくれなかった事の方が悲しかった。死ぬ程つらいと思った。しかし自殺する動機としては弱いと思った。衝動的に飛び降りるには歳を取り過ぎていたし、職場や友人にも恵まれていた。家族の縁も強かった。夜道を歩きながら天涯孤独の身に憧れた。そうだったら、今すぐ道路に飛び出してお空の上で二児の母なのに。

その誘惑は、私の冷静な部分と混ざり合って耐え難い苦しみとなった。
ならばいっそ思い切ってみようか。しかし実行したら何が起こるのかまで想像してしまい二の足を踏んだ。訳が分からず、情けなかった。きっと残される人々に折り合いを付けて貰わなければならないからだと思った。そこは気を遣うべきだったと納得感のある消失を考えた。不可抗力だろうか。やはりこの苦しみから解放されるには人に頼るしかないのか。ああ今まさにこの世のどこかで事故に遭わんとする人、心の底から変わってあげたい。
きっと世界は優しいよ、穏やかに楽しく過ごしてねと願った。そして気付いた。ああ私は死にたいのでは無く穏やかで楽しい気持ちになりたいんだなと。誰かに優しくされたいんだなと。

通り魔に出会ったら、座って話くらい聞いてやりたい気分になった。そして私の話も聞いて欲しいと思った。

お墓まで、あと半分くらいだった。

2023年10月8日公開

© 2023 伊藤エイミ

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