伊藤エイミ

小説

835文字

「パチンコとシーシャ?もう、お前が死ねば良かったのに。」2

【3】
カウンセリングから妊娠判定日に至るまでは機械的でスピーディーだった。
医者が知りたいことは全て採血が答えた。
待合室はいつも患者が沢山いた。9時間待たされても平気だった。ららぽーとのほうがよっぽどつらかった。

むしろ発育が良いと言われていた胎児の成長が止まったのは9週目の事だった。
あっ叫ぶ、と思ったら、ぬっとナースが入ってきた。驚くべき手際の良さであっという間に処置され、叫び損なった私は正気に戻ると自宅リビングでパートナーの帰りを待っていた。手術の翌日の夜だった。

都内、予約制、焼肉、先輩、すぐ帰る。そういう内容を言い訳のように話して申し訳なさそうに出て行く背中を見送った記憶があった。しかしそれは仕方のない事だと思った。私も早く普段の生活に戻るべきだ。
でも、今夜帰ってきたら、もう一度だけ泣かせてもらおう。私はまだ、叫んでいないのだ。口に胸を押し当てて、優しく撫でてくれるだろう。そして一緒にシャワーを浴びて、油の匂いがする服を手洗いしてあげるのだ。その間に私の髪を丁寧に乾かしてくれるはずだ。そうすればもう一度立ち上がる事が出来るだろう。ああ、あの時、打ち明けて良かった。そうやってひとりの夜をやり過ごそうとしていた。

【4】
結論から言うと男は帰ってこなかった。
最終に乗ったとしてもとっくに帰宅している時間をさらに一回りした時、天秤にかけられ切り捨てられたのだと気が付いた。例えば軽い口約束ならその場の気分で反故にする癖のある男だった。つまり遊びに出てしまうとその後の展開はあてにならないのだ。昔からそうだった。普段は気にしていない。しかし、今夜は少し、事情が違う。術後の妻が、昨日胎児を失った妻が、一分一秒毎に精神の淵に近づいていた。痛みに寄り添えるのは世界でただ1人だけだった。私は怖くてたまらなかった。今夜は今夜は今夜はと呪いのように繰り返し呟いた。そして電話をかけた。
食後すぐ帰宅するはずだった男は、なぜかシーシャバーにいた。
母に会いたくてたまらなかった。

2023年10月8日公開

© 2023 伊藤エイミ

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