超短編小説「猫角家の人々」その28
8成年後見人制度が発足して当初、制度を悪用した「着服」のほとんどが、親族によるものだった。つまりは、最初の頃は、親族が成年後見人になれば、親の財産を盗み放題だったということになる。ということは、親の財産を早く使いたい馬鹿息子と組めば、資産家の認知症のお婆ちゃんの金を取り込めるではないか。馬鹿息子と折半になるかもしれないが。
「だったら、養子縁組で息子になってしまえば、資産家の財産を取り放題ということじゃないの?」
理論上は、そういうことになる。まずは、養子縁組で、根田切さんちのお婆ちゃん74歳の息子になりすます。そして、次にお婆ちゃんの成年後見人になる。おばあちゃんの財産を次々と換金して盗み出す。役所への成年後見人としての報告の期限が来る前に、お婆ちゃんには、老衰であの世に行ってもらう….。死んでしまえば、役所への報告は不要になる。お婆ちゃんが死んだあと調べに来るほど、役所も暇ではない。カリウム注射で殺しても、滅多なことでは検視なんかには回されない。血液検査されたら、一発でアウトだが….。ほぼ、完全犯罪である。
しかし、大前提は、お婆ちゃんと養子縁組ができること、文句を言う親族がいないこと、あとから財産分与を主張する煩いのがいないことである。そういう「金の卵」お婆ちゃんを見つけ出せないと、何も始まらないのだ。
こんな養子縁組手口も実際に行使されているであろう。養子の役を演じる共犯者が一人いれば、何年か掛けて、このプロジェクトを熟成できる。保険金詐欺も絡めて。しかし、親族による成年後見人制度を悪用した財産着服が社会問題化した。裁判所は、親族による後見人申請の審査を厳しくした。代わりに、弁護士、司法書士、介護士による申請を奨励した。結果、成年後見人の半分以上が「親族以外」となった。
そして….呆れたことに、弁護士、司法書士、介護士による「着服」が激増した。主に司法書士の荒稼ぎの新たなフィールドとして、介護分野が俄かに台頭したのだ。まったく、汚れきった世の中である。犯罪予備軍はどこの社会単位でも、すきを見てつけ入ろうと機会を覗っているのだ。弁護士すら信用できない「世も末」状態である。
日本弁護士会は、所属弁護士による「後見人犯罪」が多発したために、緊急指示を各弁護士会に出した。後見人による家裁への業務報告が遅滞なく漏れなく行われているかを確かめるように。だが、そんな通達がだされたということは、現状では、後見人犯罪を監視する術などないに等しいということだ。日弁連がいくら、建前論を振り回しても、拘束力のない通達など、何の歯止めにもならない。愛知弁護士会の「不祥事記録」を閲覧してみたい衝動に駆られるのも、無理はない。
専門家は、「市役所などの行政機関が監督する立場に加わり、不正を防ぐ態勢を早急に整備すべきだ」と問題点を指摘している。ということは、現状では、地方自治体も、全く、不正防止の手立てを打っていないということだ。詐欺師のやりたい放題状態。悪が蔓延るに最適の湿度と温度の環境が揃っている。饐えた悪臭が漂ってくる。
もっとも、「後見人犯罪」という新しい裏社会稼業の世界を切り拓いたのは、弁護士よりも先に司法書士だったのであるが。(続く)
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