ファミリーレストラン・パニック!

巣居けけ

小説

3,031文字

決行デス? なんと、殺害計画の話か?

女医のペンウィーはファミリーレストランにて全てのドリンクを混ぜ合わせた暗黒の飲み物を作り上げる人種である……。ただしここで注意すべきなのは、その幼稚な行為をペンウィーの場合は成人してからも楽しく続けているということだ……。
「プレゼント・フォー・ユー」

いつもの白衣の下に空色のシャツを着、下には黒の長ズボンに群青色のスニーカーを履いた黒のウルフカットのペンウィーは、全てのドリンクバーを混ぜ合わせた暗黒の飲み物を、たまたま近くを通り過ぎた店員に渡した。円柱の硝子の容器の中には、濁った抹茶のような色の液体がなみなみに注がれていた。
「結構です」
「決行デス? なんと、殺害計画の話か?」
「いらねぇって意味だよ」

店員は鋭く吐くとそのまますたすたと去って行った。
「ふむ。しかたないな」

ペンウィーは首を傾げてながら、遠ざかっていく店員の桃色のタイトスカートに包まれた豊満な尻を眺めつつ、手持ちの容器を口に付けて傾けた。なぜかどろどろになっている液体が口に流れ、喉を通って苦い味を演出していった。
「おえ! 不味いっ!」

ペンウィーは口内に現れたその異様な液体を勢い良く吐き出した。鯨の潮吹きのように、飛沫になった液体が店内の床に飛び散って濡らした。

ペンウィーはぬめめった床に足を取られて滑っている客を無視して、慎重に自分の席に戻った。
「む?」

穴が開いていた。

ソファーのようになっている自分の席に隣接している、他の席と隔てるための茶色い壁に、人間の眼球ほどの大きさの穴が開いていた。ペンウィーは席に座って穴を覗いた。片目で先を視ると向こう側がよく観察できた。こちら同様に座席になっている向こう側には二人の男女の客が居た。

客たちはテーブルに置かれたハンバーグ・プレートにフォークを突き立てながら喋っていた。
「大根だよね……」
「うん」
(大根……? 大根食べたの?)
「それから卵」
(卵っ? 大根と卵? おでんかっ! おでんの話してんのかっ!)
「それから焼きおにぎり」
「そうそう」
(焼きおにぎり……? おでんのお供に焼きおにぎりのタイプ?)
「おい」

すると後方で声がした。ペンウィーは勢い良く振り返った。
「あんた誰っ?」
「脆弱なトロッコ、あるいはカーテンそのもの」

大きな口を開いて叫んだのは、ランニングシャツと迷彩柄の長ズボンに、黒コートを羽織った帯刀の黒花園未加だった。園未加は漆黒のおかっぱ頭を震わせながら、ペンウィーの横に座った。
「どうして座るんだ?」
「あんたこと、どうしておれの隣に居る?」
「まあ良い。どうせなら一緒に食事をしよう。さあっ、メニューをっ!」

ペンウィーが叫ぶと、園未加が壁際にあるメニュー表に手を伸ばした。葉書ほどの大きさのメニュー表は観音開きになっており、さまざまな食事の写真が敷き詰められていた。
「あんたは何にする?」

園未加がメニューを睨みながら訊ねた。するとペンウィーは園未加の方に顔を寄せた。その瞬間ペンウィーのウルフカットの毛先が園未加の鼻孔に触れ、くすぐったさが園未加を襲った。間もなくして園未加は大げさなくしゃみをした。大きく開かれた口から肌色の痰が飛び出し、メニュー表の中央に音を立てて飛び散った。
「あーあ。これじゃあもう何も頼めないよ……」

ペンウィーががっかりしたような声色で両手をくるくると回した。
「いいや……、まだだっ!」

園未加がメニューをたたみ、壁際の店員呼びだしボタンを勢い良く押した。途端に一般住宅のチャイムのような音と、女性の甲高い悲鳴が混ざった音が響き、暇を持て余していた店員が、餌を見つけた猛禽類のような目をして近づいてきた。
「ご注文はっ?」
「厳かなカーテン、あるいは電波塔に伸びるトロッコの柱」
「オレンジ・ジュース」
「へい! かしこまりぃっ!」

店員は軍隊のような勢いの良い返事をして去って行った。
「なんとか乗り切ったな」

ペンウィーが持久走を完走した大学生のような声を出した。
「そうだな……。む?」園未加がペンウィーの方にある壁に出来ている穴を見つめた。「これは……?」
「おでんの食べ方さ……」
「そうか……」
「へい! ご注文のものですっ!」

すると店員がローラースケートでやってきた。大きな瘡蓋がプリントアウトされた円形のお盆の上に乗せられた二つの商品を、それぞれペンウィーと園未加の前に置いた。ペンウィーのところに来たのは純正なオレンジ・ジュースだったが、園未加の前に出されたのは紫色のハンバーグ・プレートだった。
「すみません。これはなんですか?」

園未加は店員の達磨のような顔を見て質問した。
「いい質問ですね」店員は大学教授のような声だった。「それは港に伝わる最強の一角、そして点数まで届く立体的な腋毛の紫色です」
「まるで専用のようだな」ペンウィーが咳きこみながら瘡蓋を演出してやった。「理解のある彼氏と、それの出現の確率によって得られる数学的な検証だ……」
「そうです!」店員が飛び跳ねた。着地をすると辺りに埃とゴキブリの右脚が散った。「これらは全て電子的な創作の中で生まれて、それからただの冷水のように成長し、次世代の王と国家とヘルメットの役割を担っているのです!」

店員は海軍のような敬礼をしてから去って行った。
「あんたの方は?」

園未加は女子高校生のような声で訪ねた。

ペンウィーは何も言わずにオレンジ・ジュースに刺さったストローを持ち上げた。それは虻の眼球のような色で、香りは海外製の色彩の強いグミだった。
「これは……」ペンウィーは抜き取ったストローの先端を視た。それはオレンジ・ジュースでしとどに濡れていた。「濡れてるなっ!」

ペンウィーはストローをオレンジ・ジュースの中に叩き落すと店員呼び出しボタンを連打した。辺りに一般住宅のチャイムと女児が重機で潰される時のような音が混ざった音が鳴り響いた。
「どうされましたかっ!」

店員がローラースケートでやってきた。先ほどの達磨のような容姿の店員だった。
「これは濡れているじゃないか!」

ペンウィーがストローを店員に突き出した。その反動で先端に付いていたオレンジ・ジュースが飛び散り、店員の右頬に付着した。その途端店員に変化が現れた。オレンジ・ジュースが付着した位置がすぐに陥没し、そのままへこみは顔面の全体に広がっていった。じゅわじゅわと音を立てて顔面はものの数秒で完全に溶けた。中の白い頭蓋骨が露出し、それはすぐに音を立てて頸椎の位置で折れた。床に落下した頭蓋はその衝撃で割れた。落下した硝子製の食器のような様子だった。

店員の身体は顔面同様に崩壊していった。それは店員の肉体と衣服が溶けているようだった。首がどろどろに溶け、肩にまで達するとそのまま両腕が同じ速度で溶けていき、指先まで到達すると五指の骨が千切れて床に落下して粉々になった。胴体も簡単に溶け、それは腰まで進むと肋骨がばらばらに砕けて落下した。股関節が露出すると足だけになった身体が右にバタンと倒れ、足が溶けていった。見えてきた骨はまず全体に高速でひびが入り、それを目印に砕けて粉々になった。
「どういうことだ?」

園未加が粉になった店員を見下して、誰に質問するわけでもなく呟いた。
「それが彼の運命だったんだ」

ペンウィーがオレンジ・ジュースをストローは使わずに直接啜りながら答えた。
「あんたは医者だろう?」園未加がペンウィーの方に振り返って叫んだ。「これはなんていう病気だ?」
「全身溶解症候群」

ペンウィーがオレンジ・ジュースを飲み干しながら叫んだ。

2023年5月15日公開

© 2023 巣居けけ

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