「……君は」
全く、見知らぬ女子中学生にこんな事を聞く自分も異常者だ。
「ああ、そっか。確かに名前言ってなかったね」
そう言うと少女はようやく僕から手を離した。部屋の中にあったソファに彼女は座った。スカートの丈が短いからか、座ると下着が見えてしまいそうでハラハラする。
「ボク、西馬琴葉。自殺同好会の会長。……おにいさんは?」
まだ男の味も知らなさそうな女子の口から物騒な言葉が発せられると、違和感を覚えた。僕は馬鹿正直に、自らの正式な名前をその娘に伝える。
「……牛宮楠雄
「うしみや? 可愛い名前。牛さんだね。もー」
その娘はそう言うと、頭に人差し指を二本添え、牛の真似をした。
「……」
「で、ボクが西馬だから、お馬さん。へへへ、ボク達まるでお盆の馬と牛みたいじゃない?」
その娘はそう言いながらニコニコ笑みを浮かべた。本当にこの少女は自殺志願者なのだろうか。
……いやもしかすると、この少女の笑顔の裏には壮絶な過去が隠れているのかもしれない。
小さい子供は自分を隠すのが案外上手だ。
「……にしてもおにいさん、こんな女の子をビルに閉じ込めるとか、やばいね。……つうほう、しちゃおっかなあ」
そう言うと少女はピンク色のステッカーだらけの最新スマホを取り出し、一一零と番号を打つ。
「あっ・・・・・・」
僕は自然と声が出た。……だが僕は何も出来ていない事に気が付いた。
すぐにでもあの少女に飛びかかり、力ずくで阻止する事も出来ただろう。……だが僕の身体は動かなかったのだ。
身体は前に進もうとする。だがそれを誰も知らない神様が止めるのだ。
何も出来ずにただ冷や汗をかいている僕の様が面白かったのか、じいっとその少女は僕の顔を見ながら、やがて口に手を当て笑い出した。
「あはは! おにいさん面白いね。そんなに通報されるのが嫌なら、力ずくで止めたらいいのに。何も出来ずに固まったまんま!!」
心底イラつく様な顔を僕に見せながら、その少女は僕を嘲笑う。普通の人なら怒るくらいはするだろう。だが未だに僕の身体は動かずにいて、何も少女に言えずにいた。
散々笑い終わると、彼女は僕に呟いた。
「……でも、おにいさんのそんなとこ、ボク好きだよ。こんな酷い事言われても、許してくれるんだもん」
そう言うと少女はまるで恋する乙女の様な恥じらいを含めた笑顔を見せた。その笑顔を見た時、不覚にも僕はどきりと心臓が高鳴った。
「……あまり大人をからかわないでくれ」
「あはは。……おにいさんには似合わないなあ、そのセリフ」
本当に不思議な少女だった。時には年相応のお転婆少女でもあり、時には僕よりずっと前から生きていて、全てを見通している仙人でもある。
こんな事が社会的に認められないのは分かっている。だが僕は何故かこの少女……西馬琴葉に心惹かれるのだ。
「こっちおいでよ、おにいさん。おにいさんの話、聞きたいな」
「……ああ」
僕は少女の何とも言い難い、柔らかい覇気に促され、おずおずと少女の横に座った。固いソファだ。
「紅茶入れてくるね」
少女はそう言うとソファから立ち上がり、奥の方へ向かう。じっとその様子を見ていたのがバレたのか、僕の顔を見ると、不気味な笑みを浮かべ言った。
「……心配しなくても睡眠薬とか入れないよ」
その表情に背筋がぞくりと震えた。……いつか入れられるかもしれない。彼女ならやりかねない。
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