病院ベッドに寝かされた彼女の脈拍が急速に上がってきている。回復は絶望的だと言われていた彼女の生命が、再び灯ろうともがいている。
「すみません! 彼はどうしたんですか!」
ベッドの傍らに佇んでいた彼女の恋人の女は、病室に慌てて入室してきたペンウィー・ドダーに迫った。
「うるさい!」
しかしペンウィーはそんな恋人を吹き飛ばし、ベッドの上で意識を薄っすらとだが取り戻した彼女に目をやった。
「先生! どうしますか!」と助手の一人が訊ねる。その声は露骨に上擦っており、緊張しているのがわかった。
「とりあえずバイタルを確認しよう。話はそれからだ……」
「了解!」
後から入ってきた二人の助手を含めた三人が同時に声色を揃えて叫んだ。
「先生! 彼女は治りますか! どうなんですか」
「ああ。レントゲンさえ撮れればなんとかできるさ……」
ペンウィーは丁寧な口調で恋人をなだめた。興奮している恋人は両肩で呼吸をしながら近くの丸椅子にへなへなと座りこんだ。
「先生! バイタル正常! 彼女は生きています!」
「見ればわかるよ。では放射線室に連れて行こう。君も来てくれ!」
ペンウィーは彼女が寝ているベッドに手を伸ばし、三人の助手と共に押して病室から出した。
長い廊下を渡り、五人と一人は放射線室にたどり着いた。重い引き戸を引いて室内に入ると、すぐに天井から垂れさがっているレントゲン撮影用のカメラの前に彼女を置いた。ペンウィーはそこで彼女の着ている浴衣を取っ払った。すると彼女の真白い素肌が露出し、レントゲン・カメラのレンズに反射した。ペンウィーはそんな彼女の肌をゆっくりと指先で撫でた。それは愛撫だった。ぷにぷにとしている肌を堪能すると、ペンウィーは満足したような顔をしてコントロール室へ向かった。
ペンウィーは誰よりも患者の味方でいたいのだ。コントロール室の電源を入れ、レントゲン・カメラの撮影ボタンを押す。すると部屋中に重低音が響き、撮影が終了した。
「ふむ……。我々はいよいよ新しい医療技術を手にするべきなのかもしれないな」と小さく呟きながらコントロール室から出たペンウィーに、恋人は混乱顔で迫った。
「先生! どういうことなんですか? 彼女はどうなんですか?」
「まあ待て。写真がしっかりと表示されるまで少し時間がある。それまでお茶でも飲んでいよう」そしてペンウィーは壁際で佇んでいる助手の一人に目をやる。「君、君。紅茶セットを持ってきてくれるかい? それと新作の粉も」
「インスタントなんですね」
「私は新鮮な茶葉が嫌いなのでね」
助手は二分で紅茶セットを持ってきた。すでに紅茶が入れられているポットに、三つのカップが一個の箱に入れられた、この病院の全ての主治医に支給されるものだった。
走ってきたようで、息を切らしていた。その荒い犬のような呼吸がペンウィーは気に入らなかったようで、紅茶セットを受け取った途端、その頭を殴りつけた。助手は主治医の一撃を食らい脳震盪を起こし、その場に倒れてそれ以降動かなくなった。
「死んだの?」
「君が思うなら、そうだ」
ペンウィーは右手の紅茶セットをテーブルに置き、恋人を手招きして座らせた。そして自分も椅子に座ると、近くのベッドで寝そべっている彼女のことを眺めながら紅茶を飲み始めた。
「君も飲みたまえ。旨いぞ」
「は、はいぃ……」
恋人は紅茶のカップに口を付けた。そして中の尿のような色の明るい液体を啜った。
「旨いか?」
「は、はいぃ……」
恋人はそれから二口で紅茶を飲み干した。ペンウィーは五口使いゆっくりと飲み干し、カップを置くと立ち上がった。
「さて、そろそろ写真が出来上がっているころだ」
ペンウィーはコントロール室に入った。中央に写真生成装置が置かれていた。洗濯機のような長方形で、前方に写真が出てくるための溝があった。
「どこからどう見ても、これってコピー機だよなぁ……」
ペンウィーは独り言ちながら生成装置から飛び出ている写真を摘まんで引っ張った。写真はビリビリと音を立てながら装置から分裂した。
「よし。レントゲン写真完了っ!」
ペンウィーは叫びながらコントロール室から出た。
コントロール室入り口付近には恋人が突っ立っていた。彼女の容態が気になってしょうがないようだった。ペンウィーはそんな恋人に迫り、無言でレントゲン写真を突き出した。
「これが真実だ」
「わかりません……」
「わからない? では説明しよう」
ペンウィーは紅茶を飲んだテーブルに腰掛け、写真を広げた。天井の白い光が写真に反射し、てかてかと輝いていた。
「いいかい? この黒い位置が患部だ。これはおそらくブラックホールだ。そしてブラックホールとは何か? 伸縮自在の全てを飲み込む悪魔だ。だからこそ黒色なんだ。ブラックホールは光をも飲み込むんだ。わかるか?」
「はい。ですが、そんなものが恋人の中にあるという事実が、わかりません」
ペンウィーは立ち上がった。「わからない? ならおしえてやるっ! こういうことだよ!」
するとペンウィーは恋人の頭を掴み、まだ熱々の紅茶が入っているポット目掛けて勢い良く振り下ろした。ガシャン、という音が鳴りポットが砕け、中の紅茶が恋人の顔面に触れた。熱湯にも負けない温度の紅茶は恋人の皮膚を熱し、激痛を与えた。
「ほらほらっ! わかるか! こういうことだよバカタレ!」
ペンウィーは恋人の頭をぐりぐりと動かしてテーブルに擦り付けた。恋人は呻き声を漏らしながら手をばたばたとさせて抵抗したが、ペンウィーの圧倒的な腕力はそれを無に帰した。
「わかったか! わかったか! わかったか!」
「はいぃ……。わかりましたペンウィー様」
恋人が悲鳴混じりに叫ぶと、そこでペンウィーはようやく手を放した。
「わかったならいい。では君は今後、私の恋人として振る舞うように。いいね」
「は、はいぃ……。え?」
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