転生したら五秒でラスボス

合評会2022年09月応募作品

諏訪靖彦

小説

3,680文字

2022年9月合評会参加作品。お題は「異世界転生」。

 

巨躯を覆う甲冑に放射状の亀裂が走る。細かい欠片となった甲冑は火山口から漏れ出すマグマに照らされ、鈍いオレンジの光を反射させながら火成岩の上にバラバラと落ちていった。

「私の本当の姿を見るがよい。お前は私の姿に恐れ慄きながら死んでいくのだ!」

剥がれ落ちた甲冑の中から現れたのは六本の腕と黒く筋張った羽、昆虫の腹に似た胴体、そしてそれらを支える巨木のような二本の足が大地を踏みしめている。六本の腕にはそれぞれ湾曲した剣が握られ、こちらを挑発するようにゆっくりと上下に動いていた。

俺はいきなりこんなヤツと戦うのか? 白く霧の掛かった場所で目が覚めると、どこからともなく現れた長い白ひげの老人に「この世界を救ってください」と頼まれ、「はい、私がお役に立てるなら」と答えた。そう答えたが、霧が晴れたら火山口近くにいて、いきなりラスボスっぽいヤツと対峙している。俺は沢山の小説を読んでいる。いや、ここに来るまで沢山の小説を読んでいた。そのほとんどが異世界転生ものだったから、直ぐに自分が異世界に転生したのだと気づいたし、この世界を救ってやろうとも思った。しかし、転生して五秒でラスボスと戦わなければならないとは思っていなかった。現実世界では役に立たない特技が転生先ではチート級に有用だったり、見習いサキュバスとイチャラブしたり、助けた村からハーレム的接待を受けたりしながら次第に仲間が増えていき、個性的で魅力的なパーティでラスボスと戦うことになると思っていた。だが、ここにはラスボスを除いて俺しかいない。

「どうした? 攻撃して来ないのであれば、私から行くぞ!」

ラスボスは六本の腕を上下に動かし、蝙蝠のような羽をバタバタさせながら近づいて来る。これはもう戦うしかないだろう。もしかすると俺は既に強大な力とラスボスを倒すことが出来る伝説の剣を手に入れた状態でこの世界に転生してきたのかもしれない。そう考え視線を右手に向ける。しかし、手には何も握られていなかった。それどころか右腕に何やら管みたいなのが刺さっている。その管の先を目で追っていくとビニルパックに入った点滴液に繋がっていた。点滴液は金属製のスタンドの下にぶら下がっていて、スタンドの足には点滴をしたまま移動出来るゴロゴロが付いている。武器だけではない。ラスボスの攻撃に耐えうる防具も装備していない。重厚な鎧を着ているわけでもないし、アテナの顔を模した盾も持っていない。身につけているのはベージュ色の薄い服、転生前に着ていた入院服だ。こんな装備でラスボスを倒せるわけがない。そう考えている間にも、ラスボスはどんどん近づいて来る。うしろに振り返るが数歩先が崖になっていて逃げ場はない。どうする? どうすればいい?

「うわああああ」

俺は右腕に繋がった管を引きちぎり、スタンドから点滴液をもぎ取ってラスボスに投げつけた。

 

気が付くと霧が立ち込む場所で仰向けに寝ていた。俺はラスボスに勝てなかった。ワンチャン点滴液が聖水的な何かの可能性に掛けて投げつけみたが、何一つ効果がなかった。ラスボスは点滴液を払いのけ六本ある腕を器用に使って俺の身体をバラバラに切り裂いた。ラスボスが持っている剣は切れ味が悪く、ブチブチと筋肉や健を引きちぎりながら俺の四肢を切断した。剣を動かすたびに壮絶な痛みが襲い、首をちぎられると同時に俺は意識を失った。しかし、またこの場所で目を覚ましたということは、あの戦闘はRPGによくある強制負けパターンだったのかもしれない。そう考えていると、長い白ひげの老人が俺を見下ろしているのに気が付いた。

「世界を救えなかったようですね」

「ええ、装備が貧弱で全く敵いませんでした」

「そうですか、次頑張ってください」

俺が「えっ?」と返すと同時に老人の姿が見えなくなり立ち込めていた霧が晴れた。そして視界がオレンジ色に染まる。近くでバラバラと何かが落ちる音がすると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「私の本当の姿を見るがよい。お前は私の姿に恐れ慄きながら死んでいくのだ!」

前回と一字一句同じだ。前回やられたのは強制負けパターンなどではなかった。これはループだ。また転生したら五秒でラスボスだ。俺は取り敢えず起き上がろうとするが体が動かない。顎を下げて自身の体を見ると、拘束具のようなもので両手両足が火成岩に打ち付けられている。今回は装備どうこうの問題ではないようだ。立ち上がることすらできない。この状態でどうやってラスボスと戦えばいいのか。

「どうした? 攻撃して来ないのであれば、私から行くぞ!」

どうしたもこうしたもない。だって動けないのだから。俺は相変わらずベージュ色の入院服を着ているし、今回は聖水的なものも持っていない。それどころか拘束具で地面に固定されている。一応手足をバタバタと動かしてみるが拘束具が関節を締め付けるだけで外れそうにない。これではラスボスと戦いようがない。今回も俺はラスボスに殺されることになりそうだ。そして殺されたあと霧の中で目を覚まし、そこにいる長いひげの老人が俺に世界を救ってくれと頼んでくるのだろう。このままでは無間地獄に落ちてしまう。どうすればいい? 前回と今回の違いはなんだ? 考えを巡らせていると、仰ぎ見るオレンジ色の空にラスボスの姿が入り込み俺の右腕をブチブチと切り刻み始めた。俺は叫び声をあげる。

都立松永病院閉鎖病棟の病室に鍵は掛かっていない。入院患者は病室を出て自由に出歩くことが出来る。だがそれは閉鎖病棟の中に限っての話だ。閉鎖病棟の外に繋がる扉には何重もの鍵が掛かっており、患者は自分の意志で外に出ることは出来ない。出来ないはずだった。

「先生、諏訪さんの姿が見当たりません」

朝の往診に向かう髙井医師のもとに小走りで近づいて来た女性看護師が言った。髙井医師は立ち止まり看護師を見て言葉を返す。

「どういうことだ? 昨日の一件でベッドに縛り付けていたはずだろ?」

「ええ、そうなんですが、朝にはおとなしくなっていので、食事の時間に拘束具を外したんです。そしたらちょっと目を離したすきに病室からいなくなってしまって……」

「病室にいなくても病棟内にはいるはずだ。ちゃんと探したのか?」

「私が探せる範囲では探したつもりです。ただ、大きな声で諏訪さんの名前を呼んで探すことは控えました。諏訪さんは突拍子もない行動をとるので、いなくなったと知ったら他の患者さんが不安がりますから」

看護師がそう答えると、いつの間にか二人の近くに寄って来た長いひげを生やした年配の患者が右腕を上げて通路の先を指さした。患者は二人の会話を聞いていたようだ。

「すわくん、あっち」

「ん? なんだって?」

髙井医師は患者に聞き返す。

「すわくん、あそこからそとにでていった。きゅうしょくのおにいさんといっしょにでていった」

薬剤性ジストニアでプルプルと震える患者の指さす先、通路の一番奥まった場所に食事を搬入する扉がある。そこで配膳係の男性職員が大きなカーゴに乗った食器を運び出していた。髙井医師は患者から離れ急いで搬入口に向かう。そして配膳係に言った。

「患者がここから外に出るのを見なかったか?」

配膳係は訝しげな眼を髙井医師に向ける。

「ありえませんね。その辺は凄く気を使ってますから。毎回沢山のカーゴを出し入れするけど、そのたびにちゃんと鍵を掛けているので。というかオートロックです」

「他に何か変ったこともなかったか?」

髙井医師は配膳係が手を添えているステンレス製のカーゴに目を向ける。カーゴは上下に段になっており、上の段にも下の段にも堆くの食器が積まれていた。

「ああ、そういえば」

カーゴを見つめる髙井医師を見て配膳係が思い出したように言った。

「そういえばなんだ?」

「一つ凄く重いカーゴを運び出しました。たまにあるんですよね、せっかく作ったのに食べてくれない患者さんが大勢いて残飯を入れる寸胴が重くなることが。患者さんたちに美味しい食事を提供しようと努めてはいるんですけど」

「そのカーゴはどこに運んだ?」

「どこって、そりゃ一階の厨房ですよ。残飯の処理や患者さんたちが使った食器を洗わなきゃならないですからね」

髙井医師は配膳係に「ありがとう」と言って扉を抜け、搬入用エレベーターに乗り込んだ。そして一階のボタンを押す。カーゴの下の段は人が乗れるほどのスペースがある。朝の忙しい時間だ、患者が残飯や食器の間に紛れてカーゴに乗っていても配膳係が気付かなかった可能性が有る。もし彼が厨房に向かったとしたら危険だ。厨房にはここに入院している患者が絶対に手にしてはいけないものがある。髙井医師はその心配が杞憂に終わればと願いながら一階に着くのを待つ。そしてエレベーターの扉が開いた。

「私の本当の姿を見るがよい。お前は私の姿に恐れ慄きながら死んでいくのだ!」

三回目の異世界転生でもやはり五秒でラスボスだった。しかし、前回までとは違う。俺は肉切り包丁を両手で握り、ラスボスに向かって行った。

 

 

 (了)

 

2022年9月19日公開

© 2022 諏訪靖彦

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"転生したら五秒でラスボス"へのコメント 10

  • 投稿者 | 2022-09-22 20:18

    ラスボスといえば、第二形態、第三形態ですが、このボスはどうですかね?第二、第三で殺されたら、また第一からやり直しになって、大変ですなー。肉切り包丁以外にも装備の充実、仲間をなんとかしたいですな。

  • 投稿者 | 2022-09-22 21:54

    靖彦さんがこんなことになってしまうとは……。
    ちゃんとお題に沿っている上で面白かったので星5! と私界で絶賛されています。
    そういう話ばかり読んでいるので幻覚または夢オチとは思いましたが、嫌な余韻の残るゾッとする良いラストでした。

  • 投稿者 | 2022-09-23 23:49

    実は狂人の主観でしたというのはたぶんベタなのだろうとは思いますが、ストーリーテリングが巧みで全然気になりませんでした。最後わちゃわちゃ書き込まず三行で終わるのがいいですね。そのへんの技量が自分にはありません。巧いです。

  • 投稿者 | 2022-09-24 00:20

    妄想内で異世界転生している患者という設定をまっとうに書いている。文章が整っていて読みやすい。私は先日Juan氏にそっくりな若い警官を見かけたが、髙井医師というのも悪くない。

  • 投稿者 | 2022-09-24 14:53

    うわー、ヤバい、ヤバい、とつい叫んでしまった。面白かったです。
    タイトルも笑えますが、戦闘シーンのアンバランスさとか、「そうですか、次頑張ってください」とか「どうした? 攻撃して来ないのであれば、私から行くぞ!」とか無駄に期待されているセリフがまた笑いのポイントでした。
    高井医師は爆薬を隠し持っている可能性があるので、最後は相打ちかもと思いました。

  • 投稿者 | 2022-09-26 10:43

     平易な文章で過不足なく描かれており、ゲームの世界に詳しくない者でも情景が浮かぶ。時系列を守り、視点の変更も場面転換に合わせているので読んでいて混乱がない。結末に特にカタルシスはないが、掌編は気楽に異世界を楽しめることが肝心であり、それができている。配膳カーゴ、最初の戦いのときに登場させて、それを盾にするか乗って逃げるかを考えたが無理そうであきらめた、みたいな形で登場させておけば、後半の脱走のくだりから唐突感を消せると思う。

  • 投稿者 | 2022-09-26 11:13

    統合失調症の妄想といきなりラスボスをつなげるアイデアが秀逸です。諏訪さんがラスボスだと思って向かっていった先は高井医師?

  • 編集者 | 2022-09-26 12:50

    All you need is killを思い出しました。あれは完全にSFですが、病院という現実空間とファンタジーが結びつくことで幻想的になる発見がありました。

  • 編集者 | 2022-09-26 16:39

    髙井医師、相当勉強して医師になり、また素晴らしい熱意で精神医療の道を選ばれたのだと思う。こう言う人を盛り立てていかなければならない。それはそれとして開かれた精神医療と言うものに一石を投じる素晴らしい作品だった。拘束していれば解決なのか?違う!そう言いたいのだ、この作品は。

  • 投稿者 | 2022-09-26 16:54

    流石出題者、星5つです。4回目の転生ではどんな工夫をするのか、妄想したくなりますが、凡人の余計な提案など蛇足でしか無いですね。

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