きまって道のまんなかを歩きなおかつ対向してきた人をよけない人っているよね。むつきがまさにそうだった。僕の統計によるとそういう人はかならずといっていいほど「溺れていることを自覚できずに死ぬのはさけられないとしてもオフィーリアのように仰向けで死ぬのと手引書どおりうつ伏せで死ぬのでは『生』の意味が正反対。すなわち体が自分のもので魂は借りものだってこと!」っていうようなツイートするからスルーしてあげて。
で、そんなむつきと同属の人、つまりいつの時代も一定数存在するきまって道のまんなかを歩きなおかつ対向してきた人をよけない人だと思われる人とむつきはクラッシュしたんだけどさ、僕が思うに、むつきはその人とクラッシュするために高尾山にきたんじゃないかなあ必然的偶然、あるいは偶然的必然ってやつ。
むつきがクラッシュした相手はおばさんだった。日本中どこにでもいそうなおばさん。そのおばさんの特徴をあげると白字で胸に〈カリフォルニアロール〉と書かれた黒いコーチジャケットを着てたってことくらいかな。
カリフォルニアロールおばさんとむつきは正面衝突した。その光景はまるでアメリカンクラッカー。ふたりは等速だと推測される速さで後方にはじけとんだ。
ティルト・シフト・グラスのようなおもしろくない創作物があまた存在するようにおもしろくないクラッシュもあまた存在する。例によってむつきとカリフォルニアロールおばさんのクラッシュもおもしろくなかった。というのも、おたがいうやうやしく頭をさげてなにごともなくその場は終わってしまったのさ。同属どうし共鳴して連絡先を交換することもなかったし、またトラブルにも発展しなかったってわけ。まあフレンドになるのは考えにくいとしても、のぼる人とくだる人のあいだでトラブルに発展するのってじっさい稀なのかもね。たいていの場合バトルはのぼる人同士くだる人同士のあいだで起こるものなのかも(逆にフレンドになるのも)。
むつきのような性質の人間はえてして「くだる」という作業が不得手だってことはさておき、彼女はカリフォルニアロールおばさんとクラッシュしたあともまるでなにか助走をつけているかのように山道をくだっていた。彼女がそうしていたのは僕に「そんなもんかい?」と指摘されたくなかったからだ、たぶん。
そんなこんなで階段のあるとこにさしかかり僕とむつきはおしむことなくその階段をおりた。のぼりでもくだりでもその階段で一度もころばなかったむつきに僕は嫉妬をおぼえ、で、薬王院に着いた。
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