東京ギガストラクチャー (三十三)

東京ギガストラクチャー(第34話)

尾見怜

小説

4,298文字

もうよくわからないくらいさむいですね。。

二〇六七年十二月、俺が山口にまた戻って二年経った。アオイは俺の前から姿を消し、連絡もつかなくなった。
俺はまた、山口で自給自足の生活に戻っていた。
なにもかもが静かになり、整理されていた。
ニシキやアオイのことを考えながら、日々を消していた。

珍しく雪の降る日に、金剛が俺の小屋を訪ねて来た。誰も連れずにひとり、頭とコートの肩にたくさん雪をのせていた。俳優のようだった顔には疲れが見えた。落ちくぼんだ眼は落ち着きなくきょろきょろと動いた。なにか薬をやっているようだ。
俺はニシキのこと思い出した。あいつが来たのもこんな雪の降る日だった。
「在日米軍が日本から完全に撤収したよ」
今や与党幹事長と官房長官代理を兼任している金剛がなさけない顔をして言った。
「そうか」
「これで日本はアメリカにとって立派な仮想敵国だ」
「そうか」
「戦術核保持による各国からの経済制裁もかなり厳しい、円はどんどん安くなってSDRから外された、海に囲まれた日本では食料の密輸入は難しいし、餓死者が続出するかもしれない」
「だろうな」
「和泉、俺はこれからどうしたらいい、教えてくれ」
俺は答えない。嫌悪感で吐きそうになる。
「茂山も葛野も俺の言うことを一切聞いてくれない、ハルカちゃんと話しても、もう俺にはなにを言っているのか理解できないんだ、さっきまで考えていたことがあっという間に陳腐化して、追いつくことが出来ないんだ、異常だと思わないか、もう、情けない話だが、ついていけないんだ」
「これからもっと情報技術が複雑化、多様化していくぞ、テクノロジーの進化はまだまだこれからだよ」
「世の中のテンポが、速すぎると思わないか」
「そうでもないさ」
「日本には死ななきゃいけない人間が居ると思うか」
「まだたくさんいるよ」

金剛はずっとため息をついている。昔の様な覇気は無くなっていた。
こいつはもうダメだ、とおもった。年をとりすぎて、もう考え方が次の社会に追いついていない。宝生と根っこは変わらないやつ、淘汰を待つ哀れなレガシーモデルだ。世界は増え続ける情報に引きずられて加速を続けていく。変化に対応できない弱者は、どんな強い組織に属していてもかならず死ぬ。
この男、殺してやろうか。
俺はそう考えた。ニシキのデザートイーグルを、わざわざ金剛に見えるように持ち、外へ行こう、と言った。

あの日と同じように、金剛を廃寺へ連れて行った。
ニシキと来た時と、そこには何も変わらない風景が広がっていた。雪と残骸が泥と混ざりあう。音は無い。金剛の雪を踏む音や呼吸音でさえ邪魔に感じる。
俺は境内の中心にいる金剛に銃を向けた。
狙っているのは醜い顔面。
引き金を引くイメージ。
吹き飛ぶ金剛の顔面。
白い地面に落ちる血と脳漿。
金剛が泣き出した。
泣くやつなど関わりたくない。
おまえはこの国の王ではないのか。
システムとはそんな弱いものなのか。
俺は心底いやになって、目をそらした。
なぜか、銃をさげてしまった。

「人前で泣くようなやつは死んだほうがいいよ」
俺がそういうと、
「和泉、教えてくれ……日本はもうダメだ……」
なさけない男。こんなやつが日本のトップだ。茂山達が言うことを聞くわけがない。
しかしこの男を殺せば、どうなるということでもない。
俺はずっと考えずにはいられなかったことをこの男に吐き出すことにした。
俺の中にいるニシキが、この男を許さなかった。
「いいか、これからアメリカにロビーを仕掛ける、まずは東部金融資本と西部の軍産複合体を仲違いさせて多極化をヒートアップさせる、できれば南部のサンベルト一帯でもナショナリズムを刺激させて反ユダヤ思想をさらに焚き付けたい、アメリカをバラバラにするんだ」
いきなり喋り出した俺に金剛は面食らっている。
「国内をバラバラにして大混乱に陥れてやれ、六十年代日本の学生運動のような各地で暴動が起きる状況が理想だ、各地域のコミュニティに種をまくんだ……シンプルで煽情的、かつ衒学的でロマンティックなデマゴーグだ、コンプレックスを抱いていて、中途半端に頭のいい中間階層を洗脳して焚き付けろ、一部のエリートの足を引っ張らせるんだ、バカに実権を握らせて、アメリカのエリートには全員ニヒリストとして生きてもらうんだよ、またイスラムのバカなテロリストに金を出して、九・一一をもう一度起こさせるんだ、サウジの有力な企業経由だ、うん、イスラエルの情報と引き換えでもいいから、今度の標的はプロテスタントの教会か本部がいい、米空軍のUAVをクラックして突っ込ませるのが理想だな、それといい加減国内に入り込んでいるCIAと思われる人物をリストアップしろ、調査した後一斉に拘束しろ、スパイ天国はもううんざりだ、葛野に秘密警察を立ち上げさせる、収容所も作れ、あのリンカーンだって似たようなことをネイティブアメリカンにやっている、うるさいアジア難民共を一所に集めて管理させるんだ、あいつらは集団で固まってずっと文句ばかり言っている、徹底的に管理されて時々殺されないと分からないんだ、自分たちが弱者だということにね、SUAの警備部の残党たちを使え、いいな、中国もロシアも同様だ、あらゆる手を使って内乱を起こさせるんだ、野村が作った外交戦略テクノクラートたちには外交筋の調整だけで沖縄と択捉を日本に返還させるシナリオをひねり出させろ、無理ならキーマンの拉致・暗殺も考慮に入れるんだ、情報収集に使うのは俺たちが作ったAIのエージェント機能だ、もうすでに世界中のAIが俺たちのマーカスⅤを使っているはずだ、平岩の娘に世界中に散らばったマーカスⅤのエージェント機能をアクティベーションさせて、全情報を茂山の旧ギガストラクチャーシステムストレージに集中させろと伝えろ、特に大事なのは万が一戦争になった時に軍事衛星をクラックできるようにすることだ、米軍が残していったお古のエシュロンは使えないのか、確認してくれ、あらゆる衛星が使用しているバンドの周波数帯を知っておく必要がある、現代戦では衛星による位置確認システムと誘導システムが肝だからな、今の時代は原子力潜水艦だって、作戦行動中以外なら完全にスタンドアローンにはならないはず、なんらかのシステムとデータリンクを行うはずだ、どんな強固なプラットフォームだって付け入るスキは必ずできる、どんな強力なシステムでも、壊せるんだ、人間の男が作った幻想である限りな、情報を支配するんだ、肝心なのはそれだ」
「ちょっと待ってくれ、整理が全然出来ていない、でもさすがだな、和泉、頼りになるよ」
金剛は初めてうれしそうな顔をした。依然として醜い男だ、という感想は変わらなかった。
「要は『一身独立して一国独立す』だよ、これをやるんだ、金剛さん、単純なことだ、弱くて独立していないやつがちゃんと死ぬ国を作るんだ、そうすれば日本は自然と強くなる」
俺は自分の優しい口調にすこし戸惑った。それは近いうちにこいつを殺すと決めたからだった。
「福沢諭吉か……はは、それならわかる、独立か、そうだよな、日本は独自の路線をいくんだよな、なにもわからなくなっていた、巨大な仕組みと、大量の情報にただ混乱するだけで、わすれていたよ」
突風が吹いて俺たちの周りに生えている松の木が音を立てて揺れた。そんなことがおまえたち日本人にできるわけがないだろう、とあざ笑っている様だった。

手元のデザートイーグルの感触が、あの手足を機械に換えられた哀れな男を思い出させた。あいつがニシキを殺して、俺があいつを殺した。アオイが居たからだ。じゃあ、俺はいつ、誰に殺されるのか。宝生でも、観世でも金剛でもなかった。俺はシステムを憎むあまり、完成したシステムそのものとなってしまった。
だれかが俺を殺すまで、俺はシステムからは逃れられない。逃げ続けていたのに、再び囚われてしまった。システムの中では、なにも壊れない。壊したつもりが、飲み込まれる。
だからもっと弱い日本人を徹底的に潰す必要がある。自由を奪って、尊厳を奪って、あざ笑う。それこそがシステムの役割だし、あたりまえのことなのだ。そうすれば俺に対して怒る若いやつが、この先出てくるはずだ。そいつが俺を殺す。破壊してくれる。偽物である俺を別の偽物が破壊する。俺はそれを待つしかないのだ。ニシキもアオイも、もうそばにいないのだから。

「観世はどうなった」
俺は金剛に訊いた。
「野村君のシナリオ通りの日付で死んだよ、葛野がしっかりと君の言いつけを守った、鷺沼博士……ニシキ君の親父さんも、おなじタイミングで処分した」
金剛はすこし悲しそうな顔をした。生前ニシキの親父とは親しかったのかもしれないし、自分が同じように処分されることを想像したのかもしれない。いずれおまえも死ぬ、と言ってやりたかったが、いまはまだ早い。だがこの拳銃でかならず頭を吹っ飛ばしてやる。
「そうか、それまではどこに閉じ込めてたの」
「府中だ、話の分かる刑務官が多くてね、何せ元官房長官だからな、引き継ぎの事務処理が多くて大変だったけどなんとかなったよ、死ぬ予定日が近づくにつれ恐怖で頭がいかれていったから、鎮静剤の中毒で先に死ぬんじゃないかと思ったけど」
「そうか、刑務所なんてホモにはむしろ天国だったんじゃないか」
「それが日本人の男は好みじゃないらしいよ、一度ご褒美にガタイのいいやつを三人用意して輪姦してやったんだ、次の日自殺未遂をした」
あいつは白人のペニスじゃなきゃ喜ばないのか、悪いことしちゃったな、と俺たちふたりは笑った。
足元の雪はすこしずつ溶けて泥と混ざりあっていった。俺のダウンジャケットの肩の部分にに落ちてきたきれいな雪の結晶を、手ではらって泥で汚れた雪の中へ落とした。雪の結晶は一つとして同じ形のものが無いというのは本当だろうか。今の俺には信じられなかった。
山の空気は澄み、冬の乾いた風が吹いていた。太陽が雲間から顔を出して崩れた山門を照らした。仏殿や書院の残骸もいずれ、雨に侵食されて風に流されて散っていくだろう。ゆっくりと、確実に朽ちていって完全な消滅へと向かう。
俺はここに居る金剛をはじめ、葛野も茂山も誰も信じることは無い。ただ己の独房の中から粛々とこの国に対する処方箋を考え続ける。この国がニシキの望んだとおりの強い国になるまで、俺は間接的な独裁という政治体系を取らざるを得ないだろう。俺の世界はふたたび閉じて、なにかにのみこまれてしまったけど、アオイがこの世界のどこかで生きているのなら、それは俺にとって唯一の希望であり、自分勝手で偶像的な、都合のよい幻想として俺の中で生き続けるだろう。

2020年12月21日公開

作品集『東京ギガストラクチャー』第34話 (全35話)

© 2020 尾見怜

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