『プッシー・アンド・ディック』

豪徳寺ケン

小説

2,622文字

男性器と女性器の話です。アルコール度数によっては続きます。

男に口説かれるのはひどくめんどくさい。

 

なんだってあいつらは、上から目線で口説くか、おどおど下から口説くかのどっちかしかないんだ。真ん中で口説け。挨拶から始めろって。

「どこ行くの?」なんでおまえに申告する義務がある?「あの、すみません、えっと、うんと」セックスしたいならしたいって言え。おまえにとって初めてのナンパかもしれんが、こっちは一日に数十回も声かけられてんだっつうの。上からでも下からでもなく、「こんにちは、よかったらセックスしませんか?」これ。これでOK。おまえがイケメンならなお可。良きこと也。

 

「おい、ちんぽ吸ってやるから、こっち来なよ」私は横浜駅前の公衆トイレを指差す。男があまりにもビクビクしてて、しどろもどろで声かけてきたらから、かわいそうになった、わけではなくて、背が高くて、顔が米津玄師にそっくりだからだ。LEMON大好き。私が「おい、ちんぽ」と言うと、見えにくい前髪の向こうの目が、大きく見開かれる。ミニスカートをひるがえして、トイレに向かって先に進む。15センチのヒールで、腰を左右にふって。もう少しで見えそうでしょ? パンツ。

 

「ちょっと、待って」と男は背後から、小さく呼んだ。

「なに?」と私はめんどくさそうにふりかえる。男は両手を胸の前であわせて、祈るようなポーズをとった。まるで私はマリアだ。おかまか? びびってんのか?

男の前まで戻って、下から見上げる。やっぱ高いわ、この子。185センチだ。ちんぽでかそう。イケメンででかいのは久々。譲歩しよう。

「お金、いらないよ」

私は微笑みながら、神様のように慈愛のこもった声でこたえる。普段は1万、不潔なやつなら倍の2万。もちろん本番はしない。しゃぶって出すだけ。高島屋の前は、深夜になったらそういう場所だ。

 

どうした、カウパー野郎? もしかして童貞なの? 私はうるんだ瞳で見つめる。自分で言うのもなんだが、たぶん、可愛い。事実だからしょうがない。男の胸に突き刺さって、ドキドキさせたであろう瞬間、男は小声で言った。「どうして、女装してるんですか?」

 

 

 

男が女装する理由は2つある。1つはジェンダー的な本気のあれで、もう1つは金になるからだ。私みたいに。

生まれてからずっと低身長で、声変わりもほとんどなくて、そのへんの女子よりも可愛い顔をしてるから、いつも女に間違われてきた。ズボン履いてるのに東横線で痴漢にあうし、すっぴんなのに渋谷でスカウトに声かけられるし(どんだけ男だって言い張っても「そうやって断る人、多いから大丈夫」って、てんで相手にしてくれなかった)、アイドル、モデル、AV、風俗、キャバクラ、つまり女性の性を売る仕事なら、あらゆる種類の名刺を渡された。

土台が男だから、アイドルも、モデルも、AVも、風俗も、キャバクラも無理だけど、フリーの売春だったらできる。口だけの商売。比喩ではなくて本当の意味で。

 

米津玄師の名前は村上だった。ハルキでもリュウでもなくて、太郎。村上太郎。「ふざけんな」と私はシャンディーガフのグラスを倒しそうになる。すでに酔いが回っている。イケメンにも弱いけど、酒にも弱い。強いのは、性欲だけだ。この仕事をやるようになってから、自然とバイセクシュアルになった。横浜駅前を右にいけば、朝までやってる汚い飲み屋がいっぱいある。その裏はラブホテル街。私の別宅。

「ムラカミ、タロウ、だと? そんなふざけた名前が、あるか。親の顔を見せろ。きょうび太郎なんて名前つけるか。逆にキラキラだぞ? 米津玄師から、画数が減りすぎだろ。太郎。わかった。おまえが太郎ならしょうがない。顔がかっこいいのは事実だ。身長もごまかせない。太郎、おまえが太郎なら、私は、犬になろう。おまえの犬だ。キスしろ」

顔を向けたら、太郎の唇が近づく。かすかに触れたあと、歯の隙間から舌を無理やりねじこんでくる。なかなか激しい。やれば出来るじゃん、太郎。

 

店員が来たので、顔をそっと離して、追加のシャンディーガフを注文して、太郎によりかかる。肩にもたれて、だらんと垂らした右手で、さりげなく股間をさぐる。ペニスがふくらんで……ない。ふくらんでない?

「太郎、酔っぱらったか?」

私が甘い声でささやくと、太郎は言った。「女なんで」

 

 

 

脳内のジェンダーが大混乱とはまさにこのこと。身長184センチで女とは、大林素子的なあれか。たしかに声が低くはない。バレーでもやってたのか。もしかして本職のモデルか? 私はうつろな目で太郎の胸元をじっと見る。たしかに胸がありそうな気がしなくもない。B寄りのAだ。

「もっと最初に言えば、よかったね」と太郎(本名は村上椎奈だった)は、レモンサワーのはいったグラスを両手でさわって、上下させている。私が無理やり注文させてた2杯目。ほとんど減ってない。水滴だけがガラスのまわりで増える。「Twitterでみたんです。男なのに女装して、売春してる人がいるって」そんな特殊なやついるか? って私か?

「どんなブサイクが、売春してるか、確認したかったのあ(か)?」

たまにいる。男がいると噂で聞いて、探すんだろうけど、どこにも見つからない。だって私はそのへんの女よりも可愛いから。夜は炭水化物とってないし、PJでボリュームアップさせてるし、ケツはもともとでかいし、キツめのボクサーパンツを履けば、股間は沈静化する。シャブを食わせたあとのポン中みたいに。私の叔父みたいに。

 

「違うんです」と太郎(椎名だけど、混乱するから太郎で統一)は、真剣な眼差しで私の顔を覗き込む。そのまま、キス。あー、よくわかんないけど、太郎のキスは気持ちがいい。「うまく言えないけど、ほんとうは、わたしたち、間違ったんじゃないかなって」

「わたし、たち?」

「わたし、たち」

「それは、あれあ、とりかへばや物語的な。現代風にいえば、風の谷のナウシカ、じゃなくて、なんだっけ、有名な、アニメの」私の分解能力の低い肝臓は、残念ながらアルコールを脳幹まで素通りさせる。思考力0。太郎、どうでもいい。どうでもいいから、その小さい胸で眠らせてくれ。太郎のひざの上に倒れる。両手で頭を包んでくれる。ああ、セックスはしなくていい。セックスはもううんざりだ。

 

 

 

 

2020年8月11日公開

© 2020 豪徳寺ケン

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