額につけられた青痣を撫で、ショウコは家の中から庭に通じる窓を開き、外に脚を投げ出して座っていた。呆けたように、鉢に植わった植物を眺める。やかましく鳴くセミの声も、どこか遠くの世界の出来事のようで現実味がない。
「ね、聞いてよ」
半開きの口から淡々とした声が零れた。視線の先で、沢山の朝顔の花が揺れる。空に浮かぶ綿雲よりも柔らかい、白い花だった。伸びに伸びた溢れんばかりの緑の葉が風に煽られ、時折、その白を隠してしまう。だがショウコの目には、白が緑に隠れたがっているように見えた。
「ほうきって痛いんだよ。叩かれても、突かれても、痛いんだ」
ざわり。朝顔が、爽やかな葉擦れとは程遠い不気味な音を立てる。
「あとねえ、みんなの目もこわいよ。言葉もキモチワルイ。先生も同じ。おかあさんも、どうだっていいや」
どうだっていい。みんな消えればいい。感情は平坦なまま、明日の天気を尋ねるようにそう思った。理不尽に刻まれた傷跡は、もうずっと、古いも新しいも関係なく内側からショウコの身体を刺し続けている。痛いのに血が流れないのは、なんとも奇妙な感覚だった。
「ぜんぶキライ。世界だってキライ」
朝顔が、ぶるりと震えた。純白の花が首を落とす。地面に転がる。
またひとつ落ちる。転がる。
ぼと、ぼと、ゆっくりと、だが狂ったように花が落ちる。
ショウコは朝顔を凝視した。その病的な光景に意識の全てを奪われる。咲いていた花が落ちきってしまうと、今度は開花寸前の蕾が呼吸をした。息を吸い、吐いた瞬間に新たな花が開き始める。まるで早送りされた動画を見ているようだ。そうして一斉に咲いたのは、深みのある紫。空に溶けるような青。それら二種類の色が、ショウコを慰めるように揺らめく。
「へんなの」
喉が熱くなった。真夏の陽光に晒されても感じなかった熱が、今になってショウコの内に灯った。凪いでいた心が激しく波立つ。唇を強く噛んだ。
「きれいだねえ……」
涙に混じって血の味がした。霞んだ視界で、豊かな朝顔のツタがもがいていた。
青、紫、桃、白。
まだ開花の気配すらないような固い蕾までもが我先にと、しかし開いたそばから落ちていった。地面に触れた瞬間、花は枯れた。無理に咲いたことの代償を払うかのように、みじめに枯れていった。最後に残ったツタまで茶色くか細くなると、ひときわ強い風が吹いた。朝顔の骸が、がさがさと音を立てた。
ちっとも怖ろしくはなかった。哀しくはなかった。
ショウコは目尻に滲んだ涙を拭った。
世にもうつくしい朝顔だった。
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