女の子は利亜夢よりも二回りくらい大きくて、おかっぱ頭で、ダメージジーンズに赤と黒の長袖のボーダーシャツを着ていた。その子が居間で何をしていたのかというと、彼女は奇声を発しながらチャッキーに向かって拳銃型の水鉄砲を撃っていた。あ、チャッキーというのは姉の飼っている黒白の雄のボストン・テリア(六歳)のことなんだけど、彼(馬鹿犬だ!)のほうはその水鉄砲から放たれた水を口でキャッチしようと奮闘していた。愛用しているイヤーマフの防音性の高さを僕はこのとき初めて知った。
うん、もちろんさ。僕は羊飼いの少年とガンファイターの少女とびしょ濡れのタキシードを着た小さな紳士を部屋から即刻閉め出した。股間を三発蹴られながらも、なんとか撃退できた。
で、そのあとなんだ。ベッドに戻った僕が女心という奇妙奇天烈な問題と格闘することになったのは……。利亜夢が僕にキスするなんてあり得ないから、どう考えても犯人はあの女の子のはずだ。なのに、彼女から好意を持たれている感触がまったくなかったのさ。彼女に股間を蹴られたとき、好きの裏返しで蹴っているようには見えなかった。悪意しか感じなかったんだ。それを見た悪魔も目を覆ってしまうのではないかってくらいの悪意しか。
「生きたい」という叫びであるデスホイッスル(僕のiPhoneの着信音さ)が寝室に響き渡ったのは、不可解な問題は不可解であるという理解を深めようとしていたときさ。電話は姉の亜利紗からだった。電話口で姉は僕に「おなかは鳴いてる?」と訊いたから、「デスホイッスルくらい悲鳴を上げてる」と僕は答えた。
電話を切って、僕はキスの問題を頭の奥の物置に押し込んだ。あらゆる「明日考える」が詰まった物置さ。そして僕はパジャマ姿のまま、隣の備瀬家の部屋へ行ったんだ(ちなみに僕の住んでいるマンションの最上階は僕の部屋と備瀬家の部屋の二部屋だけだ)。
備瀬家のダイニングテーブルの中央にはシーフードパエリアが鎮座していた。そしてそのテーブルの椅子には利亜夢と、例の女の子と、もう一人、モナ・リザのような幽玄な雰囲気を漂わせた黒いロブヘアの美しい人が座っていた。
その美しい人は黒のノースリーブのオールインワンという大人の装いだった。僕はカラフルな星柄プリントのパジャマを着ていたからその人を目にしたとき形勢不利とみて退却しかけたけれど、こういうときこそ堂々とせねば、という気概を発揮することができ、無事着席に成功した。胴体着陸。
「お邪魔してます」と言ったのは僕の真向かいの椅子に座っているモナ・リザさ。
「お邪魔させてます」とモナ・リザに言ったのは僕さ。
つづく
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