僕は自宅のベッドで横になっているときに襲われたんだけど、眠りに落ちていたってわけじゃなかったんだ。
僕はその日、精神的に参っていたのさ。婆さんでないほうのデスティニーさんのことを忘れようと思って向かった韓国のカジノ、ウォーカーヒルでギャンブルの真髄に触れて帰って来たばかり、平たく言うと、大負けして帰って来たばかりだったんだ。なので僕はアイマスクとイヤーマフをして、悪い夢からさめたい一心でベッドに横になっていたと、まあそういうわけなんだ。
出し抜けに唇を奪われたとき、僕は現実から外へ退場、つまり夢の中へ入場したのだと思っていた。だからそれを満喫してやろうっていう常識的な考えに発展し、そうして僕はつつがなく、道徳心を提供した報酬として大いなる痴情を獲得したってわけ。要するに、僕はその唇と結構長くくっついていたんだ。五分くらいやっていたと思う。夢じゃないのはとっくに気づいていたんだけど、やめられなかった。そのキスがあまりにも、あまりにも情熱的だったからさ。そう、僕のファーストキスはディープキスだったんだ!(僕が人生で舌を絡ませた相手と言えばカップアイスの蓋くらいで、それまで誰かとディープキスはおろか、チークキスすらしたことがない。なのでキスをやめられなかった僕に理性を求める人は理性的な人ではない!)。
僕はその唇が離れたあともベッドに横になったまま動かなかった。いや、というかそうすることしかできなかったんだ。一般に正気と言われるその気に返ったら怖くなったのさ。冗談抜きで、キス魔のお化けなのでは、と思ったりもした。合鍵を持っている顔も体格もゴリラみたいな家政婦のおばさん、姫宮さんは法事があるから休むと言っていたし、これまた合鍵を持っている姉の子供、甥の利亜夢が僕の部屋によく来るんだけど、彼が僕にこのような情熱をぶつけてくるわけないんだ。もし利亜夢なら天地がひっくり返っていなければならない。オムライスはライスで玉子を包んでいなければならない。
唇が離れて一時間くらい経っていたかな? 僕は横になったまま、目を覆っているアイマスクの端を両手で掴んでちょっと上げたんだ。で、誰もいないと判断したから、僕はアイマスクをおでこまで上げて、そうしてイヤーマフとナイトキャップを取りながら上半身を起こしたんだ。
「あ、死んでなかった」
僕の耳がそんな利亜夢の声を感知した。したがって僕は声のしたほうに顔を向けた。見ると、利亜夢はベッドの脇にいた。床に座っていた。その座っていた彼の様子を何かに喩えて表現したいのだけれど、咳がひどくて何も思いつかない。
つづく
※咳がとまらなくて軽い推敲もできないので明日も休みます。サボテン好きな人がお好み焼きを作って食べさせてくれたらすぐ治るんだろうけど……
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