およそ二十一時間後の午後六時過ぎ、デスティニーさんとの待ち合わせ場所へ向かう僕の車の助手席には北斗の姿があった。僕はデスティニーさんと二人きりで会いたかったから、面白くない気分だった。なので、わざと気持ちの悪いブレーキングをして気を紛らわせていた。僕が北斗の同行を許したのは彼が、ミセス・オギドウになる人かもしれないから挨拶しておきたい、と言ったからだ。
僕とデスティニーさんはアメリカンビレッジ(北谷町のエンターテインメントエリアさ)のスターバックスで待ち合わせをしていた。デスティニーさんがそこを指定したのだ。
僕らは約束の時間の十分前にスターバックスに着いた。アドルフ・アイヒマンくらい生真面目に違いないデスティニーさんはもう来ていて待っているだろうなと察しはついていたが、やはり彼女は来ていた。店内の席に座っていた。
デスティニーさんは美しかった。彼女は白のブラウスに赤のロング・スカーフ、ベージュの長いタイトスカートという姿だった。そして、デスティニーさんも一人じゃなかった。痩せててぼさぼさ頭で無精ひげで皺だらけの白いワイシャツを着た中年の男と一緒だった。
「すみません、お待たせしたみたいで」「いえ、私たちもいま来たところです」というお馴染みのやり取りをしたあと、僕はデスティニーさんの隣に座っているその中年の男に会釈した。すると中年の男は会釈を返してくれた。無駄に並びのいい汚らしい黄色い歯を見せながら。
それから僕は立ったまま北斗をデスティニーさんに軽く紹介したあと、彼女に断りを入れてからカウンターへ行った。カウンターで僕は極限まで甘くカスタマイズしたキャラメル・フラペチーノのベンティを、北斗はアイスのカフェ・アメリカーノのショートを注文し、僕らはそれをスタッフから受け取ってデスティニーさんのいる席に戻った。
席に戻った僕は、タリーズコーヒーがスターバックスに差し向けた悪霊としか思えないその中年の男(スターバックスもタリーズコーヒーに同種の刺客を送り込んでるだろうけどね!)のことをデスティニーさんに尋ねた。するとデスティニーさんは、私の兄です、と答えた。それを聞いて僕は焦った。僕がデスティニーさんの交際相手に相応しいのかどうか、お兄さんが見極めに来たと思ったのだ。
「兄は聴覚障害者なんです。中途失聴者です」
おどおどしていた僕を尻目にデスティニーさんはそうつけ加えた。がしかし、僕は彼女のその発言に際しては少し驚いただけで、特別何も思わなかった。いや、何も思わなかったというのは語弊がある。どうでもいいと思ったわけでも、無分別に同情心を抱いたわけでもない。そういう意味で何も思わなかったのだ。
デスティニーさんに返す言葉が見つからなかったから、僕は改めて悪霊——いや、とても優しそうなお兄さんに向かって会釈した。僕が会釈するとお兄さんもまた僕に会釈を返してくれた。向日葵の花びらのように美しい黄色い歯を見せながら。
「私は兄に耳の痛い話をたくさんしてやりたいんです」とデスティニーさんがお兄さんに一瞥を投げてから言った。「何が言いたいのかというと、私は兄に人工内耳手術を受けさせたいんです」
つづく
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