ラブレター(昭和二十二年)

応募作品

米井かず子

小説

1,931文字

自己満足と性癖と承認欲求と自己愛。これはかなり前に、ある作品に影響されて衝動的に書きました。
わかる人にはわかるやつです。私の名前もそこから来ているほど、好きな作品です。

近頃、つくづく思うのです。私たちはどうして生きているのか、と。

 

私は今年で30歳になりますが、結婚はしていないし、子供も持っていないことはあなたもご存知よね。この手紙には、あなたの知らないことを、沢山書くつもりです。

 

私の家族は病気の母一人だけで、父と弟は戦争で死にました。母も、お医者様によると、もう永くは生きられないようです。

 

私は、きっと、一人になるのです。

 

私が六年前、女中として、東京の松田様のお宅で働いていた頃、母は病を患いました。私は、直ぐ郷に帰ってきて、父の遺産を切り崩して、今日まで母の面倒を看ながら暮らしてきました。

 

今の私は、どうして生きているのかと問われれば、「母のために」と答えます。しかし、母もじきに死ぬのです。

 

母を失ったなら、私はなんのために生きたらいいのでしょうか。母の居ないお家で一人、私はどうしたらいいのでしょうか。近頃、そんなことを、ふと考えてしまいます。そして、決まって、あなたの顔を思い出すのです。ああ、こんな事、私は誰にも言うまいと、あなたのことを忘れようと、六年間努めてきた筈なのに、私にはそれが出来なかったのです。

 

いいえ、本当は違いました。毎晩、心の奥底ではあなたのことを思っていました。あの日、あの夜の幸せを、また欲せずには居られなかった。こんな事あなたにお教えするのは、真赤になって顔から湯気が出てしまいそうな程恥ずかしいのは、あなたにもお分かりでしょう?でも、私がどれほどあなたを欲していたか、伝えたかったのです。

 

私は、あなたのために生きたいと思っております。この先の人生、あなたへの愛のために、恋のために生きたいのです。もしかしたら、迷惑かもしれないけれど。

 

いいえ、きっと、あなたは私を拒むことはしないでしょう。あなたが、私を、深く、深く愛していることを、知っているから。隠していたつもりでしょうけれど、女は存外、察しがいいものです。

 

私が「逢いたい」と言ったら、あなたは逢って下さる?私、あなたに逢えるなら何処へでも行くわ。本当は、今すぐ東京に飛んで行って、お宅へ伺いたいけれど、あなたの心底困った顔を見たくありません。それに、あなたの周囲の方々は、世間体をたいへんお気になさるようですから、もし私があなたのお宅に現れることがあったら、追い立てられて、二度と私達、逢えなくなることは私にもわかります。

 

あなたに逢いたい。六年の間に、あなたはどんな風に変化なさっているのだろうと、私は時々、想像します。以前よりも太っていらっしゃるかしら、痩せていらっしゃるかしら、頭髪の調子はどうかしら、今も、小説がお好きなのかしら。

 

……私のこと、私があなたを想うのと同じように、想っていらっしゃるかしら。

私は、あなたと愛し合った証が欲しいのです。別に脅そうだとか、そんなことのためじゃないわよ。愛し合った記録が、結果が、欲しいのです。男と女が愛し合った証、あなたは何だと思います?文学通のあなたが、なんと言うのか知りたいわ。

 

私は、赤ちゃんだと思います。これ以外に思いつかなかった。あなたの赤ちゃんが欲しいのです。

 

あなたの子を産めるなら、私、これ以上の幸せはありません。愛する人の子を産むことが、女にとって一番の幸せだと、そう思うのです。お願い、本当の、一生のお願いだわ。私に、女の幸せを教えて下さい。

 

もし、あなたの赤ちゃんを孕んで、無事に産めたなら、その時はきっと、逢いに行きます。責められても、軽蔑されても構いません。あなたに、私との愛の証を一目見ていただけたなら、それで私は満たされますわ。

 

母が亡くなられた後のことを、生きているうちから、こんなに考えてるのって、不謹慎かしら。でも、内緒なら、いいわよね?

 

私は、不良なのです。幼い頃からの、不良らしいのです。何時だって、人様のものに目がいくの。他人様の選んだものは、ある種のお墨付きのような気がして、欲しくなってしまうのです。あなたも、あなたの奥様のお墨付き。だから、こんなにも欲しいのでしょう。

 

私達が愛し合うこと、それは世間の言う不倫ですけれど、私には、それが良く思えます。「背徳感」という名の、心を、煙草を呑んだ少女の肺のように、清らかさは失われ、黒の濁りのようで、それでいて深い悦びを感じるのです。

 

あなたがこのお手紙を読んで下さることを、信じております。

 

お返事を、いつまでもお待ちしております。

M・J 松田次郎様

昭和二十二年 二月二十四日。

2019年3月3日公開 (初出 小説家になろう)

© 2019 米井かず子

これはの応募作品です。
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"ラブレター(昭和二十二年)"へのコメント 13

  • 投稿者 | 2019-03-17 08:43

    はじめまして。私は「破滅派」サイトに入会してまだ日は浅いですが、いろん作品を拝見していて、やっと私にとっての「文学」の臭いのする作品に出会えた気がします。
    恋に落ちた女性の心理が鮮烈に表現されていて、特に好きな男の子を欲しいという女心は月並みなようでけっこうジンとくる男性は少なくないでしょう。自尊心をくすぐるのですかね。私も一度はそういうセリフを好きな女性から聞きたかったです。
    学生さんにも読んでほしい逸品でした。

  • 投稿者 | 2019-03-19 12:03

    この手紙は「私」自身に向けられて書かれている。そう感じました。生きる意味を「母」に見出していたのが彼女が亡くなるとわかったとたん「愛する男」にすがるしかないというひとりの女性の切実な思いが吐露されていると思います。この手紙は、「女の思いの提示」であって、はたして男に対してほんとうに何かしらのジェスチャーやアクションを要求しているのか(もしかしたらはじめから返事はないとわかっているのではないか)、ということが具体的には書かれていませんが、このただ提示してみせるという書き方が逆に深く突き動かす何かを持っているような気もして、不思議な手触りがありました。男も「私」を深く愛している、それを「私」は知っているということが、真実かどうかはべつとして冒頭でちらつかせた「あなたの知らないこと」のひとつかもしれない。この手紙への返事は、おそらく自分自身によって書かれることになるのだろう。

    • 投稿者 | 2019-03-26 11:44

      お題との関連性がほぼほぼないと感じられたので高評価をつけにくいのですが、手紙はやはりいいですよね。

  • 投稿者 | 2019-03-21 12:08

    この作品の「高タンパク低カロリー」さが私にはわからなかったのですが、やはり有名な作品へのオマージュとしてのパロディはなかなかに難しいものだなと身につまされました。
    ところどころ言葉遣いに違和感がありつつ、しかし元ネタの方でも三島由紀夫なんかがその言葉遣いについて批判していたと思うので、あえてそういうふうにしたのかなとも思いました。

  • 投稿者 | 2019-03-21 14:11

    「ラブレター」なんですが、セピア色の写真の世界を断面から覗き見たような、そんなはたとした気持ちにさせる文章だのと思いました。少し、長さが短いかなとも思ったので、⭐️⭐️⭐️です。

  • 投稿者 | 2019-03-22 05:38

    「わかる人にはわかるやつです」
    困りました。お題との関係がわたしにはわかりませんでした。
    置いてきぼりを食らった感じです。
    もう少し読者に優しくても良いのでは、と思いました。

  • 投稿者 | 2019-03-22 16:58

    価値観に必ずしも賛同するわけではありませんが、とても美しい内容の小説だと思いました。手紙形式であり、情景描写などが少なく、ストレートな文章によって構成されている印象を受けました。僕は手紙が出てくる小説が好きなので、ちゃんと届くといいな、返信はどうなるのかな、と思いながら読みました。一枚の手紙だけではもちろん一方通行で、にもかかわらず、一枚の手紙のみで終えられてることで文末に悲哀を感じました。なお、わかる人にはわかる、とのことですが、この僕のコメントは、わからない人による感想です。

  • 投稿者 | 2019-03-23 00:38

    元作品のかず子さんは相手の作家のことをそれほど愛していたようには見えず、「不良」として父なし子を産むことでこれまで生きて来た世界と決別したように見えました。
    こちらのかず子さんは「不倫」というよりは「姦通」「背徳」「いけない世界」に憧れてそこに自分を確立しようとしているようです。その割には純情ですね! 戦前戦後の山の手言葉って好きです。こんな手紙をもらったら男はクラクラ来るのでは。

    お題は「高タンパク低カロリー」ですが、関連が感じられませんでした。もしかしたら合評会応募の記事を見る前に、意図せずに応募のラジオボタンを押されたのでしょうか。

  • 投稿者 | 2019-03-23 14:54

    お題については赤ちゃん、精子がそれなのかなと解釈しました。オマージュということであれば、あと倍の字数が書けるので宗教観や政治思想についてそれと分かる記述が挿入されていた方が人物像が立ち上がったのかなと思います。もしくはもう一通の手紙でMCについても遊びがあるとより完成度の高いものになったような気がします。

  • 編集者 | 2019-03-24 01:37

    読み進めると、陰鬱とした文面と、しかし新しい命を求めると言う希望(そう捉えよう)の差が際立つ。が、俺は(大猫さんのコメントを参考に)元作品を知らないので、分からない側になってしまう……。
    俺も「高タンパク低カロリー」かは迷ったが、それは谷田さんが判断すれば良いですね

  • 投稿者 | 2019-03-25 21:14

    綺麗で整った文章だなあ。別の作品も是非読んでみたいと思うような作品でした。そこはかとなく漂う文學臭にやられましたが、今回のお題とは関係ないのでこの評価です。

  • 投稿者 | 2019-03-26 01:23

    書簡という媒体の大きな特徴は時間差である。メールや電話、インターネットの書き込みと比べると、書簡は相手に届くまでに長い時間差があることを前提とする。投函されない手紙の場合、半永久的に相手に読まれないことも。そのため追憶や後悔など過去に向けられる感情は、書簡で表現されるほうがより効果を発揮すると言える。もう会えない相手の子どもを妊娠したいと綴る語り手は6年前の過去を過去としてではなく、彼女にとっての現在として生きている。一方、書簡体小説という古風な形式や『斜陽』のパスティーシュは過去との距離を強調することで、彼女の時間認識の歪みを強調するとともに、彼女が書き綴る情念さえも遠い過去のものとして突き放しているように見える。

  • 投稿者 | 2019-03-26 09:47

    射精系の中では最も美しい作品であると思いました。ただし罠の中でも非常にタチが悪い類の文書であり、だいたい会いに行ったら迷惑だから行かない、子どもを産めれば満足といいつつ、同じ文書内で子どもを連れて会いに行きますなどという矛盾した脅迫行うなど激しい攻撃性を感じます。ぼくの本能がこいつはヤバいと拒絶反応を起こしていますので、仮にこのような手紙を頂戴したとしても、返信はしないと思います。

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