わたしを見下ろす異形のモノ。
へたり込んで荒い息を吐き、ただ涙を流すわたし。
地獄から解放されるために……そのために一家心中したのに。
それで行き着いた先が、本当の地獄だなんて……。
「罪人、そして自ら命を絶った人間達は地獄に落ちる」
頭上から告げられる、無情の事実。
「そんなの……そんなのあんまりだ! あの世でもこの世でも、わたしの大切な家族が……何でっ? 何でわたし達ばかりが……」
生まれて初めて味わう、絶望と無力。
腑抜けたわたしに、異形のモノが説明を始めました。
「この星に次の支配者が現れる。星も人類の肉体と同じ。内なる不要物を廃棄し、新たなる生命が必要」
靄がかかったような頭で、異形のモノの言葉を理解しょうと試みました。
何かをしていないと発狂しそうだから。
「地球も、新陳代謝が必要だっていうこと?」
「不要物が廃棄されねば、星は弱るのみ」
「アンタの言う不要物っていうのは、人間のこと?」
「お前は人間の衣をまとい、この星の代謝を担う」
「代謝……そのために『不要物』を廃棄するっていうこと? それはつまり、人類を滅ぼすこと。それで『絶滅者』……」
全く実感が湧きません。
ひどく陳腐で、遠い世界のおとぎ話のよう。
今のわたしには、星――地球の新陳代謝など、どうでもいいこと。
そんな現実味の無い話を聞かされても……。
「ねえ、この世界――冥界だっけ? ここでも、わたしは『力』を使えるの?」
あの後間違い無く、弟の小さくて柔らかい頭に、棍棒を叩き込んだ醜い鬼。
殺してやる。
あの醜い生物の全てを破壊してやる。
内から湧き起こる、とめどない破壊への衝動。
「冥界の者を破壊することは許さぬ。奴等は冥界を管理する者。消えれば、冥界も消える。お前の家族は永遠の無となる」
わたしの考えなど、簡単に見抜く異形のモノ。
「あんな目に遭わされるのなら、無になった方がマシよ!」
「家族を救いたいか?」
不意に垂らされる蜘蛛の糸。
流れる涙は止まり、抜けていった力が体に戻ってきます。
「救えるの?」
半信半疑でした。
でも本当に、救い出せるなら……。
「地獄にいる人間の数は激減するばかり。人間は生を伸ばすためなら手段を選ばぬ」
「地獄の人口減とわたしの家族を救い出すことに、何の繋がりがあるの?」
「冥界にも均衡は必要。人間が天国と呼ぶ再生のための『黄泉』と『地獄』の人間の数は等しくなければならぬ。だが、永くその不均衡は続いている。地獄の人間の数が少な過ぎる。自ら命を絶った者達で凌いでいる有様」
「確かに、大半の国が死刑を廃止したし……でも戦争は? 今も各地で紛争の類は続いている。あの連中こそ、地獄のお得意様じゃないの?」
「戦で人間を『破壊』した者は地獄へ。だが『破壊』された者は黄泉に行く。多くが黄泉へ行く。不均衡を成す源だ」
確かに戦争では、殺戮者よりも、罪無き犠牲者達の方が圧倒的多数です。
「でも、わたしが家族を救い出せば、地獄の人口は減ってしまう。それは都合が悪いんじゃないの? でも地獄の都合なんて、わたしには関係ない! わたしは家族を救うためなら、何だってやる!」
その瞬間、異形のモノの肉体は、向こう側が見える程薄くなり、遂には透き通りました。
「お前が地獄に多くの人間を誘えばよい。それで三人は地獄から解放される」
取引。
それが救い出す方法。
地獄に多くの人間を送る……つまり現世に戻って、大量虐殺をしろということ。
「確かにわたしは家族を救い出したい。さっき何でもするって言ったけど……でも罪も無い人を殺すなんて……それしか方法は無いの?」
それ以外に選択肢が無いなら、どうすればいいのでしょう。
「お前には破壊したい人間が大勢いる。抑え難い破壊の衝動。それは至極当然。お前は人間ではなく、絶滅者」
異形のモノの意図が、ようやく分かりました。
破壊の衝動……殺したい人間……。
目に焼きつく、地獄での家族の姿。
首まで泥沼につかり喘ぎ続ける父。
絶壁で唸り声を上げ続ける、笑顔無き母。
そして河原で拷問にあっている弟。
もう、迷いはありません。
異形のモノの肉体は、今にも消えそうです。
「お前と融合する。だが意思はお前のもの。内なる意思のまま、破壊せよ。融合は絶滅者としての能力をお前に付与する」
「能力って?」
「完全なる破壊の力。それにより、お前は破壊を行う。そして、お前の家族は解放される」
「解放って、わたしの家族は黄泉に行くの?」
「お前の望む場所に行く」
わたしの望む場所。それはただ一つ。
「分かった」
一言、異形のモノに決断を伝えました。
「融合する」
「待って。最後に一つだけ聞きたい。人類を絶滅させるなら、他に方法があるんじゃない?アンタは人間を自由に操れるんでしょう? だったら、核兵器でも使わせれば……」
「過剰なる破壊は星を傷つける。次のこの星の支配者に悪しき影響を及ぼす」
「次の支配者を放射能に強い生き物にすれば……」
「強固過ぎる生物は不適。次の廃棄が困難」
地球の新陳代謝は活発に、永遠に続くのでしょう。
人類の存在など、ほんの一瞬。
「融合する」
短く告げ、異形のモノの姿が消えました。
わたしの中に入ってきたのです。
融合の感触は、とても言葉では表現できません。
わたしは処女ですが、この快感はきっと性交によるエクスタシーすら超越するでしょう。
全身の毛穴が開き、涎を垂らしてよがり、失禁し……。
凄まじい感情のうねりが全身を包み込みました。
股間に異常なモノの出現を感じましたが、身も心も支配する快感に、深くは考えが及びません。
体中の全ての穴から、出るものは全て出ました。
その圧倒的な快感はしばらくわたしを支配し、そして終わりました。
それが意味するもの。
わたしが人間であることの終わり。
わたしは絶滅者。
それは人殺しになるということ。
恐怖を感じました。
人間の破壊に、全く躊躇を感じない自分に。
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