絶滅者 12

hongoumasato

小説

2,351文字

地獄に落ちてなお、苦痛をあたえられる家族。

見るに耐えかねた「わたし」は、脱力し、絶望する。

そこで異形のモノが切り出す、家族の救済法。

それは「黄泉」と「地獄」の均衡、地球の新陳代謝について。

わたしはついに、「絶滅者」となることを決意する。

 わたしを見下ろす異形のモノ。

 へたり込んで荒い息を吐き、ただ涙を流すわたし。

 地獄から解放されるために……そのために一家心中したのに。

 それで行き着いた先が、本当の地獄だなんて……。

「罪人、そして自ら命を絶った人間達は地獄に落ちる」

 頭上から告げられる、無情の事実。

「そんなの……そんなのあんまりだ! あの世でもこの世でも、わたしの大切な家族が……何でっ? 何でわたし達ばかりが……」

 生まれて初めて味わう、絶望と無力。

 腑抜けたわたしに、異形のモノが説明を始めました。

「この星に次の支配者が現れる。星も人類の肉体と同じ。内なる不要物を廃棄し、新たなる生命が必要」

 靄がかかったような頭で、異形のモノの言葉を理解しょうと試みました。

 何かをしていないと発狂しそうだから。

「地球も、新陳代謝が必要だっていうこと?」

「不要物が廃棄されねば、星は弱るのみ」

「アンタの言う不要物っていうのは、人間のこと?」

「お前は人間の衣をまとい、この星の代謝を担う」

「代謝……そのために『不要物』を廃棄するっていうこと? それはつまり、人類を滅ぼすこと。それで『絶滅者』……」

 全く実感が湧きません。

 ひどく陳腐で、遠い世界のおとぎ話のよう。

 今のわたしには、星――地球の新陳代謝など、どうでもいいこと。

 そんな現実味の無い話を聞かされても……。

「ねえ、この世界――冥界だっけ? ここでも、わたしは『力』を使えるの?」

 あの後間違い無く、弟の小さくて柔らかい頭に、棍棒を叩き込んだ醜い鬼。

 殺してやる。

 あの醜い生物の全てを破壊してやる。

 内から湧き起こる、とめどない破壊への衝動。

「冥界の者を破壊することは許さぬ。奴等は冥界を管理する者。消えれば、冥界も消える。お前の家族は永遠の無となる」

 わたしの考えなど、簡単に見抜く異形のモノ。

「あんな目に遭わされるのなら、無になった方がマシよ!」

「家族を救いたいか?」

 不意に垂らされる蜘蛛の糸。

 流れる涙は止まり、抜けていった力が体に戻ってきます。

「救えるの?」

 半信半疑でした。

 でも本当に、救い出せるなら……。

「地獄にいる人間の数は激減するばかり。人間は生を伸ばすためなら手段を選ばぬ」

「地獄の人口減とわたしの家族を救い出すことに、何の繋がりがあるの?」

「冥界にも均衡は必要。人間が天国と呼ぶ再生のための『黄泉』と『地獄』の人間の数は等しくなければならぬ。だが、永くその不均衡は続いている。地獄の人間の数が少な過ぎる。自ら命を絶った者達で凌いでいる有様」

「確かに、大半の国が死刑を廃止したし……でも戦争は? 今も各地で紛争の類は続いている。あの連中こそ、地獄のお得意様じゃないの?」

「戦で人間を『破壊』した者は地獄へ。だが『破壊』された者は黄泉に行く。多くが黄泉へ行く。不均衡を成す源だ」

 確かに戦争では、殺戮者よりも、罪無き犠牲者達の方が圧倒的多数です。

「でも、わたしが家族を救い出せば、地獄の人口は減ってしまう。それは都合が悪いんじゃないの? でも地獄の都合なんて、わたしには関係ない! わたしは家族を救うためなら、何だってやる!」

 その瞬間、異形のモノの肉体は、向こう側が見える程薄くなり、遂には透き通りました。

「お前が地獄に多くの人間を誘えばよい。それで三人は地獄から解放される」

 取引。

 それが救い出す方法。

 地獄に多くの人間を送る……つまり現世に戻って、大量虐殺をしろということ。

「確かにわたしは家族を救い出したい。さっき何でもするって言ったけど……でも罪も無い人を殺すなんて……それしか方法は無いの?」

 それ以外に選択肢が無いなら、どうすればいいのでしょう。

「お前には破壊したい人間が大勢いる。抑え難い破壊の衝動。それは至極当然。お前は人間ではなく、絶滅者」

 異形のモノの意図が、ようやく分かりました。

 破壊の衝動……殺したい人間……。

 目に焼きつく、地獄での家族の姿。

 首まで泥沼につかり喘ぎ続ける父。

 絶壁で唸り声を上げ続ける、笑顔無き母。

 そして河原で拷問にあっている弟。

 もう、迷いはありません。

 異形のモノの肉体は、今にも消えそうです。

「お前と融合する。だが意思はお前のもの。内なる意思のまま、破壊せよ。融合は絶滅者としての能力をお前に付与する」

「能力って?」

「完全なる破壊の力。それにより、お前は破壊を行う。そして、お前の家族は解放される」

「解放って、わたしの家族は黄泉に行くの?」

「お前の望む場所に行く」

 わたしの望む場所。それはただ一つ。

「分かった」

 一言、異形のモノに決断を伝えました。

「融合する」

「待って。最後に一つだけ聞きたい。人類を絶滅させるなら、他に方法があるんじゃない?アンタは人間を自由に操れるんでしょう? だったら、核兵器でも使わせれば……」

「過剰なる破壊は星を傷つける。次のこの星の支配者に悪しき影響を及ぼす」

「次の支配者を放射能に強い生き物にすれば……」

「強固過ぎる生物は不適。次の廃棄が困難」

 地球の新陳代謝は活発に、永遠に続くのでしょう。

 人類の存在など、ほんの一瞬。

「融合する」

 短く告げ、異形のモノの姿が消えました。

 わたしの中に入ってきたのです。

 融合の感触は、とても言葉では表現できません。

 わたしは処女ですが、この快感はきっと性交によるエクスタシーすら超越するでしょう。

 全身の毛穴が開き、涎を垂らしてよがり、失禁し……。

 凄まじい感情のうねりが全身を包み込みました。

 股間に異常なモノの出現を感じましたが、身も心も支配する快感に、深くは考えが及びません。

 体中の全ての穴から、出るものは全て出ました。

 その圧倒的な快感はしばらくわたしを支配し、そして終わりました。

 それが意味するもの。

 わたしが人間であることの終わり。

 わたしは絶滅者。

 それは人殺しになるということ。

 恐怖を感じました。

 人間の破壊に、全く躊躇を感じない自分に。

2019年2月14日公開

© 2019 hongoumasato

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