絶滅者 11

hongoumasato

小説

3,694文字

ついに「わたし」達家族は、夜逃げを決行し、成功する。
だが「わたし」は、夜逃げ屋にいた甘ったれた一員に不安を覚える。

新しい土地で、家族それぞれが新しい生活を始める。
軌道に乗り始める、新生活。

そんな折、異形のモノが現れ、「わたし」に「絶滅者」としての始動が近いことを告げる……。

そしてある日、唐突に、新しい生活……「わたし」の家族は、終焉を迎える。
どこまでも伸びる悪の手によって。

放課後、生徒指導室に呼ばれました。
部屋には、担任と学年主任、教頭。
山本の一件を、生徒の誰かが教師に告げたのでしょう。弟へのイジメは黙殺したのに。
三人の教師達は、まず事の真相を正そうとしました。
わたしは全てを報告しました。
教師達は、弟へのイジメについては言葉を濁すだけ。
そして、今日のわたしの暴行が信じられないようです。「目の前の十二才の色白で細身の女子が、体の大きな複数の男子生徒を四人も叩きのめす?」
「先生、これがわたしからの、この学び舎への置き土産です。相応しいと思いませんか?」
唖然とする教師達。即、帰宅の許可が出ました。
下駄箱で、弟が黙って待っていました。一緒に校舎を出ます。
二人とも無表情で、無言。
校門を出てから、わたしも弟も校舎を振り返りました。
コンクリート造りの四角四面で無骨な建物。
もうここに戻ることはありません。
でも、わたしにも弟にも、寂しさは微塵もありませんでした。

その夜、プロの夜逃げ屋達がやってきました。
総勢七名。
全員が醸し出すアンダーグラウンドなオーラ。
年配の男が、二言三言、父と言葉を交わしました。
夜逃げ屋達が迅速に、次々と我が家の荷を梱包し、トラックに積み込んでいきます。
心の中の思い出が、一枚一枚、剥がされていく……。
呆気なく夜逃げの準備は終了。全ての荷が運搬・処分された我が家。
それは、わたし達家族の心と同じ。希望も温かみも無い、虚無の空間。
いやに広く感じる我が家。
他の家族は皆、もう戻れないとあきらめています。
わたしは違います。
戻ってみせる。
取り戻してみせる。
この地上で、唯一の聖域を。

それから、荷はトラックで、わたし達はワゴンで何時間も走りました。
車内では、全員が無言でした。父は俯き、目が充血していました。母は虚ろな笑顔。
唯一、弟だけが、微妙な感情を覗かせています。全てが未知の場所。そこで慎重に行動すれば、イジメに遭わずに済むから。
弟ももちろん、唯一のオアシスである我が家への喪失感はあるでしょう。
しかし弟にしてみれば、今回の夜逃げは、イジメからの脱出。
山本達にイジメられる惨めな日々は、終わりを告げた……。
違う。
山本達から逃れただけ。イジメそのものからは逃げられない。
新しい学校で、再びイジメに遭う可能性は多いにあります。
弟の性格が、根本的な原因である限り。
再び地獄が始まった時、弟は耐えられるのか?
窓外の濁った闇と同じ気分になりながら、ふと、ワゴンを運転している若い夜逃げ屋が目に止まりました。その若者、見た目だけは威圧感があります。でも、どことなく感じられる甘さ。暴走族上がりでヤクザにもなれず、夜逃げ屋に。そんなところでしょう。
暴走族は甘ったれの集まり。一人では無力で無能の若者達が、徒党を組むことで気が大きくなり、酒や薬の力を借りて、やりたい放題暴力を振るう。
そこには忍耐も地道さもありません。刹那的な快楽を求めるだけの、烏合の衆。
わたしは無意識に、その若者の顔を頭に焼き付けました。

到着したのは、明け方でした。
二つ隣の県の郊外が、新しい生活の場でした。
意外に小ぎれいなマンションで、自宅から持ってきた家具全てを収納できました。
一人一部屋は無理でしたが、郊外とはいえ、この県はそれなりの人口を誇る都市です。
夜逃げした人間が行き着く先としては不釣合い。
後で知ったことですが、藤堂の女系有志からの心遣いでした。
夜逃げ屋達は、すぐに立ち去りました。
まるで陽を恐れる吸血鬼のように。
車に乗り込む、あの若者。
なぜか不安を覚える、その横顔。

新しい土地での生活が、味気無く始まりました。
父は近所のコンビニで、深夜帯のバイトを始めました。店長がバイトの背景に深入りしないこと、時給が群を抜いて良かったことが決定打。
わたしと弟は、家から一番近い公立の学校に入学できました。赤の他人の名で。
夜逃げは、逃げた後が最も危険だとか。
だから自分達の素性に関わることは、一切洩らしてはいけません。
たとえここが、あのヤクザ達のシマでなくとも。
弟は、寡黙な秀才を演じました。
転校生は、そのクラスの注目を一心に集めます。
始められる品定め。
弟はまず、テストで満点を取りました。周囲への先制攻撃。
人間関係を築くと弱さを見抜かれるため、滑稽な程、クールに振る舞う弟。
でも家では、死に物狂いで猛勉強。
秀才を演じ続けるため。クラスメートを欺くため。
弟も戦い始めたのです。二度と地獄に堕ちぬよう。
わたしは、女子生徒からは羨望と嫉妬、男子生徒からは好色の目で見られました。
けれど、すぐに誰もわたしに近付かなくなりました。至って普通に振舞っていたのですが。
前の学校でも同じだったので、気にはなりませんが。
劇的に変化したのは母でした。
母は昼間、うどん工場にパートに出るようになりました。
機械化されていない単純作業が業務。
このパートを母が選んだ理由は二つ。
一つは人手不足で、どんな人間でも採用されること。
二つ目は、同僚達との会話が一切無いこと。
作業中も昼食時も、会話は皆無。
他人から干渉されない環境が、母には絶対必要です。近所付き合いでさえ、かなりのストレスになった母でしたから。
父の稼ぎだけでは心許ないという事情もありました。
でも母は一族への負い目、いえ、憎悪を胸に秘め、突き進んでいるのかもしれません。

その夜。
夢の中で、異形のモノと再会しました。
気のせいでしょうか、異形のモノの肉体の輪郭がぼやけているような……肉体が薄くなって、透き通っている……。
「お久しぶり。あなたの情報のお陰で、随分色んな事が分かった」
異形のモノに、軽口を叩くわたし。
最早恐怖は感じず、さりとて親近感でも決して無い、奇妙な感情。
「表の世界で力を使うなと告げたはず」
赤い舌の奥から這い出てくる、唸り声のような重低音。
「力? 確かにわたしは変わったわ。心身共に激変してる。理由はよく分からないけど……でも不思議と、戸惑いが無い」
「『絶滅者』としての、お前の覚醒の早さ。機は熟した。お前は定められし宿命を果たす。それは長く果てしない破壊の歴史」
「『絶滅者』? それは何? 何を絶滅させるの? 『法で裁けぬ社会の害虫どもを駆除する』ってありがちな話?」
異形のモノは、その問いには答えません。
「次、お前とまみえる時、それはお前が我を目にする最後の時。そして、始まる」
「何が始まるの?」問いかける前に、わたしは暗闇の中へと落ちていきました。
突然……でした。
わたしと家族の崩壊の時が来たのは。
下校途中のわたしは、校門で凍りついている弟を見つけました。
「どうしたの……」
その答えは……立っていました。
弟の目の前に、複数の男達。
取立て屋――中年ヤクザ、海坊主、金髪モヒカン。他に初めて見る二人。
「久しぶりだな」
中年ヤクザの低い声。顔も目も笑っていません。後ろの腰ぎんちゃく二人も。
「坊主にお嬢ちゃん、お遊びはお終いだ」
お終い……。
そう、全てが、お終い。
「俺達を甘く見過ぎだ。どの町にも、俺達の『兄弟』がいる」
海坊主がわたしに言います。弟には目もくれず。
「裏社会の人脈を甘く見るんじゃねえ! お前等が逃げたから、夜逃げ屋どもに当たった。俺と組で同期の野郎がいてな。そいつは根性無しだから、すぐ組を辞めた。だが、ウー・ビンゴ! そいつが口割ったわけよ」
片手を吊り、顔の真ん中に大きなガーゼを張った金髪モヒカンが、嬉しそうに報告。
夜逃げ屋にいた、あの暴走族上がりの若者……不安は的中。
全てを暴露したということは、わたし達の退路は完全に断たれたということ。
「ナメるな、といったはずだ。堅気から金を回収できないようじゃ、組内でいい笑い者だ。鉄砲玉飛ばす計画もあった。だが、お前等は金になる。覚悟はいいな?」
海坊主の低い、抑揚無き声。取り立て中の、わたしの盗み聞きを見抜いていたようです。
「お前達の親御さん達には、もう挨拶を済ませてきた」
中年ヤクザの報告。
深夜バイト明けの安眠を、悪夢以上の現実で叩き壊された父の蒼白な顔。
工場で金切り声を出して、ヒステリーを起こす母。
全てが目に浮かびます。
絶望へと疾走する家族の乱舞。
「小娘、もう抵抗するな。すれば家族を殺す。次はチャカのんで、最後の挨拶に行くからな」
一二才の小学生を恫喝する中年ヤクザ。けれど、彼は真剣でした。
「兄弟達、世話になったな。オヤジさんには、俺から直接礼を言っておく」
この町をシマとする初顔の二人のヤクザに向かって、中年ヤクザが腰を折りました。
「いえ、若松さん。いつも本部の方々にはお世話になっておりますので。会長さんにも、よろしくお伝えください」
二人組みも腰を折ります。
その一人が、わたし達を凝視します。
「しかし、本当に金になりますね。この二人は」
わたしの全身を粘っこく眺め回し、弟の胸部と腹部を冷たい目でロックオン。
そして五人は去りました。中年ヤクザはびっこを引いて。
「う、う、うわあああぁぁぁぁぁぁんっ!」
弟が絶叫し、号泣し、取り乱し、失禁し……。
学校では秀才でクールだった弟の激変に、目を丸くする他の生徒達。
でも、そんな事はどうでもいい。
この学校に来ることは、二度と無いのですから……。

2019年2月13日公開

© 2019 hongoumasato

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