絶滅者 9

hongoumasato

小説

3,121文字

カルト教団が運営する病院を何とか脱出した「わたし」。しかしタイミング悪く、取り立てや三人組=ヤクザ達と鉢合わせてしまう。
ヤクザの一人が「わたし」に淫乱な真似をすると、「わたし」は暴走してしまう。
一方、憔悴しきった父を母は、中国からのVIPを警護する警官に助けを求めるが・・・

帰路の途中で、取立て屋の三人組と出くわしました。
厄日の一言では片付けられない、今日という呪われた日……。
「おお! こいつぁ奇遇だなあ!」
中年ヤクザが驚いて近寄ってきます。
「何だ、オヤっさんのそのザマは? ヤクか? ヤク買う金あるなら、借りたモン 返せよ」
わたしは無視して通り過ぎようとしましたが、脅えた母は動けずにいました。
「あ、あの、夫は、その、みなさんにお金を返そうと……仕事を……」
母の余計な報告。
「ほう、そりゃ感心だ。で、そんなゾンビになる仕事って何だ?」
後ろで、海坊主と金髪モヒカンがニヤニヤ笑っています。
ポケットの中のメスが、その存在をわたしに主張し始めました。
「じ、実は、夫は、いかがわしい病院で、あの、治験を……」
またも余計な母の報告。
「お母さん、もう行こう」
わたしは歩き出そうとしました。
その行く手を、金髪モヒカンが塞ぎます。吊り上がった目で威嚇しながら。
「この辺で治験のバイト? もしかして『愛と平和の記念病院』か?」
中年ヤクザが、やや真面目な顔で聞いてきます。馬鹿正直に頷く母。
金魚のフン二人が、ギョッとした表情を浮かべます。
「オヤっさん、あの病院で治験を……薬を服用し続けたのか?」
嘆息まじりの海坊主。
「おいおい、いくら何でもヤバ過ぎる。稼ぎたいんなら、これからは俺に連絡し  ろ。名刺は、オヤっさんに渡してある。お前等でも、立派に稼げる仕事はあるん だ」
中年ヤクザからの忠告。あの教団はそれ程危険だったのか……。
もちろんヤクザ達の言葉は気遣いなどではなく、いい金づるを失いたくないだけ。
「兄貴の言うことはホントだ。お前みたいな小娘でも、結構稼げんだよ」
金髪モヒカンが卑しい笑みを浮かべ、わたしを見下ろします。
突然、金髪モヒカンがわたしの乳房を乱暴に掴みました。
「ヒューッ! まだ小学生のくせに、いい乳してんなあ! こりゃあ、相当稼げる ぜえ。死に損ないの親父なんかより、よっぽどお前の方が金になんぞ。親孝行し てみろやぁ!」
ゲラゲラ笑いながら侮辱する、クズのチンピラ。
「よせ。中国から来てるお偉いさんの警護で、お巡りどもがワンサカいるんだぞ」
中年ヤクザが、金髪モヒカンを叱責。
「あ、スイマセン兄貴。でもホント、このガキ、イイ乳してるんすよ。こりゃあ、 金になるなあ」
中年ヤクザに謝りながらも、わたしの乳房から汚い手を離さないクズ。
わたしは黙って父の体を母に預けました。
それを見ていた海坊主が
「おい小娘、何を……」
と問い質すのを無視し「行動」に出ました。
乳房を掴んでいる腕を引き離し、その手首を裏側に思いっきり折り曲げました。
ボキンッ! という分かりやすい音。
自分の手があらぬ方に曲がり、唖然とするチンピラ。
さらに両腕で片腕を掴み、その肘をわたしの膝で「逆くの字」に折り曲げました。
ドガキッ!
肘の粉砕骨折は、手首のそれとは比べ物にならない派手な音。
最後に彼の襟首を掴んで、思いっきり下に引っ張ります。迫ってくる金髪モヒカンの顔。その鼻に、わたしの額をブチ当てました。
「ギョワアッ!」
ようやく悲鳴を上げる金髪モヒカン。
砕かれ、沈没した顔の中央部。かつて鼻があったその場所に、今は赤色の水を豪快に撒き散らす噴水が出来ていました。
虚勢を張るだけで、本物の極道にもなりきれないチンピラ・金髪モヒカン。それを実証するように、甲高い悲鳴を上げながら、粉砕された鼻と歪に曲がった腕にパニックを起こして暴れています。その無様な姿は、醜いダンスのよう。
「テメエ、こらあ!」
中年ヤクザが、遂に破壊人格を露わにしました。十二才のわたしを、本気でぶちのめそうと向かってきます。
素手では敵わない!
なぜか咄嗟にそう判断できたわたしは、ポケットからメスを素早く抜き出し、中年ヤクザの太股に突き刺しました。
「グワアァ――ッ!」
刺したメスを太股内で九十度回転させ、上に引っ張りあげます。
中年ヤクザは苦悶の表情で、体を引き攣らせています。
その直後、
ブンッ!
空気をなぎ払う音がした瞬間、わたしは凄まじい勢いで地面になぎ倒されました。
わたしの即頭部に、海坊主の丸太のような脚が叩き込まれたのです。
「兄貴、大丈夫ですか!」
「……俺はいい。こ、この小娘……」
中年ヤクザが憎悪にたぎった目で、わたしを睨みつけます。海坊主も、わたしに目を向けました。
「今のナイフ捌き……。昔、ナイフ使いのアサシンがいたが、そいつよりも……」
海坊主は、最後までセリフを続けられませんでした。
わたしが何事も無かったかのように、むくりと起き上がったからです。
驚愕の表情を浮かべる海坊主と中年ヤクザ。
これまで幾人もの極道を一撃で沈めてきた回し蹴りを、十二才の華奢な小娘の小さな頭にお見舞いした――頭蓋骨は砕けて当たり前。なのに、立ち上がってきた……。
わたしは右即頭部に、鈍く重い痛みを感じました。
けれど、立てない程ではありません。
ヤクザどもに屈する程ではありません。
「嘘だろ……今お前、手加減無しでこの小娘に蹴り入れたよな?」
脚にめり込んだメスも忘れ、呆然としながら、海坊主に問う中年ヤクザ。
海坊主はすでに戦闘モードに入っていました。目が据わり、全身から殺気を漲らせています。幾多の修羅場をくぐり抜けた海坊主の経験と勘が警鐘を鳴らし、無駄な疑問を排して、彼を一個の戦闘マシーンにさせていました。
今戦ったら負ける。
喧嘩と無縁のわたしが、なぜ正確に戦闘状況を認識できるのか?
ふと、母の姿が無いことに気付きました。
海坊主に隙を見せないようにしながら、目で母を探すと……母が父を背負いながら、なぜかそこにいた警官にすがりついていました。
遠くて、警官とのやり取りは聞こえません。母は涙と鼻水を垂らしながら、それ でも笑顔で警官にすがっています。助けを求めています。ズタボロの父を半ば引きずって……。
邪魔だ。
それが、警官の母に対する反応でした。
先程の中年ヤクザのセリフが思い出されます――「中国からのVIPの来日」。
その警備にあたっているのでしょう。
警官は、邪険に母を扱いました。「交番に行ってくれ」とでも言ったのでしょうか。
それでも父を担ぎながら、倒れ掛かるように警官にすがりつく母。
突然警官が、母を強引に引き離しました。そして、正面に敬礼。
彼の目の前を通る何台もの黒塗りの公用車。
サイドミラーの中国国旗に脱力感を覚えるわたし。
自国民が助けを求めているのに、外国人を優先させる公僕。
警官に弾き飛ばされ、母が地面に転がりました。
父を庇おうと、半身を捻りながら。
その姿勢で固く冷たいアスファルトに倒れた母の顔に浮かぶ苦悶。肩や腰を強打したのでしょう。
苦痛で動けない母と憔悴しきった父を慌てて担いで、わたしは我が家へと駆け出しました。
警官を睨みつけながら。
それでも無表情の警官。
十二才の華奢な娘に睨まれても、動じないのは当然。彼の腰にぶら下がる拳銃。 あれが無かったら、わたしは彼を殺せる……。
病院での神経戦。ヤクザ達との実戦。警官への冷徹な分析。
自分の急激な変化を、自覚し始めていました。
わたしの中で、新しい生物が誕生するような、そんな感覚。
ヤクザ三人組は、いつの間にか姿を消していました。警官の姿を見て、撤収したのでしょう。わたしは父と母を抱えながら、誰にも助けてもらえず、自宅まで戻りました。

玄関でへたり込むわたし達。
母は全ての気力・体力を使い果たしていました。
わたしも、膝が笑って、立っていることすらできません。
わたし達の帰りを待ちわびていた弟が、すぐに二階から駆け下りてきました。
疲れきったわたしと母。ゾンビと見間違う父。
「ど、どうしたの! な、何があったのっ? ねえ、何があったんだよお!」
泣き叫ぶ弟。答える気力も無いわたし……。

2019年2月11日公開

© 2019 hongoumasato

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