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未覚

無花果回

七十八歳、元農家。小学校しか出ていない男が、桐箪笥の底に五十年、一人で本を隠してきた。秘密を守り抜いたはずの夜、一通の留守電が、彼の楷書を初めて歪ませる。

タグ: #小説 #短編小説 #純文学

小説

11,384文字

朱子の詩を声に出して読んだのは、七十八になった先週が初めてだった。五十年、黙って読んできた。

 

五月の日曜の朝、郵便受けに放送大学の封筒が入っていた。指の腹で厚みを量る。六月分の教材。先月より、軽い。月によって単位の取りやすい科目が偏るのだと、一年半通って、そういうことが少しわかってきた。

 

土間に膝をついて長靴を脱ぐ。右足の親指が、曲がったままになっている。若い時分の癖だ。田に入る頃、足袋の上に地下足袋を重ねて履いていた。その時に畳まれた指が、六十年を経ても元に戻らない。

 

和子の仏壇に封筒を置いた。線香の灰が長く伸びて、途中で折れる。生きていた頃、灰が長くなると縁起が悪いと言っていた。

 

入学願書を書いたのは、去年の一月だった。学歴の欄に「小学校卒業」と書いた。事実として、そう書いた。昭和三十五年の春、中学校の教師が玄関に立って、帰されて行った、その翌年から始まる履歴を、鉛筆で書く。一文字ずつ。芯が紙に擦れる音が、やけに大きかった。

 

奥の六畳に教材を運ぶ。去年、半世紀分の農具を整理した部屋だ。実の倅が軽トラに積んで、何も言わずに持っていってくれた。今は、机が一つ、椅子が一つ、それだけ。本は、ない。ここには置いていない。

 

本は、別の場所にある。

 

ノートパソコンを起動する。孫に教わったとき、「電源ボタンを押して、起動音が鳴るまで待ってください」と言われた。起動音、という言葉を、そのとき初めて知った。機械が、鳴く。

 

画面に、放送大学の授業動画が現れる。「漢詩入門」。先週の続きからだ。講師の、朱子の「偶成」。白い字幕で、七言絶句が流れる。

 

少年易老学難成
一寸光陰不可軽
未覚池塘春草夢
階前梧葉已秋声

 

講師の男が、それを読み上げる。声を張らず、七字を七字のままに。みかく、ちとう、しゅんそうの、ゆめ。
わたしはそれを、目で追う。五十年、漢詩を、目で追ってきた。声には、出さずに。

 

キッチンで湯を沸かす。電気ポットの音と冷蔵庫の音が、一緒になる。湯が沸くのを、わたしは立ったまま待つ。椅子に座ることに、まだ慣れない。膝が、立つ方を、覚えている。

 

茶碗を持って、奥の六畳に戻る。机の上に、六月分の教材を広げる。「日本文学の諸相」「東アジア思想史概論」。表紙を指でなぞる。紙の肌理。新しい紙の匂い。

 

それから、わたしは、奥の襖を開ける。隣の三畳。納戸だ。桐箪笥が、一棹。

 

一番下の抽斗を、引く。

 

*  *  *

 

風呂敷を、両手で持ち上げる。紺木綿、色の褪せた。五十年、この布に包まれてきた。包みの中身の重みを、手が先に覚えている。

 

茶の間に運ぶ。畳の上に、布を解く。

 

『唐詩選』七巻。『近思録』四巻。ともに木版、和綴じ。表紙に、泥のしみ。

 

昭和四十六年の秋、二十三だった。

 

隣の集落に、石塚という老いた漢学者が住んでいた。藩校の系統を引く家だと聞いていた。妻を早くに失くし、子もなく、一人で畑をやりながら、土間の奥で本を読んでいた。村の者は、変わり者として、丁寧に避けていた。

 

石塚が死んで、親戚筋から、家財を片付けるのに人手がほしいと言われた。父が、うちの倅を出す、と返事をした。わたしが行った。

 

秋口の雨の日だった。家の中に、本が積まれていた。襖の裏まで、積まれていた。親戚の者は、「紙屑だ」と言った。軽トラに積んで、焼却場に持っていく手筈になっていた。わたしも、そのつもりで運んだ。

 

昼飯の時に、縁側に座って、積んである本の山から、一番上の一冊を取った。字が、読めなかった。次の一冊を取った。やはり、読めなかった。『唐詩選』の第一巻。標題だけは、読めた。唐の、詩の、撰、という意味だろうと、見当はついた。その下の字は、わからない。

 

軽トラの荷台に戻す、ということを、そのとき、しなかった。

 

わたしは、その『唐詩選』七巻を、作業服の下に隠した。『近思録』の四巻も。合わせて十一冊。作業服の前を膨らませて、他の親戚には気づかれなかった。帰り道、田の畦の、一本道を、本で膨らんだ腹を、抱えて、歩いた。脇腹の骨に、版木の硬さが当たった。泥のついた表紙が、肌着に擦れた。

 

その晩、母屋の隅の、わたしの寝間に、十一冊を積んだ。

 

母が、廊下を歩いてきた。襖が開いた。わたしは、布団の下に本を隠す時間がなかった。母は、本の山を見た。見た、はずだ。けれど、何も言わなかった。「明日、早いから、早く寝ろ」とだけ言って、襖を閉めた。

 

母は、それきり、あの本のことを聞かなかった。死ぬまで聞かなかった。平成十二年、八十四で死んだ。

 

翌日から、読んだ。読めなかった。一日、一文字。それが、できる日と、できない日があった。

 

農協の事務所に、漢和辞典が置いてあった。組合員が申請書を書く時に、難しい字を確かめるために備えてある、古い版の辞典だった。誰も使っていなかった。わたしは、用事のない日にも、組合に顔を出すようになった。事務員が、珍しいことだ、という顔をした。「ちょっと、調べたいことがあって」と言った。事務員は、「どうぞ」と言った。

 

『唐詩選』の、五言絶句の巻から、読んだ。孟浩然、春暁。春眠、暁を、覚えず。五字。一日、一字。五日、かかった。五日目の夜、寝間に戻って、布団の中で、しゅんみん、あかつきを、おぼえず、と唱えた。声に出しては、唱えなかった。口の中で、形を作るだけ、にした。

 

声に出すことを、しなかった。出したら、誰かが聞く。誰かが聞いたら、何をしていたかがわかる。家の者が知ったら、どうなるか、わからなかった。父は、中学の教師を帰した人だ。本を読んでいる倅を、どうするか、わからなかった。

 

父は、昭和五十年に死んだ。わたしが、二十七のとき。父が死んだ朝、読んだ。父が死んだ夜も、読んだ。やめる理由が、見当たらなかった。朝、田に出る前に、二十分。夜、風呂から上がって、三十分。一日、五十分。五十年。

 

和子と結婚したのは、二十八のときだ。和子は、隣の集落の米屋の娘だった。小学校を出て、すぐに奉公に出て、二十四のときに戻ってきた。家事と、畑の手伝いと、姑の世話で、一日が終わる女だった。読書をする人では、なかった。

 

和子は、桐箪笥の一番下に、わたしが何を入れているか、気づいていたと思う。思う、というのは、確かめなかったからだ。風呂敷を、時々、和子が洗ってくれた。中身を出して、別の布巾で包み直して、風呂敷だけ洗った。中身のことを、和子は一度も聞かなかった。

 

和子が死ぬ前の年、平成二十三年の冬、和子が、布団の中で、「あんたのあれ、どうするね」と言ったことがある。わたしは、寝入りばなで、聞き取れなかった。

 

「あれって、なんだ」と聞き返した。

 

和子は、少し黙ってから、「ううん、いい。何でもない」と言った。それきり、聞かなかった。

 

「あれ」が何を指していたか、わからない。今も、わからない。確かめないまま、和子は翌年の秋、死んだ。

 

本を、布に包み直す。風呂敷の結び目を作る手が、昔、苗を縛った手と同じ動きをする。桐箪笥に戻す。抽斗を、閉める。

 

*  *  *

 

名古屋の春は、三月の半ばから始まる。

 

知子の勤める高校は、熱田の南、住宅地の中にあった。事務室の窓から、中庭の桜が見える。四月を過ぎて、葉桜になりかけている。

 

月曜の朝、席に着いて、メールを確認する。金曜に届いていた、父の放送大学の件で、処理しそびれたものがある。違う、処理ではない。返信を、していない。

 

父からの電話は、先週の水曜、夜の九時過ぎだった。

 

「知子か」

 

「うん」

 

「放送大学に、入った」

 

「うん」

 

知子は、台所で食器を洗いながら、電話に出ていた。水を止めていなかった。右手にスポンジを持ったままだった。

 

「入った、って、いつ」

 

「去年の、一月」

 

「……一年、経ってるじゃん」

 

「うん」

 

知子は、笑った。

 

「お父さん、なんで今言うの」

 

父は、黙っていた。電話口の向こうで、何かの音がしていた。知子には、それが何か、わからない音だった。

 

「まあ、いいけど」と知子は言った。「なんか、すごいね」

 

すごいね、と言った自分の声が、耳に戻ってきた。水を止めて、スポンジを置いた。

 

「お父さん、何、勉強してるの」

 

「日本文学と、東アジアの、思想史」

 

「ふうん」

 

「むつかしい」

 

「そうだろうね」

 

「わからんところが、多い」

 

「うん」

 

知子は、何を言ったらいいか、わからなかった。父が、東アジア思想史、と言った。その音が、電話の向こうから、事実として届いた。

 

「じゃあ、頑張ってね」と知子は言った。

 

「うん」

 

「また、かける」

 

「うん」

 

電話を切って、知子は、シンクの前に立ち続けた。蛇口の水滴が、一つ、伏せたコップの底に落ちた。

 

父が、「本」と、言わなかった、ということを、知子は、考えた。放送大学、日本文学、東アジア思想史。具体的な言葉を、父は言った。けれど、父は、「本」とは、言わなかった。

 

父の、桐箪笥の、一番下の抽斗に、十一冊あることを、知子は、知っている。『唐詩選』が七冊、『近思録』が四冊。

 

知子が八つのとき、父が、書き損じた。

 

日曜の午後だった。父が、茶の間で、新聞の折り込み広告の裏に、字を書いていた。知子は、宿題を広げていた。父の手元を、覗き込んだ。

 

父は、漢字を、何度も書いていた。同じ字を、繰り返し。知子は、学校で「恵」という字を習ったばかりだった。父が書いている字が、「恵」に似ていた。けれど、違っていた。心の字の上の、横棒が、一本、多かった。

 

「お父さん」と、知子は言った。「そこ、字が、違うよ」

 

父は、鉛筆を止めた。それから、知子を見た。

 

父の目は、知子が、父から何度も見たことのある目とは、違った。父は、知子を見ていなかった。父は、自分の手を、見ていた。

 

「そうか」と父は言った。「教えてくれて、ありがとうな」

 

父は、その字の上に、線を引いた。消したわけではなかった。ただ、線を引いた。広告の裏の、間違った字の上に、黒い線が残った。

 

母が死んだのは、平成二十四年の秋だった。

 

最後の十日、母は、病院の個室で、意識が、行ったり来たりしていた。知子は、三日間、休暇を取って、横に付いていた。母は、ほとんど眠っていた。時々、目を開けて、知子を見て、また眠った。

 

死ぬ前日、母は、一度だけ、きちんと、喋った。

 

「知子」

 

「うん」

 

「お父さんの、下の、抽斗のやつ」

 

「うん」

 

「捨てんでくれ」

 

「うん」

 

「十一、ある」

 

「うん」

 

母は、目を閉じた。それから、もう、喋らなかった。

 

「十一、ある」という母の声を、知子は、覚えている。覚えていても、長野には、行かなかった。名古屋と長野は、新幹線で三時間もかからない。行こうと思えば、行ける。行かなかった。

 

母が死んでから、十四年、行っていない。盆も、正月も、父が一人で、知子のところに、出て来る。知子が、行ったことは、ない。

 

四十二のとき、知子は、雑誌で、ある随筆を読んだ。筆者は、戦後の世代の男で、農家の父が、自分が読めない字を孫に指摘されたときの話を書いていた。その父は、その晩、一人で泣いた、と書かれていた。

 

知子は、随筆を読んで、雑誌を閉じた。

 

父の顔を、思い浮かべた。八つの日曜の午後の、父の顔を。

 

父は、知子に、「教えてくれて、ありがとうな」と言った。

 

知子は、父を見るとき、一瞬、視線が遅れる。遅れる、ということを、父は、気づいていない。気づいていない、ということも、知子は、たしかめない。たしかめる気は、たぶん、これからも、ない。

 

事務室の電話が鳴った。

 

取るまでに、三秒、遅れた。

 

*  *  *

 

昭和三十五年の、春だった。

 

わたしは、十二。小学校の、六年、卒業の年だった。新制では、六年で小学校が終わり、そのあと三年、中学校に行くことになっていた。中学校は、義務だった。義務だ、と、教師は言っていた。

 

父は、中学校に、わたしを入れなかった。

 

三月の、終わりに、教師が、家に来た。中学校の、若い教師だった。戦後に師範を出た、新しい型の教師だ、と、あとで聞いた。その日のことは、わたしは、奥の板の間から、見ていた。見ていた、というより、聞いていた。玄関の土間と、奥の間を隔てる襖の、少し開いた隙間から、覗いていた。

 

教師の靴は、黒い革靴だった。泥のはねが、踵のところまで上がっていた。家まで来る途中の、畦の泥だろう。靴の甲の、磨かれた革が、光っていた。教師は、靴を揃えて、土間に脱いだ。けれど、上がらなかった。上がれ、と、父は言わなかった。

 

「高木さん、お願いします」と教師は言った。

 

「お願いしますも、何もない」と父は言った。

 

「勉くんは、優秀です」

 

「優秀も、何もない」

 

「このままでは、もったいない」

 

「もったいなくない」

 

父の声は、大きくなかった。声を荒らげていなかった。荒らげていないことが、かえって、固かった。決まったことだ、という固さだった。

 

「義務教育です、中学は」

 

「義務も、何もない」

 

「法律では──」

 

「法律は、知らん」

 

「勉くん本人は、どうなんでしょう」

 

父は、黙った。それから、奥の襖を見た。襖の隙間から、わたしが覗いているのを、父は、知っていた。わたしも、父がわたしを見ていることを、知った。

 

「本人は、家の仕事をする」と父は言った。

 

教師は、何か言いかけて、やめた。土間に立って、靴を、もう一度見た。それから、靴を履いた。

 

「失礼しました」と言って、出て行った。

 

教師が出て行ったあと、玄関の土間に、教師の靴の跡が、残っていた。泥がついた跡だ。父は、土間を拭かなかった。母も、拭かなかった。わたしも、拭かなかった。泥の跡は、夕方まで、土間に残っていた。

 

その日、わたしは、畑に出なかった。父が、「今日は、家にいろ」と言った。わたしは、奥の板の間で、一日、座っていた。教科書を、出さなかった。本を、開かなかった。ただ、座っていた。

 

夕方、父が、板の間に来た。父は、わたしの隣に、座った。わたしと父は、並んで、座っていた。長いこと、座っていた。

 

父は、言った。

 

「勉」

 

「はい」

 

「学校は、人が、取り上げる」

 

「はい」

 

「取り上げられるものは、持つな」

 

「はい」

 

父は、それだけ言って、立ち上がって、出て行った。

 

翌日から、わたしは、畑に出た。

 

*  *  *

 

五月の、連休の半ば、実が来た。

 

前の日に、電話が来ていた。

 

「兄貴、おふくろの、七回忌、もう過ぎてたな」と実は言った。

 

「過ぎた」と答えた。

 

「そうか」と実は言った。「じゃあ、いい」

 

と言って、電話を切った。

 

翌日、昼前に、実の車が来た。横浜ナンバー。実は、七十二になる。退職してから、十二年経つ。県の土木部で、道路の維持管理をやっていた。兄のわたしが農業高校にも行けなかった代わりに、実は、高校を出て、公務員になった。家が、一人分の余裕を、持てるようになっていた。

 

「よう」と実は言った。

 

「上がれ」

 

茶の間で、茶を淹れた。和子が死んでから、茶の淹れ方は、わたしが覚えた。湯を、少し、冷ます。急須に茶葉を入れる。湯を、注ぐ。六十秒、待つ。和子は、砂時計を使わなかった。勘で淹れていた。わたしは、砂時計を使う。

 

「これか」と実は言った。

 

茶の間の隅に、放送大学の教材が、積んであった。六月分を、運んでくる途中で、そこに置いたままだった。

 

「ああ」

 

「放送大学」

 

「うん」

 

実は、教材の一番上の、表紙を見ていた。「日本文学の諸相」。それから、わたしを見た。わたしは、茶を、実の前に置いた。

 

実は、湯呑みを、両手で包んだ。

 

「兄貴」

 

「うん」

 

「遅いよ」

 

わたしは、湯呑みを、持ち上げた。湯呑みが、少し、熱かった。

 

「そうか」

 

「遅いよ」と実は、もう一度、言った。

 

わたしは、茶を、一口、飲んだ。

 

実は、湯呑みから、手を離さなかった。湯呑みが、実の掌の中で、温められていた。温めている、というより、実が、湯呑みに、しがみついている、という手つきだった。

 

「兄貴」

 

「うん」

 

「おやじが、あのとき、あれで、よかったのか」

 

実の声が、少し、かすれた。実は、わたしと違って、子供のときから、勉強ができる方ではなかった。だから、中学校に、高校に、行けた。行かせてもらえた。兄のわたしが、行かなかった分、行かせてもらえた。実は、そのことを、知っていた。六十年、知っていて、一度も、口にしなかった。

 

「おやじは、ああいう人だった」と、わたしは言った。

 

「それは、答えになっていない」

 

「答えなくてもいいだろう」

 

「兄貴は、それで、いいのか」

 

わたしは、茶を、もう一口、飲んだ。湯呑みの縁が、欠けているのが、唇にわかった。この湯呑みは、和子が生きていた頃からある。欠けたのは、いつだったか、思い出せない。

 

「いい」と、わたしは言った。

 

「いいのか」

 

「いい」

 

実は、黙った。茶の間の、柱時計の音が、聞こえた。昼の十二時が鳴った。実は、湯呑みを、畳の上に、置いた。

 

「兄貴、俺は、おやじのこと、恨んでたよ」と実は言った。「兄貴を、中学校に行かせなかったこと。ずっと、恨んでた。今も、恨んでる」

 

「そうか」

 

「兄貴は、恨まないのか」

 

「恨んでも、しょうがないだろう」

 

「しょうがない、じゃねえよ」

 

実の声が、少し、大きくなった。わたしは、湯呑みを、置いた。

 

「実」と、わたしは言った。

 

「うん」

 

「俺は、読んでる」

 

「何を」

 

「本を」

 

実は、わたしを、見た。

 

「本を、読んでる」と、わたしは、もう一度、言った。「五十年、読んでる」

 

実は、しばらく、何も言わなかった。それから、小さく、息を吐いた。

 

「そうか」と実は言った。

 

「うん」

 

「それは、よかった」

 

「うん」

 

実は、茶を、飲み干した。それから、立ち上がった。

 

「帰るわ」と言った。まだ、昼の十二時半だった。

 

玄関で、靴を履く実の背中を、わたしは、見ていた。実の靴は、黒い革靴だった。磨かれていた。泥は、ついていなかった。

 

「兄貴」と実は、靴を履きながら、言った。

 

「うん」

 

「遅いけど、読んでくれて、ありがとうな」

 

実は、そう言って、顔を上げなかった。靴紐を、結び続けていた。

 

わたしは、何も、答えなかった。

 

実の車が、出て行ったあと、茶の間に戻った。湯呑みが、二つ、畳の上に、残っていた。実の湯呑みは、空だった。わたしの湯呑みには、まだ、半分、茶が残っていた。

 

*  *  *

 

その夜。

 

茶の間を片付けて、湯呑みを洗って、仏壇に線香を上げて、奥の六畳に入った。

 

机に、ノートパソコンを置く。電源を入れる。起動音が、鳴る。

 

「漢詩入門」の、第十二回。先週、三回、巻き戻した場所から、再生する。

 

講師が、「偶成」の第三句を読んでいる。

 

未覚池塘春草夢

 

講師が、それを読む。声を張らず、音を正確に。「みかく、ちとう、しゅんそうの、ゆめ」。

 

わたしは、動画を、止める。巻き戻す。再生する。

 

未覚池塘春草夢

 

止める。巻き戻す。再生する。

 

未覚池塘春草夢

 

三度、同じ場所を、聞いた。「みかく、ちとう」。同じ音が、三度、部屋の中に、出た。

 

ノートパソコンを、閉じる。

 

ノートを、開く。

 

農業日誌と、同じ型の、A5のノートだ。五十年、同じ出版社の、同じ型を使っている。表紙の色が、年によって、少しずつ違う。今年のは、薄い緑色。

 

ボールペンを、取る。農協でもらった、安物のボールペンだ。名前が入っている。JA、○○。

 

新しい頁を、開く。

 

未覚池塘春草夢

 

一字ずつ、書く。筆順は、手が、覚えている。「未」から始めて、「夢」で終わる。書き終わるのに、三十秒。

 

書き終わって、わたしは、七字を、見る。自分の字は、楷書で、農業日誌と同じ字だ。「気温十四度、降水量ゼロ、本田の水位二センチ」と書くときの、同じ字。朱子の詩を、農業日誌の字で、書いた。

 

口を、開く。

 

「み」

 

口の中で、音が、作られる。「み」の音。「未」という字の、訓ではなく、音。音読み。

 

「みかく」

 

二字、出した。声は、小さい。隣の部屋まで、届かない声だ。けれど、わたしの耳には、届く。わたしの声が、わたしの耳に、届いた。

 

「みかく、ちとう」

 

舌が、少し、もつれた。「ちとう」の、「ち」で、舌が、上顎に、当たり損ねた。五十年、この口は、この言葉を、形にしたことがない。

 

もう一度。

 

「みかく、ちとう」

 

今度は、通った。

 

「しゅんそう」

 

「しゅんそうの、ゆめ」

 

七字。声に、出した。

 

わたしは、息を、吐いた。息が、机の上の、ボールペンを、揺らさなかった。息は、細かった。

 

ノートの、同じ頁の、真ん中に、わたしは、書いた。

 

未覚

 

二字、書いた。書いてから、その二字を、見た。

 

その下に、もう一度、書いた。

 

未覚

 

三度目。未覚。四度目。未覚。五度目。未覚。

 

頁の、真ん中の縦の列に、「未覚」が、五つ、並んだ。

 

手が、止まらなかった。止める理由が、なかった。止めない理由も、なかった。ただ、書く手が、動いていた。

 

電話が、鳴った。

 

茶の間の、古い電話機だ。一回、二回。わたしは、ボールペンを、置かない。握ったまま、鳴るのを、聞いている。三回、四回。五回で、留守電が、作動する音がした。「ただいま、電話に、出られません──」録音してあるのは、和子の声だ。七年前の声。テープを、替えるのに、手が、つかない。

 

和子の声が、終わった。

 

「お父さん、知子」

 

少し、間が、あった。

 

「あの、明日、そっち、行こうかと、思ったんだけど」

 

少し、黙っていた。

 

「やっぱり、いい。また、今度にするわ」

 

また、間。

 

「じゃあ」

 

電話が、切れる音。茶の間の電話機の、留守電のランプが、点く音。そこまでは、聞こえる。

 

わたしは、ボールペンを、握ったまま、動かない。

 

息を、吸う。吐く。

 

ボールペンを、頁に、戻す。

 

未覚

 

と、書いた。

 

字が、歪んだ。「未」の横棒が、少し、下に、曲がった。五十年、歪まなかった字が、歪んだ。

 

ボールペンを、置く。

 

頁の、下の余白が、まだ、三センチほど、残っていた。そこには、何も、書かなかった。書こうと、思って、書かなかった。

 

一行、空けて、頁を、閉じた。

 

ノートの表紙に、手を、置く。表紙の、薄い緑が、机の、電気スタンドの光で、少し、黄色く、見える。

 

わたしは、息を、吐く。

 

その息が、今度は、細くなかった。

 

夜の、十時、五十二分。

 

手を、ノートから、離す。手が、少し、ふるえていた。

 

握って、開く。握って、開く。鍬の柄ほど、太くない。ボールペンは、細い。

 

手は、大丈夫だ。

 

台所に行く。蛇口を、ひねる。水が、出る。両手で、掬う。顔を、洗う。冷たい水が、目の下に、残る。

 

台所から、茶の間が、見える。電話機の、留守電のランプが、点いたままだった。

 

布団を、敷く。横になる。天井が、見える。

 

目を、閉じる。

 

*  *  *

 

朝。

 

起きる。布団を、畳む。襖を、開ける。

 

茶の間に、朝の光が、入っている。曇り空の下の、薄い光だ。

 

茶の間の、留守電のランプが、点いたままだった。赤い光が、朝の光の中では、色が、薄く見える。

 

聞き直さない。

 

昨夜、一度、聞いた。明日、来る、と言いかけて、やめた。それだけが、夜のうちに、わたしの中に、入った。それで、足りている。

 

台所に行く。湯を、沸かす。味噌汁を、作る。出汁は、昨夜、仕込んでおいた。和子が、仏壇の前で、「きちんと、食べなさい」と、七年前の朝、言い残した。その言葉を、わたしは、守っている。毎朝、味噌汁を、作る。

 

朝飯を、済ませる。茶碗を、洗う。

 

奥の六畳に、戻る。

 

ノートが、机の上に、置いてある。昨夜、閉じたまま、そこにある。

 

表紙に、手を、置く。

 

開く。

 

昨夜、書いた頁を、見る。

 

「未覚」が、並んでいる。最後の、歪んだ一字まで、並んでいる。その下は、空いている。

 

わたしは、その、空いた行を、見る。

 

ボールペンを、取った。

 

頁の上で、ボールペンが、止まる。

 

書こうと、したことは、ある。書く字が、出てこなかった。

 

ボールペンを、置いた。

 

ノートを、閉じた。

 

立ち上がる。

 

雨戸を、開ける。朝の風が、入る。

 

庭の、桐の木に、何か、小さなものが、止まっていた。鳥か、そうでないか、遠くて、わからなかった。

 

その何かが、動いた。一羽だったか、二羽だったか、わからないうちに、飛び立った。

 

桐の葉が、揺れた。

 

窓で、何か、葉に触れた音がした。

© 2026 無花果回 ( 2026年4月19日公開

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