一、社内イントラネットに掲載された業務連絡(平成三〇年八月二日)
件名:【業務連絡】鮎沢工業株式会社 第百三十一回全社人身御供大会について
発信者:総務部長
対象:全従業員(含定年再雇用者。なお期間社員・派遣社員は除く)
掲示期限:八月三十一日
皆様におかれましては、日々の生産活動への御尽力誠にありがとうございます。
さて、恒例となります全社人身御供大会につきまして、下記のとおり開催いたします。万障お繰り合わせの上、必ずご出席ください。欠席の場合は、社内での基本的権利を剥奪されるとともに、次回大会で捕食対象となる場合がございます。
記
日時:八月二十七日 午前三時より(終了時刻は未定です)
会場:本社地階 神祠堂(施錠の解除は宗務部で実施します) ※管理職および供儀対象者以外は本社体育館に集合してください。
服装:管理職は作業着着用(染み不可)。なお供儀対象者は宗務部が指定した白服を着用のこと(白服については総務部より別途送付します)。
備考:供花・生肝・骨片・食人用食器・解体器具は各部で準備のこと(経費および工数の処理については別途連絡します)
※本大会への参加は就労規則第六部(社祭行事)に基づく義務行為です。
※SNS等での発信はお控えください。拡散した社員は即時に次回の捕食対象に登録します。
以上
【本件問い合わせ先】総務部 蟹江部長、宗務部 村上部長
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二、社史『鮎沢工業の百十年』から第一章「小ノ澤の土着神と創業家の信仰」
鮎沢家の始祖、鮎沢頼進は甲斐守護・武田信満の家臣で、この小ノ澤市の土着神・香蜈ュノ神の霊媒者でもあったと記録にある。この神は、古来より「掘れば祟る土中の神」とされ、一定周期で生身の供犠を求め、また宴が好きな神であるため、供犠された人間の肉を食すよう人間に求めた。
大正七年、初代社長・鮎沢義一が当社を創業した背景には、香蜈ュノ神の加護を受け一族を繁栄させると同時に、その暴れを鎮めるための人柱を集める必要があり、株式会社をつくったという事情があった。工場建設時、基礎の下に初代の弟、義正が「納められた」ことは、創業神話として伝えられている。旧東証一部に上場して三年後、未曾有の赤字を出した年には三代目社長・昭一氏が自ら身を供した例もある。
創業以来定期的に執り行われる「全社人身御供大会」は、創業家と社員と香蜈ュノ神の霊性を協調させ、ひいては経営を安定させる大きな柱である。
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三、第百三十二回全社人身御供大会にむけた御供儀選定会議 議事録より
(機密管理区分・極秘。令和六年七月、社外へ情報が漏洩。悪意ある第三者の犯行の可能性があるため重大機密漏洩案件として調査中)
日時:令和六年六月三日
場所:本社事務館 役員会議室
出席:鮎沢晃一社長、鮎沢慎一常務、蟹江執行役員、村上宗務部長 他
鮎沢社長 本社の地下がうなっている。そして赤い水があふれてきた。わかるな。兆しだ。うなり声はわたしの名前を呼んでいる。この命、くれてやる。なに、供犠されようがされまいが、もうわたしの命は長くない。
村上宗務部長 よろしいのか。わたしどもが社長の腹を掻っ捌いて食べることになるが。
鮎沢社長 ああ。覚悟のうえだ。時代はもう令和だ。昭和や平成のように社員に無理やり命を差し出せるのは終わらせたい。わしが行けば、しばらくは静まる。息子が社長を継げるだろう。
鮎沢常務 これも鮎沢の家に生まれた者の宿命です。覚悟はしております。
蟹江執行役員 ご意向、しっかりと承りました。さっそく準備に取りかかります。社長の肉を食べれられると思うと、わたしは感無量の思いです。
鮎沢常務 しかし気が休まらないな。いったいいつまであれを神として偽らないといけないんだ。正体がバレて世界が滅ぶよりはマシだが。
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四、特集「第百三十二回全社人身御供大会」 新社長・鮎沢慎一氏のコメント
(社報「いのちをささげて」二〇二四年八月号より抜粋。社内イントラネットに掲載)
先月、令和になり初めての全社人身御供大会が執り行われました。前社長で父の鮎沢晃一氏は祈祷、捧納、火伏の儀を経て、神のもとに還り、役員一同社長の肉を食しました。特筆すべきは、今回の大会では自発奉仕とし晃一氏が供犠されたことです。晃一氏の英断により、供犠を従業員の生命をかけた会社への奉仕でなく、経営者である鮎沢一族の責務として位置づけられ直したことは、組織倫理上の大きな進歩です。
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五、巻頭インタビュー「鮎沢工業と企業倫理――鮎沢工業株式会社社長 鮎沢慎一氏」(月刊『現代経営倫理』(経営倫理社) 二〇二四年十一月号より)
――御社の社内文化は極めて特異です。あえてお尋ねします。人身御供とは現在、どのように捉えられているのでしょう?
率直に言えば、経営における魂の決算ですね。合理性だけでは回せないものがある。数字では収まらない膨らみがある。それら、神の領域にあるものに自分の命を懸けるのが、私どものやり方です。
――先代社長も自ら供され、慎一氏も肉を食されたと聞きました。ご自身は?
どうでしょうかね。ですが呼ばれたら、その時は然るべき者がわたしを供儀して、わたしを食べてくれると信じています。
――具体的には?
息子です。彼も鮎沢家の男ですから。立派な御供物となれるよう、常務にして叩き上げてます(笑)
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六、鮎沢常務から全社員に送信されたメール
(二〇二五年四月一日 午前四時四十二分送信)
件名:第百四十回全社人身御供大会の報告について
宛先:全従業員
差出人:常務 鮎沢誠一郎
本日をもって、前社長・鮎沢慎一は、御供犠により屠られ、役員一同がその肉を食しました。
この後行われる臨時株主総会を経て、わたし鮎沢誠一郎が代表取締役社長に就任いたします。
父は令和の時代にふさわしい経営者を目指しました。しかし、そのような姿勢では、激しさを増す市場での競争には勝てません。わたしたち鮎沢工業は生き残りを賭け、御供犠をいたしました。御供犠は単なる儀礼ではありません。鮎沢一族の血と小ノ澤の地に刻まれた掟です。
次回大会は今月開催予定です。本社地階から神が御供犠を求めています。
以上、従業員のみなさまにおかれましては、覚悟と準備のほどお願いします。
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七、香蜈ュノ神 研究ノート
(宗務部書庫に保管。機密区分・極秘)
背景:山梨大学教育学部助教授・稲垣洋右氏が、昭和五十四年に山梨県南部における地下神信仰に関する調査を実施。その際に鮎沢工業本社および小ノ澤市周辺を調査した。
〈ノート 十二ページ〉
「コウコウノカミ」、あるいは「香蜈ュノ神」と呼称される神は、山梨県南部に局在する信仰形態の対象である。だがわたしは、あれを神よ呼ぶことにためらいを覚える。あれに人身を捧げるのは決して信仰の結果ではない。
あれの性質は、以下の三点に集約される。
一、地中に棲息する。「出てはならぬ」ものとして鮎沢一族に封印される。
二、定期的に飢えて、周期的に人間の命を要求し、またその肉をほかの人間に食させる。人身を提供したのち、あれの飢餓はいったん収まるが、さらに飢えがひどくなってしまう。
三、鮎沢一族はあれの放つ言葉が理解できる。一族は血に紐づいた感応者であり、供物の選定を行う。
なお、本信仰は鮎沢家の始祖・頼進の時代からあると鮎沢家および鮎沢工業は主張しているが、鮎沢家所有の文書以外にその証拠は一切認められない。また、頼進は室町時代の甲斐守護・武田信満の家臣であったと記録されるが、武田家の文書に鮎沢頼進の名前は書かれていない。
〈ノート 十八ページ〉
香蜈ュノ神信仰が鮎沢家の文書以外に認められる初めての例は、江戸時代末期、天保年間、山梨県南部で発生した隕石の落下と大飢饉である。
当時の代官の記録によれば、天保二年の夏、天から赤く燃える岩が降ってきた。岩が地面に落ちた跡を小ノ澤村の名主が見ると黒い化け物がうずくまっていた。名主が驚いて悲鳴を上げると化け物はたちまち地下に穴を掘って逃げだした。
その後、村に飢饉が訪れると小ノ澤村から次第に人が消えはじめた。村人がおびえていると、どこからともなく鮎沢を名乗る男が現れた。男は化け物を香蜈ュノ神と呼び、谷間に閉じこめた。香蜈ュノ神は腹が減っているからと、男は定期的に生贄を出すように提案。村人たちは生贄をさしだすと、村から人は消えなくなり、「香蜈ュノ神さまから鮎沢さまはわれらを守ってくれる」と男は敬いだされるようになった。そのころ、小ノ澤村のひとびとはみな痩せこけていたが、鮎沢だけはやたら太っていたという。
鮎沢工業の本社地下には空隙――いわゆる「谷」があるとされる。初代社長は、その谷の真上に工場を建てた。その理由は記録に残されていない。
創業以降、当該企業において不可解な失踪、密室での従業員自殺、音響異常などが頻発。特に報告数が多いのは、地階からの蠕動音である。記録者の多くはこれを「水音」「擦過音」と表現するが、いずれも適切ではない。あれは、臓物がこすれあう音だ。
〈ノート 二十四ページ〉
ここで調査を中断する。
理由は明確である。
私は見た。
地下にあるものを。
あれは、神ではない。
だが、神と呼び続けねばならない。
そうしなければ、人も、会社も、この土地も、いや、この地球が形を保てなくなる。だから鮎沢家はあれを隠したんだ。
理解した瞬間、わたしは選ばれた。
名を呼ばれたわけではない。だが今すぐ逃げなければ。
これを読む者へ。まだ間に合うなら、従え。
音が聞こえたら、目を閉じよ。
声がしたら、応答するな。
名を呼ばれても、それはお前ではない。
振り向くな。確かめるな。
――あれは、決して、かみさまではない。
(昭和五十年三月十二日、国鉄身延線・小ノ澤駅前の電話ボックスにて本ノートが発見された。拾得者の証言によれば、受話器は外れたままであり、どこかへ電話をかけた形跡が見られた。なお、稲垣氏は甲府行きの列車に乗る寸前、当時入社したばかりの鮎沢晃一氏率いる捜査班により捕縛。すぐに解体され、鮎沢一族によって御供犠のうえ食された)
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八、厚生労働省 公益通報受付フォームへの投稿(投稿日 二〇二五年六月十二日)
【通報する内容について】
〇通報したい会社名又は機関名等(法令違反を行っている会社名等)
――鮎沢工業株式会社
○あなたと通報したい会社等との関係 ※どれか一つにチェックしてください。
●通報したい会社等に使用される労働者
通報したい会社等に使用される労働者であったが、1年以内に辞めた元労働者
通報したい会社等(派遣先)で派遣労働者として働いていた者
通報したい会社等と取引関係のある事業者
通報したい会社等の役員(取締役、執行役、会計参与、監査役、理事、監事等、 法令の規定に基づき、法人の経営に従事している者)
○法令違反、又は法令違反のおそれがある行為の概要
――これまで沈黙してきましたが、限界です。
わが社の全社人身御供大会は全国的にも有名です。室町時代からの伝統行事だからという理由で、殺人罪の適用範囲外になると特例で認められています。
しかし、あれは行事ではありません。あいつ、そして社長一族の食事です。
なぜ、わたしたちは自分の肉体を会社に差し出さなければならないのですか。
なぜ、拒否が不可能なのですか。しかもなぜこれが殺人罪の適用範囲外なのですか?
先日、本社地階に続く扉が開いていました。
宗務部長以外開けられないはずの扉。
中を見ました。
階段の奥、照明の届かないところで、
何かが動いていました。形はわかりません。
ただ、あれは人間ではない。そして決して神ではない。
あのおぞましいものが神なわけがない。
あいつと社長は、誰かの腹を切り開いて、腸に、犬のように顔を突っ込んで食べていました。
われわれが神を管理しているのではないのです。あいつがわれわれを管理しているんです。お願いです。あいつは、この会社だけでは止められません。
最近、名前を呼ばれる夢を見ます。起きている時にも、時々聞こえます。
わたしは選ばれる。順番が来たんだ。
あいつの声が聞こえる。あいつから逃げたくて、わたしは無断欠勤して、北海道まで逃げました。だけどあいつの声はどこまでもついてくる。
助けてください。
※分かる場合は、違反している法令名
――殺人罪
○証拠資料等の有無
――有
(公益通報直後、厚生労働省山梨労働局より宗務部へ連絡。人事部が調査したところ、本社工場鋳鉄製造第一課の社員・田山彰洋が無断欠勤をしていることが判明。すぐさま人事部が当該社員の家を訪問し、家族から当該社員が北海道稚内市へ行ったことを聞きだす。翌日、当該社員の水死体が稚内沖の海上で発見。宗務部長が滞在先のホテルへ赴き、私物スマホに入っていた社長と香蜈ュノ神の写真を削除。北海道警、山梨県警との情報連携および事後処理は総務部が既に完了)
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九、第百五十回全社人身御供大会 選考プロセス会議録
日時:二〇二六年五月四日午後一時(※緊急案件のため会社休日である祝日に開催)
場所:本社事務館 役員会議室
出席:鮎沢誠一郎社長、増田総務部長、西野宗務部長 他
【内容に関しての開示は認められません】
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十、社内掲示板より転記(掲示日 二〇二六年五月四日)
件名:【業務連絡】第百五十回全社人身御供大会 臨時開催について
発信者:総務部長
対象:全従業員(含定年再雇用者)
掲示期限:五月四日
従業員各位
平素より生産活動へのご尽力誠にありがとうございます。さて、本社地階における状況変化に伴い、全社人身御供大会を臨時開催いたします。
なおこの業務連絡は災害安否確認システムを利用し、全従業員に送達しています。
本件は緊急性を要するため、従前の告知期間を設けず、即時対応といたします。
出席は義務です。理由の如何を問わず欠席は認められません。
記
日時:二〇二六年五月四日 午後九時より(※なお午後八時半までに全従業員は本社体育館へ集合してください)
会場:本社地階 神祠堂
服装:作業着着用(染み不可)
備考:供花・生肝・骨片・食人用食器・解体器具については緊急大会のため総務部が用意します。
※本大会は就業規則第六部に加え、緊急条項に基づく特例行事です。
※当該時間帯、社内での通信は一部制限されます。
※選定対象者には事前通知が行われない場合があります。
以上
【本件問い合わせ先】総務部 増田部長、宗務部 西野部長
(掲示板下部に、誰か爪で削ったような細い線が無数に走っている。文字のように見えるが内容は判読不能)
*
十一、第百五十回全社人身御供大会 選考プロセス会議 録音メモ
(大会翌日未明、陸上自衛隊・第三十四普通科連隊が小ノ澤市に災害派遣され、隊員が役員会議室にて録音メモの入ったボイスレコーダーを発見する)
西野宗務部長 対象候補者、再選定が必要です。
鮎沢社長 基準は変わった。我々がはっきりと知らないだけだ。
西野宗務部長 では、新しい基準とは。
(数秒間の無音。録音に微弱な擦過音混入)
鮎沢社長 聞こえないのか。
増田総務部長 ……何が、でしょうか。
鮎沢社長 呼んでいる。
西野宗務部長 誰の名ですか。
鮎沢社長(発言記録にノイズ混入。聞き取り不能)
増田総務部長 本当ですか! なんてすばらしい!
鮎沢社長 ああ。
(録音、ここで途切れる)
*
十二、宗務部員のメモ
(本社地階へ続く階段にて自衛隊隊員がメモを発見する)
午前八時半、全従業員が体育館に整列。欠席者なし。
午後九時、宗務部長が神祠堂の扉を開放。
内部より熱気。湿度高。照明点灯せず。
音あり。湿った音。
……呼んでいる。みな、連れて行かなければ。
体育館に戻る。従業員、全員が事情を察する。しかし悲壮感はない。
午後九時三十五分。
床面に亀裂発生。内部より赤色液体流出。臭気。腐敗。
午後九時三十六分。
全社員、地階へ前進をはじめる。
わたしたちは選ばれた。選ばれたものは祝福されるべきだ。
*
十三、災害安否確認システム 入力画面(体育館を捜索していた隊員が総務部長のスマホを発見。なお、内容は未送信)
件名:緊急事態に伴う行動計画
発信者:総務部長
対象:全従業員(含定年再雇用者。なお期間社員・派遣社員は除く)
現在、本社地階において想定外の事象が発生しています。当該事象は、従来の御供儀による制御範囲を逸脱している可能性があります。
従業員各位におかれましては通常業務時における
○呼び声に応答しないこと
○単独行動を避けること
○床面振動発生時は直ちに伏せること
を厳守してくだ すでに遅い。わたしを縛りつける軛は解かれた。
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