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俗譚

萩原蔵王

六位蔵人の橘則光が、大宮大路を降っていると、数人の人影が在った。則光はその前を、闇に紛れて静かに通り過ぎようとするのだが──。出典:今昔物語「巻二三第十五話 橘則光、騙り男に功を譲る」より。
東国からの名馬を手配した源頼信とその子源頼義。豪雨に紛れて馬を盗んだ男を、二人は以心伝心の妙技で射殺すが──。出典:今昔物語「巻二五第十二話 源頼信・頼義父子、馬盗人を追う」より。

小説

4,413文字

     人斬ひときり蔵人くらんど

 

今は昔、陸奥むつの前司ぜんじ*橘則光たちばなののりみつ*と云う名の、男が居た。この男の、容貌ようぼうの立派なところ誰もかなわず、また思慮しりょの深く、武芸に自身のある者であったので、世間からは一目かれていたそうな。

そんな彼が、若い時分、一条帝いちじょうてい*の時世に、衛府えいふ*で六位蔵人ろくいのくろうと*を務めていたことがある。と云っても、しかしながら、夜な夜な忍んで、宿直しゅくちょく*の為事しごとを怠けて、大内裏だいだいり*を抜けて、宮中の女の元へせる有様ありさまで、今夜もそのために、夜の更ける前に、急いで、見事な太刀一振りと、舎人とねり*を一人、従えて、大宮大路おおみやおおじ*を、さがっていた。

しかし、その大路を降っている途中で、何やら垣根かきねの辺りに、幾人いくたりかの、人陰が、次第しだいに更けてゆく夜の下に、っすらと、動いた。則光はそれを見た途端に、「恐ろしや」と思って、行くのを猶予ためらった。その、幾人かの人陰というのが、盗賊だと、彼が確信していたからである。

則光は、夜が更け始めているとはいえども、まだ辺りの暗いことを、しめたと思って、ついの垣根に沿って、こっそりと、その場を過ぎようとした。が、

其処元そこもとよ、待たれよ。これより先は、誰一人、まかぐ*ことは出来ぬ。公達きんだち*の、わすところぞ」

と、垣根の方から、低い、男のこえがした。則光は「ればこそ」と、身を折り敷いて*、月明かりに、きらきらとした、太刀の光を見て、弓の持ちたらぬことを知ると、大路をはしった。相手の身の丈が、自分よりまさっていたから、則光は、急に脚を止めて、その賊が、勢い余って、己の眼の前まで来たときに、勢いく太刀を抜いて、後方うしろから、賊の頭顱あたまを打ちった。賊の、ばたりと倒れるのと同時に、もう一人が、「如何どうした」と叫んで、今度は抜き身の太刀を持って(月明かりに見れば、鑭したものが彼方此方あちこちに振られていた、)此方こっちへ疾って来た。これはまずいと、則光は太刀を脇に挟んで逃げ切ろうとしたものの、先刻の、賊より脚の、速いこと。逃げ切ることを断念あきらめて、則光は咄嗟とっさしゃがみ込んだ。すると賊が、則光の体躯からだ蹴躓けつまずいたかと思うと、ふわりと浮いて、前に落ちた。その隙を逃さずに、則光は、一刀の元に、またもや、賊の頭を打ち破った。

やっとしまいかと思うと、更にもう一人、「腕の達者な者よ。己が、刀のさびにしてやらん」と、疾って来るのであった。則光は、もう逃げる気力も失くなって、自棄やけになって、太刀を真っ直ぐに伸ばし、目をつぶって、賊を待ち構えていた。賊は──則光の容子ようすが知られていなかったのか、そのまま疾り進んで、案の定、太刀がはらに突き刺さって、則光がこれを引き抜くと、臓腑ぞうふを出して仰向あおむけに倒れた。則光が「ぞ、だ在るか」と叫べど、宵闇よいやみには誰一人として素形すがたも、咾も、ない。則光はようやっと安心して、宮中へ向かおうとしたが、しかし、己の上衣うわぎも、太刀のつかも、賊の血にまみれているのであった。北の方で舎人を見つけて、これを洗うようにと、決して口外するなと、云いつけて、女は断念て、大人しく宿直所へ帰った。

則光は、しとね*にせっているときも、終日ひもすがら、「先刻の騒動が、己の所業と露呈ろていせば、然れば、如何いかがせんや*」と、後悔に駆られて、怖気付く内に、夜の明けて、往来おうらいに人の出るに、さてこそ*、民衆の驚きたるに、検非違使けびいし*の寄りつく程までに発展して、とうとう則光の友人までもが、事の起こった所へと、彼を誘おうと、すそを引っ張って──則光は最後まで抗った──大宮大路へとおもむいた。

彼らが、大路へと通じるくるまに乗って、向かっていると、何やら大路の方が、騒がしい。否、もちろん人が、それも三人、同じ太刀の痕で、斬り殺されているのだから、それはそれは民衆は、騒がしいのは当たり前なのだが、それとは違って、一人の、しゃくあごの、鷲鼻わしばなみにくい男が、紺のあわせ*を着て、その上に、山吹色やまぶきいろきぬと、しし逆頬さかつら*の、尻鞘しりざや*の太刀をいて、鹿皮しかがわくつを履いて、誰彼たれかれ構わず、民衆の前で、饒舌しゃべっていた。則光たちが、その場に着いて、検非違使とその男との、談話を聞いた。

御前おまえは、一体どういう者だ」と、幾人かの検非違使が男の前に現れて、問うた。

勘解由使かげゆし*の、書生しょせいで御座います」と、男は応えた。

「一体、御前の身に、何があったのだ」と、検非違使が問えば、男は、

「昨晩、夜半よわに、さる所*へ行かんと、この大路を通っていたのであります。すると、男が三人、待て、貴様ここを通る所存か、と申して、抜き身の太刀を持って己を襲うのでありますから、もしや賊かと思って、偶然佩いていた太刀で、こうして賊共を打ち伏せたので御座います。そして今朝になってから、改めて跡を見れば、此奴こやつらは、己を、長年付け狙っていた者共で御座いましたので、うまい具合に討ったものだ、と清々して、奴らのくびを、この手で取ってやろうと、今まさに意気込んでおるので御座います」

と、根も葉もないつくばなしを、声高こわだかに話していた。則光は、おもしろくなって、しかし必死にわらいを堪えて、自分の犯した罪が、此奴の罪になることに、嬉々ききとして、難有ありがたいと、思っていた。しかし、検非違使たちは、

「この賊共は、天子てんし*の在わす所へ忍び込み、宮中の女を攫拐さらおうとしていたそうだ。それを、まあよくも、奇遇きぐうにも賊共をほうむってくれた。宮中の女は、この賊共に見憶みおぼえがあったそうな。──御前は書生だと云ったな。先程、一条帝が、賊共を見事打ち伏せた者を、六位蔵人に任ぜよ、と仰せられた。よろしい。明日より御前は、六位蔵人を務めるだろう」

と、この男を称賛し始めたのである。

則光は、焦った。真逆まさか、こんな結果になるとは。これでは、ただの勘解由使が、やってもない功で、己と同じ、六位蔵人まで上がってしまう。則光は、慌てて民衆の合間あいまを掻き分けて、

「待たれよ、検非違使殿。この男らを叩きのめしたのは、おれである。この勘解由使の云う所は、すべて、真平まっぴら、嘘だ」

と、身振り手振りをもって、抗議こうぎした。検非違使たちは、皆初めは、事の理解のために、少時しばらく黙っていたのだが、やがて一人が、ようやく事を了解りょうかいしたようで、ゆっくりと、口を開いた。

「噓を吐け、今更、御前の了簡りょうけんなんか、聞く奴が在るか」と、検非違使は、則光を、強く責めた。民衆の一人が、「彼奴は屹度きっと、勘解由使なんかが、六位蔵人に就くのが、気に喰わないんだろう。だってほら、あの男は、橘の、それこそ六位蔵人じゃァないか」と、則光を批難ひなんしたのを契機きっかけに、皆顔を伏せて、近くの者と、ヒソヒソと、彼の醜態ざま嘲笑あざわらうばかりであった。則光は、友人に助けを求めたが、友人は皆、顔をしかめて、如何いかにも、彼の行為を罪と看做みなすようだった。舎人は──彼は供回ともまわりとして、連れて来られたのだ──面倒事にき込まれるのを、怖れて、則光と、決して目を、合わせようとしなかった。畢竟ひっきょう、則光は、「人の功を奪おうとした男」と、民衆の間で風説うわさされて、その六位蔵人の位も、非蔵人ひくろうと*に落とされて、了ったのである。

                               ──「今昔物語/陸奥前司橘則光切殺人語 より」

 

 

     馬盗人うまぬすびと

 

もう昔のことになるが、河内かわち前司ぜんじ*にみなもとの頼信よりのぶ朝臣あそん*という将がいた。この男が、東国とうごく名馬めいばを飼う者がいるという報せを聞くと、その者に、「是非ぜひとも譲りたまえかし*」と書状を送った。思いのほか、飼主はそれをうべなった*ので、頼信は早速麾下きかつわものたちに、これを自分の居館やかたまで連れて来るよう手配した。すると、この事を耳にした盗人ぬすびとが、護送中に馬を盗んでやろうと可試こころみた。しかし、生憎あいにくそのまもりの厳しいこと、幾十人の士たちが、皆太刀をいて、内二、三人は槍を手にして、一疋の名馬を囲って歩行あるいていたから、とうとう盗人は、頼信の居館に至るまで、隙を突いて名馬を盗むことはできなかった。

それよりも少し前に、頼信の子、頼義よりよし*が、名馬の噂を聞きつけた。もし自分が行かなければ、きっと、他の人に譲られてしまうだろうと踏んで、急いで、豪雨にも関わらず父の居館へ駆けつけた。頼信は、息子が行形いきなり自分の所へ来たことに驚いたが、すぐに、彼の意図を見抜いた。そして「東国から名馬が送られてきたが、おれはまだ見ていないから、名馬かどうか、まだ判らぬ。それにこの雨であるから、明日明朝、名馬かどうかたしかめて、もし本統ほんとうに名馬ならば、貰って構わん」と云った。頼義は、己の心中を父が読み取ってれたのが嬉しくて、「それでは、今晩は私が、御父上の宿直とのいつかまつります。名馬は、おおせの通り、明日うかがいましょう」と云って、頼信の居館に泊まることにした。父子共に雑話をして、もう臥入ねいる時分となって、頼義は警衛けいえいの役も引き受けて、父を眠らせ、自分もまた、着衣のまま眠りに就いた。

盗人は、雨にまぎれて、こっそりと居館に入り込んで、颯爽さっそううまやから馬を盗って逃げ出した。厩がからなのを見た家来たちは、「馬が盗まれたぞう」と、大きなこえを上げた。頼信は目を覚ますと、頼義に咾も掛けずに、へやを飛び出して、胡籙やなぐい*を背負せおって、よろいも着ずに、家来から馬を借りて、くらも置かずに、一人で雨中逢坂山おうさかやま*へと盗人を追いかけた。

一方頼義は、家来の叫び咾を聞くと起き上がって、父と同じように判断して同じ行動をした。着衣でていたので、起きてその儘、やはり胡籙を背負って逢坂山へと馬を走らせた。

頼信は、自分の後ろを、息子が追って来ているだろうと信じていた。頼義もまた、見えぬ先方に父が馬を走らせているだろうと信じていた。そして遅れをとるまいと馬を駆った。やがて賀茂かも*の辺りまで来ると、豪雨もんで、闇夜が晴れてきた。頼信は馬を更に早く走らせた。頼義はその前から馬の勢いを出していた。彼らは逢坂山へと到着した。

逢坂山に着いてすぐ、盗人は、もう追ってはこないだろうと思って、馬を歩かせ、脇を流れるかわら*も、特にいましめめることもなく、バシャバシャと、水音を立てて馬を歩ませた。

頼信は、水音を聞いて、ハッと向こうを見た。そこには、ぼんやりと、一人の男が、馬に乗って、歩いていた。

「射よ、あれぞ」

と、頼義がそこに居るかもわからぬというのに、頼信は指を差して叫んだ。その、頼信の云いおわらない内に、頼義が胡籙が一矢いっし、馬盗人を射った。頼信は、「盗人は射落いおとした。馬を取り返せ」とだけ云って、一人逢坂山を駆け降りてしまった。頼義は馬に追い付いて、夜の明けていく中、頼信の居館に帰った。居館には、家来が大勢、戎装じゅうそう*して待っていた。頼信は、こうだったとも、ああだったとも伝えずに、月がまだ、空に転がっているのを見ると、黙って室に戻って臥入って了った。後から帰って来た頼義も、厩に馬を預けると、戎装を解いて、死んだように眠った。

翌日、明朝、頼信と頼義が、厩から名馬を取り出して、居館でそれを見ていると、一人の家来が、「飼主は、名馬は蘆毛あしげだと云っておりましたが、それは鹿毛かげの馬では御座いませぬか」と云った。驚いた頼信が、飼主からの返事を読み返すと、慥かに蘆毛の馬だと書いてある。二人が、昨晩射殺いころした、盗人と思われた男をしらべてみると、唯の商人あきゅうどであった。

こうして、名馬はことごとく、奪われたのであった。

© 2026 萩原蔵王 ( 2026年2月21日公開

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