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俗譚二篇

萩原蔵王

小説

1,301文字

     一  人斬ひときり蔵人くらんど

 

今は昔、陸奥前司橘則光と云う名の、男が居た。この男の、容貌の立派なところ誰も敵わず、また思慮の深く、武芸に自身のある者であったので、世間からは一目擱かれていたそうな。

そんな彼が、若い頃、衛府の蔵人を務めていたことがある。しかしながら、夜な夜な忍んで大内裏を抜け出して、宮中の女の元へ馳せる有様で、今夜もそのために、夜の更ける前に、急いで、見事な太刀一振りと、舎人を一人、従えて、大宮大路を、降っていた。

しかし、その大路を降っている途中で、何やら垣根の辺りに、幾人かの、人陰が、次第に更けてゆく夜の下に、薄っすらと、動いた。則光はそれを見た途端に、「恐ろしや」と思って、行くのを猶予った。その、幾人かの人陰というのが、盗賊だと、彼が確信していたからである。

則光は、夜が更け始めているとは雖も、対の垣根に沿って、こっそりと、その場を過ぎようとした。が、

「其処元よ、待たれよ。これより先は、誰一人通ることのえせぬ。公達の在わすところぞ」

と、垣根の方から、低い、男の声がした。則光は「然ればこそ」と、身を折り敷いて、月明かりに、鑭とした、太刀の光を見て、弓の持ちたらぬことを知ると、大路を疾った。相手の身の丈が、自分より優っていたから、則光は、急に脚を止めて、その賊が、勢い余って、己の眼の前まで来たとき、勢い能く太刀を抜いて、後方から、賊の頭顱を打ち破った。賊の、ばたりと倒れるのと同時に、もう一人が、「如何した」と叫んで、今度は抜き身の太刀を持って(月明かりに見れば、鑭したものが彼方此方に振られていた、)此方へ疾って来た。これは拙いと、則光は太刀を脇に挟んで逃げ切ろうとしたものの、先刻の賊より脚の速いこと。逃げ切ることを断念めて、則光は咄嗟に身を縮めた。すると賊が、則光の体躯に蹴躓いたかと思うと、ふわりと浮いて、前に落ちた。その隙を逃さずに、則光は、一刀の元に、賊の頭を打ち破った。

やっと終いかと思うと、更にもう一人、「腕の達者な者よ。己が刀の錆にしてやらん」と、疾って来るのであった。則光は、もう逃げる気力も失くなって、自棄になって、太刀を真っ直ぐに伸ばして、目を瞑って、賊を待ち構えていた。賊は──則光の容子が知られていなかったのか、そのまま疾り進んで、案の定太刀が肚に刺さって、則光がこれを抜くと、仰向けに倒れた。則光が「誰ぞ、亦在るか」と叫べど、宵闇には誰一人として素形も、咾も、ない。則光はようやっと安心して、宮中へ向かおうとしたが、しかし、己の上衣も、太刀の柄も、賊の血に塗れているのであった。北の方で舎人を見つけて、これを洗うようにと、決して口外するなと、云いつけて、女は断念めて、大人しく宿直所へ帰った。

則光は、褥に臥せっているときも、終日、「先刻の騒動が、己の所業と露呈せば、然れば、如何せんや」と、後悔に駆られて、怖気付く内に、夜の明けて、往来に人の出るに、さてこそ、民衆の驚きたるに、検非違使の寄りつく程までに発展して、とうとう則光の友人までもが、事の起こった所へと、彼を誘おうと、裾を引っ張って──則光は最後まで抗った──大宮大路へと赴いた。

 

© 2026 萩原蔵王 ( 2026年2月21日公開

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