二
その後少時は、父鷲は洞穴から出ない日が続きましたから、戈人たちは清々して、痛快な思いで山に籠るようになったのであります。別段父鷲を殺した訳ではありませんし、発泡が禁じられているとは云え監察者がいる訳でもないので、特に彼らが罰を享けるということはありませんでした。将軍様も、近頃は御身体が悪くなったようで、毎月犬鷲を観に来ていたのが、今ではパタリと止んで了いました。群衆も、態々遠出して行く位なら、例の絵師の画を見ようじゃないかと思うようになりました。ですから戈人たちは、今までの口惜しい思い出に仇を成すように、程良い収穫を得て揚々と山を降りるのでした。
ところで、洞穴の容子はと云いますと、父鷲はやっぱり眠入ったままで、しかし死んだ容子ではありませんでした。仔鷲は、昔は小さく、こじんまりとしていたのが、今ではもうすぐ、母鷲を押し潰せる位に育って居りましたが、しかし、父鷲が鷲が撃たれたからというもの、中々外に出ることは稀なので御座いました。もう餌を独力で獲れる程でしたが、近頃は戈人たちの、山での行動が盛んですから、ちょっと出てみれば、彼らの気に障りかねないのであります。仔鷲は立派で黒い、鋭い爪と、焦茶色の雄々しき羽翅を具えて居りましたが、流石に戈人たちを襲える程、勇敢な気力は持ち合わせて居りませんでした。それでも、洞穴の入り口から森を見下ろして、戈人たちの咾と銃声の居ぬ間に、ひっそりと飛び降りて兎や仔禽やらをつらまえて来るのでした。
山は、春の陽気に塗れて、桃色に染まって居りました。麓の方では、村人たちが花見に出て、筵を敷いて宴を開いて居りました。その春が、夢のように去っていって、杏子の萌える節から、鮮緑の波が山を呑み込む節になりますと、森は賑わって、鹿も増え、仔禽も唄の勢いを増して、青蛙は清水に集って大夏を貫きました。その鮮緑の節が、今度は紅い葉の躍る節となって、山は一気に燃え上がり、幾枚もの落葉が、洞穴の中に舞い込んで来ました(この節が一番絵師の売れる時期なのです)。村人は、今度は紅葉狩りのために森へ脚を踏み込み、恰も花札の、鹿の時折見ゆる真っ赤な森で御座いました。しかしその燃える秋も、二た月もすれば寒風甚だしい節となって、骨のような枝と、冴えて干からびた幹のみを残すようになったのです。そう、折節の目紛しい合間に、父鷲はすっかり好くなって、しかし猛禽たる狩りは未だに消極的で御座いました。
仔鷲は、父が撃たれて洞穴に逃げ帰ってきた日、何かを口にしたような感覚がしてなりませんでした。珍味と云うべきか、得体の知れぬ何かを、自分は咽喉に滑り込ませた気がして居りました。それが液体だというのは心得て居りましたが、野兎を喰っても、鹿の肉を喰っても、それと似た風味は引き出されませんでした。……
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