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犬鷲 二

犬鷲(第2話)

萩原蔵王

その山村には犬鷲の親子が棲んでいた。あまりの珍しさに将軍が来るほどだったが、村の猟師たちは獲物を奪う犬鷲たちを嫌っていた。ある日、とうとう我慢のできなくなった猟師の一人が父鷲の羽翅を撃った。怪我を負った父鷲は巣に帰ってそのまま眠りについた。しかし、父鷲の羽翅から垂れた血が子鷲の口に偶然落ちて了い、そこから全ての歯車が動き始める──。

小説

1,160文字

     二

 

その後少時は、父鷲は洞穴ほらから出ない日が続きましたから、戈人たちは清々せいせいして、痛快つうかいな思いで山に籠るようになったのであります。別段父鷲を殺した訳ではありませんし、発泡が禁じられているとは云え監察者かんさつしゃがいる訳でもないので、特に彼らが罰をけるということはありませんでした。将軍様も、近頃は御身体おからだが悪くなったようで、毎月犬鷲を観に来ていたのが、今ではパタリと止んで了いました。群衆ぐんしゅも、態々わざわざ遠出して行く位なら、例の絵師のを見ようじゃないかと思うようになりました。ですから戈人たちは、今までの口惜くやしい思い出にあだを成すように、程良ほどよい収穫を得て揚々と山を降りるのでした。

ところで、洞穴の容子はと云いますと、父鷲はやっぱり眠入ねいったままで、しかし死んだ容子ではありませんでした。仔鷲は、昔は小さく、こじんまりとしていたのが、今ではもうすぐ、母鷲を押し潰せる位に育って居りましたが、しかし、父鷲が鷲が撃たれたからというもの、中々外に出ることはまれなので御座いました。もう餌を独力ひとりで獲れる程でしたが、近頃は戈人たちの、山での行動が盛んですから、ちょっと出てみれば、彼らの気に障りかねないのであります。仔鷲は立派で黒い、鋭い爪と、焦茶色こげちゃいろ雄々おおしき羽翅はねを具えて居りましたが、流石に戈人たちを襲える程、勇敢な気力は持ち合わせて居りませんでした。それでも、洞穴の入り口から森を見下ろして、戈人たちのこえと銃声の居ぬ間に、ひっそりと飛び降りて兎や仔禽やらをつらまえて来るのでした。

山は、春の陽気に塗れて、桃色に染まって居りました。麓の方では、村人たちが花見に出て、むしろを敷いて宴を開いて居りました。その春が、夢のように去っていって、杏子の萌える節から、鮮緑せんりょくの波が山を呑み込む節になりますと、森は賑わって、鹿も増え、仔禽もうたの勢いを増して、青蛙あおがえるは清水につどって大夏たいかを貫きました。その鮮緑の節が、今度は紅い葉のおどる節となって、山は一気に燃え上がり、幾枚もの落葉が、洞穴の中に舞い込んで来ました(この節が一番絵師の売れる時期なのです)。村人は、今度は紅葉狩りのために森へ脚を踏み込み、あたかも花札の、鹿の時折見ゆる真っ赤な森で御座いました。しかしその燃える秋も、二た月もすれば寒風はなはだしい節となって、骨のような枝と、えてからびた幹のみを残すようになったのです。そう、折節の目紛めまぐるしい合間あいまに、父鷲はすっかり好くなって、しかし猛禽たる狩りは未だに消極的で御座いました。

仔鷲は、父が撃たれて洞穴に逃げ帰ってきた日、何かを口にしたような感覚がしてなりませんでした。珍味と云うべきか、得体の知れぬ何かを、自分は咽喉のどに滑り込ませた気がして居りました。それが液体だというのは心得て居りましたが、野兎を喰っても、鹿の肉を喰っても、それと似た風味は引き出されませんでした。……

© 2026 萩原蔵王 ( 2026年2月18日公開

作品集『犬鷲』第2話 (全3話)

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