「よぐ獲れただ」と、帰り際に兵衛が云った。山中を歩行き廻っていたがために、彼の咾は嗄れていた。
「うん。でっかいのが獲れただね。これで暫くは無事だろう」歌之助はそう還した。
山道には、二人の他に、佐々木浅次郎、木暮新助、砂川四郎兵衛、美濃弓之助が、皆各々の猟銃を携えて──尾上兵衛と木内歌之助と、佐々木と木暮とで二疋の鹿を担いで──山道を黙々と歩行いていた。兵衛がそれに堪え切れずに口を開いたのであった。
「畑だ」誰かが云った。全員の耳が銃声に疲れていた。
「孫市は?」四郎兵衛は遠くに在る民家をちらりと見てから思い出したように訊ねた。孫市は村一番の烟突を持っていた。
「虫垂炎だど」
「ほうか」
山道がもうすぐ終わって、砂利の布かれた、山麓の傾斜の緩やかな小径に這入ろうとしていた。夕暮れは激しくなって、砂の一粒一粒を無理遣りに照らし付けていた。
死んだ獲物はぐったりとなった毛を夏風に靡かせていた。その夏風が妙に濕ったものだから、それをちょっと触れる程度に担いでいた四人の気持ちはさして不快であった。そうして黒々とした鹿の目を、後ろを持っていた兵衛は時々、生きているか確認するように見た。その鹿が、まだ幽かに息をしているかと錯覚するほど、体が揺れていたのと目が耀いていたからであった。その耀きは夏陽によるものだった。兵衛は何度めかにして鹿の目が黒々しいと解ったきり、もう見たくはなくなった。彼は常に獲物を狩るとき、その山の幸を自分に変換して考えて了うようになった。これは戈人*として致命的なものではあるが、なんとか猟銃の音を聞いて平生の心意気を保てるまでではあった。今見た鹿の目が、なんとも虚しかったために、癖が出て了ったのである。すぐ傍に居た弓之助は猟友の心情を悟った。またあれが出たかと訊こうとしたが、それは今度二人切りになった時が兵衛にとって丁度好いだろうと休した。
弓之助は老いを感じ始めていた。しかしこの男は、自分だけではない、此処に居る六人全員が屹度己と同じ老いを感じているだろうと踏んでいた。それがたとえ事実だとしても虚偽だとしても、弓之助が自分の老いを考慮するのに仲間を道連にして思っていたのは、自分一人だけが老いという層に突入して、猟という老いの大敵と鉢合わせて、他の猟友に見捨てられたくないという切望と、世間的に猟に出ることを阻まれることへの大いなる恐怖を抱いたからであった。
晩夏の夕暮れは長かった。その分獲物が夕陽に照らされて──彼らの不快感はこの後暫く続いた──傍観者からすれば途轍もない寂寥であったし悲惨でもあった。それを彼らは感じることができなかった。
左隣は麦畑で、右隣は芋畑であった。山麓にある小さな畑は、村長が拓いたものであった。折からの夏風は涼しくなって、ようやく秋の訪れを、皆猟師の勘で知るのであった。
歌之助は自分の妻を案じていた。孫市が虫垂炎に罹る一月前から、彼の妻はそれを患っていた。彼には蔵松という子が居た。今頃寝込んでいる母の傍で、母の身を己と同じ様に案じながら、長い父の帰りを待っているに違いない。彼の生活は苦しかった。この村の中で、猟師であって妻を娶っているのは彼だけではないが、しかしこの六人の中で妻が居るのは彼だけであった。それは、この六人は狩という生き甲斐に集中したいからという訳が殆んどであった。彼らの居た山は西の山だが、東の山に居る戈人たちは皆妻を持っている。それは東の山の奴らが皆戈人として充分な実力を具えていて、戈人に集中しながらも妻子を育てる余裕というものを持ち合わせていたからである。歌之助は仕合わせであったが、それは家庭を持ったことへの仕合わせであって充分な暮らしをしていることには完くの仕合わせを感じていなかった。そうして彼らは西の山を越えた。
山麓を越えてから道は平坦で、獲物を担ぐ四人の負担は軽くなった。不快さも漸く失せた。しかし寂寥と悲惨さは、消え去ることをまるで知らなかった。
新助は近頃、己の戈人としての役割を忘れようとしていた。今日も今日とで仲間と共に山に潜ったは好いものの、三月ほど前から彼の猟の腕は衰え始めていた。鹿一疋を打ち殺すことにも疲れ始めていた。視力的な問題ではなかった。彼は村一番を争えるほどに目が好かった。元から彼は、剰り猟が得意ではなかったのだ。年老いた両親を支えるため、一番に稼げるのが狩猟だった。商人になることも考えたが、この村から隣村まで実に二日かかる。加えてその計算は、彼が猟銃一本を担いで出掛けた場合に適用される計算だった。しかし新助は誰よりも孜々と努力した。しかし他の誰よりも、猟の腕が劣っている気がしてならなかった。彼は身震いをした。鹿の不快さはなかったから、それは彼の、彼自身に対する不安と焦燥だった。
浅次郎は最近己の体調に異変を感じていた。普段は卯の刻*前に家を出て一人で銃の腕試しをするというのに近頃は辰*か巳の刻*辺でしか起きれない。彼はすぐに、この異変が老いというものだと気付いた。しかし彼は、それを断じて認めなかった。ここで、尾上兵衛との相違が出た。元より浅次郎は自分に都合の悪いものは剰りハッキリと呑み込めない性であったから、自身の生き甲斐である猟を必然的に已めさせるような、老いという事実を認めることは自身の生き甲斐を捨つることに均しかった。尾上兵衛はすんなりとそれを認めている。認めた上で、自分の限界まで踏ん張るというのが彼の性であった。浅次郎には兄が居た。病弱で猟ができず、家で母と一緒に裁縫といった内的なものをするような兄である。浅次郎は兄を軽蔑している。男児ならば猟銃片手に山に籠もって鹿、兎、羚羊を打ち熊を退け一人で黙々と生きることが当たり前だと感じている。兄のような、如何にも怯えて外に出ないような行為は彼にとって忌避すべき事物なのである。その自分が、もうすぐ兄のような事物でしか為事のできないとなると、迚も生きる心地がしないのである。
六人の最後方を歩行いていた四郎兵衛は、自分の猟銃を見詰めながら、猟に対して厭きたような心情であった。これは六人の中でも就中、深く老いを認めるものだった。彼が自分の老いを感じ始めたのは一年前である。或日一人で西の山に籠もって、鹿やら兎やらを狩っていたのだが、猟銃を一発と打つ度に酷く腕の脆い感じがしてならない。今にも腕が千切れるやもと思いつつ猟銃をぶっ放って、揺れる肥った腕の感覚を検べる。慥かに猟師の腕である。しかし感覚は外からではどうにもならないから、内なる気力を養わなければならない。彼はその日から決心して、内なる気力を養うためにいろいろなことをした。食を殖やしてもみた。猟に出る頻度と山に潜る日数を殖やしてもみた。しかしどれも、内なる気力を養うには何の効果も成さなかった。彼はここで初めて、自分が老い始めたという事実に気が付いた。思いの外四郎兵衛は、自分が老い始めていると気付いてからそれを認めるまでに一瞬の時間も経たなかった。逆に、自分の猟の衰える訳が判明したことですっきりした心持であったから、彼は最近むず痒い気がない。お蔭で内なる気力のことも忘れた(依然として腕の顫えることに変わりはないのだが)。
六人は、漸く村に通ずる畦道を通り始めた。まっすぐ先に、茅葺き屋根の家々が軒を並ばせている。夏陽が沈みかけていた。鹿は疾うに乾いていた。濕った毛並みも落胆したように角立たず、堅くなく、柔らかに寐ていた。傾く夏陽の最後の斜光が畦道をゆっくりと通り過ぎた。そうして後から暗闇の、段々と拡がっていく晩夏の夕暮れ──。
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